HIV網膜症
綿花様白斑:最も頻度の高い眼合併症である。500μm未満の白斑で境界は羽毛状。6〜8週間で自然消退する。
点状出血:微小血管障害に起因する。
活動性指標:出現は血清中HIV量と相関し、HIV感染の活動性指標として重要である。

HIV感染症は眼および眼周囲に多様な病変を引き起こす。眼症状はCD4陽性Tリンパ球数(正常値700〜1,500/μL)と密接に関連し、免疫不全の進行に伴い出現する疾患が変化する。
HIVはCD4陽性Tリンパ球に感染して細胞性免疫を低下させる。急性期にウイルスが急増殖した後、無症候期を経て数年〜10年でCD4数が減少し、200/μL未満になると日和見感染症や悪性腫瘍を発症するAIDSの状態となる。
2007年の大規模観察研究では、HIV感染患者の9.2%が良眼に視力障害を有し、41.4%がその他の主要な眼合併症を有していた。1996年以降、多剤併用抗レトロウイルス療法(ART)の導入により眼症状の発症パターンは大きく変化した。ART時代においてもHIV感染症は眼科医にとって重要な臨床課題である。
日本におけるHIV感染者数は約2万人程度と世界的には少ないが、新規感染者数はなお増加傾向にある。日常生活を送る感染者がHIV陽性を告げずに眼科を受診する可能性は十分にある。
HIVは物理的に非常に弱いウイルスであり、通常の消毒薬で容易に失活する。涙液中のウイルス量はきわめて微量であるため、眼科検査器具を介した感染の可能性はない。ただし注射や手術など血液曝露の状況では、針刺し事故に十分な注意が必要である。
HIV/AIDSにおける眼症状は多岐にわたる。自覚症状は病変の部位と種類に依存する。
HIV/AIDSの眼合併症は大きく3つに分類される。
HIV網膜症
綿花様白斑:最も頻度の高い眼合併症である。500μm未満の白斑で境界は羽毛状。6〜8週間で自然消退する。
点状出血:微小血管障害に起因する。
活動性指標:出現は血清中HIV量と相関し、HIV感染の活動性指標として重要である。
日和見感染症
サイトメガロウイルス網膜炎:CD4数50〜100/μL以下で発症。黄白色混濁に出血と萎縮を伴う。
トキソプラズマ症:CD4数100/μL以下で発症。大型で両側性の病変が特徴。
進行性外層網膜壊死:水痘帯状疱疹ウイルスによる急速進行性の壊死性網膜炎。
悪性腫瘍
カポジ肉腫:ヒトヘルペスウイルス8型による血管性腫瘍。眼瞼や結膜に深紅〜紫色の結節を形成する。
悪性リンパ腫:眼内浸潤を生じ、ぶどう膜炎に類似した所見を呈する。発症頻度は健常者の200倍。
結膜扁平上皮癌:角膜輪部に好発する。
CD4陽性Tリンパ球数と眼合併症の関係を以下に示す。
| CD4数(/μL) | 出現しやすい疾患 | 特徴 |
|---|---|---|
| 500以下 | 帯状疱疹・カポジ肉腫 | 比較的早期に出現 |
| 100以下 | トキソプラズマ症・結核 | 免疫不全の進行 |
| 50以下 | サイトメガロウイルス網膜炎・進行性外層網膜壊死 | 重度の免疫不全 |
HIVはレトロウイルス科レンチウイルス属のRNAウイルスである。主な感染経路は性的接触、母子感染(経胎盤・産道・母乳)、および血液を介した感染(輸血・医療事故・注射器の共用)である。
眼合併症の発症リスクに関連する主な要因は以下の通りである。
梅毒はHIVとの混合感染が非常に多い。近年、日本でも梅毒感染患者数は激増しており、梅毒感染からHIV陽性が判明するケースも多い。HIV陽性患者では眼梅毒の両側性病変の頻度が62%と、HIV陰性患者の38%に比べ有意に高い1)。
帯状疱疹はAIDSの指標疾患には含まれないが、HIV感染者での発症頻度は健常者の15倍と高い。50歳未満での眼部帯状疱疹の発症はHIV感染を示唆する所見である。
HIV陽性患者では眼梅毒が早期に進行しやすく、両側性病変の頻度も高い。また非トレポネーマ検査が偽陰性となることがあり診断が困難になる1)。HIV陽性患者の梅毒治療には高用量のペニシリンが必要とされる。
HIV/AIDSに伴う眼合併症の診断は、眼所見と全身的な免疫状態の評価を組み合わせて行う。
散瞳下の眼底検査が最も重要である。サイトメガロウイルス網膜炎、HIV網膜症、トキソプラズマ症、PORNなど主要な網膜疾患の診断は特徴的な眼底所見に基づく。
50歳未満で重篤な眼部帯状疱疹を認めた場合、HIV感染を示唆する所見である。帯状疱疹はHIV感染者の最初の顕性症状となる可能性があり、HIV検査を考慮すべきである。
HIV/AIDSにおける眼合併症の治療は、抗レトロウイルス療法による免疫回復と、個々の日和見感染症に対する特異的治療の併用が基本となる。
