内境界膜下出血
形状:境界明瞭な円形または鉄亜鈴状(ダンベル形)の赤い隆起。
ニボー形成:起坐位では血液が沈降し、出血上半部が透明に見える。
血管不透見:出血域内では網膜血管がまったく見えない(網膜神経線維層より前に位置するため)。
色調変化:日数経過とともに脱ヘモグロビン化が進み、黄白色に変化する。7)

バルサルバ網膜症(Valsalva retinopathy: VR)は、胸腔内圧または腹圧の急激な上昇によって生じる眼内静脈圧の亢進が、黄斑部の表層毛細血管を破裂させる疾患である。結果として網膜前(主に内境界膜〈内境界膜〉下)に出血が生じ、突然の視力低下をきたす。
1972年にDuaneによって「バルサルバ出血性網膜症(hemorrhagic retinopathy of Valsalva)」として初めて報告された。健常眼でも発症し、出血は時間をかけて自然吸収される点が特徴である。
若年〜中年に多く認め、両眼性は稀で通常は片眼性に発症する。6)
視力への影響は出血の部位・大きさ・程度によって様々であり、軽微な暗点から手動弁までの幅がある。6)
出血の貯留部位によって所見が異なる。最多は内境界膜下出血であるが、硝子体下(後部硝子体下)腔・網膜内・硝子体腔への出血も生じうる。稀に網膜下出血となる場合もある。4)
内境界膜下出血
形状:境界明瞭な円形または鉄亜鈴状(ダンベル形)の赤い隆起。
ニボー形成:起坐位では血液が沈降し、出血上半部が透明に見える。
血管不透見:出血域内では網膜血管がまったく見えない(網膜神経線維層より前に位置するため)。
色調変化:日数経過とともに脱ヘモグロビン化が進み、黄白色に変化する。7)
硝子体下出血
ボート型形状:下部に血液が沈降し、上部が透明な「ボート型」を呈することがある。8)
ダブルリングサイン:硝子体下出血の外縁(外輪)とILM下出血の縁(内輪)が同時に観察される。
突破出血:内境界膜が破綻すると硝子体腔へ出血が流出し、硝子体出血となる。1)
OCT所見では、内境界膜直下の出血が高反射帯として確認できる。出血の立体的な層別診断(ILM下・硝子体下・網膜下)にOCTは必須である。6)
Woszczekら(2025)は29歳男性の自然回復例を報告した。初診時のOCT(Optovue AngioVue)で524×246μmの内境界膜下出血を確認。経過観察のみで35日後に完全消退し、視力は0.4から1.0に回復した。6)
Rajshriら(2021)は重量挙げ後6週間を経て受診した41歳男性例を報告した。半円形の黄白色病変として観察されたが、これはデヘモグロビン化した血液によるものであった。OCTでは血液成分の層状沈殿がみられた。7)
血液中の赤血球が脱ヘモグロビン化(dehemoglobinization)することで色調が黄白色に変化する。これは出血が古くなっている証拠であり、この状態になるとNd:YAGレーザーによる排液が困難になる。7)8)
バルサルバ手技に相当する以下の動作・状況が誘因となる。
通常は健常眼で発症するが、糖尿病網膜症・高血圧網膜症・網膜毛細血管拡張症・先天性網膜動脈蛇行など網膜血管に異常がある場合は発症リスクが高い。
ある。Parvusら(2023)はヨガの後屈体位中に素因のない健常な36歳女性がバルサルバ網膜症を発症した症例を報告した。頭立ちや呼吸法を行っていなくても、後屈動作で腹腔・胸腔が圧迫されることで発症しうる。2)
診断は主に病歴と眼底検査に基づく。バルサルバ動作後の突然の無痛性視力低下という病歴が最も重要な手がかりである。
網膜前出血をきたす疾患との鑑別が重要である。
| 疾患 | 鑑別のポイント |
|---|---|
| 糖尿病網膜症 | 他の糖尿病眼底所見(点状出血・硬性白斑)を