逆転写酵素阻害薬、プロテアーゼ阻害薬、インテグラーゼ阻害薬を組み合わせた強力な抗HIV療法である。抗レトロウイルス療法により免疫不全状態を改善でき、サイトメガロウイルス網膜炎の発症率は80%減少した。現在、抗HIV薬は30種類以上に及ぶが、いずれもウイルス自体を排除することはできず、服薬中断により確実にAIDSへ進展する。
ガンシクロビルの点滴静注が第一選択である。病巣の部位・大きさ・副作用に応じて治療法を選択する。
日本における処方例は以下の通りである。
ARTを服用中でCD4数が100/μL以上で安定した網膜炎患者では、抗サイトメガロウイルス療法の中止を検討できる。ウイルス量が検出限界以下であれば中止の成功率が高い。中止後もサイトメガロウイルス網膜炎の再発リスクがあるため、3か月間隔での経過観察が必要である。
有効な治療法は確立していない。アシクロビル単独投与は無効であり、ガンシクロビルとホスカルネットの併用を行う。2剤の全身投与、あるいは1剤を全身投与・1剤を硝子体内投与で併用する。同時に抗レトロウイルス療法による免疫能の回復を図る。
神経梅毒のレジメンに準じた治療が必要である。
HIV陽性患者では早期の症候性神経梅毒が多く、より高用量のペニシリンが必要とされる1)。
残存病原体に対する抗サイトメガロウイルス療法の継続が基本である。重症度や時期により経過は異なり、自然寛解するものから外科的治療を要する症例までさまざまである。極度の炎症には中等量ステロイド薬の全身投与を併用することもある。黄斑浮腫に対してはステロイド薬の眼窩・テノン嚢下・硝子体内投与が有効とされるが、眼内炎をはじめとした副作用に十分な注意を要する。
サイトメガロウイルス網膜炎に網膜剥離を合併した場合は外科的治療の適応となる。病巣の大きさと剥離の程度に応じて、硝子体手術・眼内光凝固術・輪状締結術・シリコーンオイル注入を組み合わせる。抗レトロウイルス療法により網膜炎のコントロールが改善されるため、網膜剥離のリスクは60%減少する。
HIVに対する抗原抗体反応により網膜微小循環障害が生じ、綿花様白斑や点状出血が出現する。検眼鏡的には消退しても、近年の研究で光干渉断層計や走査レーザー検眼鏡により網膜内層に恒久的な構造的損傷が残存することが判明している。
サイトメガロウイルスは血管内皮親和性(endothelial-tropic)を有するため、病変は血管走行に沿って分布する。感染血管のサイズにより、以下の3病型を呈する。
ウイルス複製が遅いため病変中心部が治癒し、境界部が黄白色で衛星状病変(satellite lesions)を伴いながら進行するのが典型的パターンである。陳旧性サイトメガロウイルス網膜炎病巣は網膜全層が壊死してレース状に菲薄化し、硝子体の牽引により多発裂孔を形成して網膜剥離をきたす。
発症機序はいまだ完全に解明されていないが、有力な仮説は以下の通りである。抗レトロウイルス療法によりサイトメガロウイルス特異的T細胞の反応が回復すると、すでに鎮静化したサイトメガロウイルス網膜炎病巣辺縁の細胞内でわずかに複製される残存サイトメガロウイルス抗原に対して免疫反応が顕在化し、ぶどう膜炎を生じる。
免疫回復ぶどう膜炎の危険因子として以下が挙げられる。
免疫回復ぶどう膜炎でみられる眼病変は多岐にわたり、虹彩毛様体炎、硝子体炎、虹彩後癒着、後嚢下白内障、乳頭浮腫、黄斑浮腫、網膜上膜、網膜新生血管、増殖硝子体網膜症、網膜剥離が含まれる。
水痘帯状疱疹ウイルスが重度免疫不全宿主で網膜外層を直接障害する疾患である。宿主が炎症反応を生じることができないため、前眼部・硝子体の炎症が乏しいまま網膜外層が急速に壊死に至る。しばしば皮膚の帯状疱疹に続発する。
通常は抗レトロウイルス療法開始後3か月以内に発症するが、最大12か月後まで起こる可能性がある。サイトメガロウイルス網膜炎の既往がある眼に、CD4陽性T細胞数が100/μL以上に増加した際に好発する。
HIV/AIDS患者の一部に、神経線維層の消失として定義されるHIV関連神経網膜障害が報告されている。コントラスト感度の低下、色覚異常、視野欠損として現れる。リスク要因にはC型肝炎感染、検出可能なウイルス量、低CD4 T細胞数が挙げられている。光干渉断層計による網膜層構造の定量評価がこの障害の早期検出に有用であると考えられている。
抗レトロウイルス療法普及後もサイトメガロウイルス網膜炎は完全に消失したわけではない。抗レトロウイルス療法導入が遅れた患者や治療不応例では依然としてサイトメガロウイルス網膜炎が発症する。近年開発されたマルチプレックスPCRは、少量の前房水サンプルで網羅的にウイルスを検索できる画期的な検査法であり、壊死性網膜炎の鑑別を含めた診断精度の向上に貢献している。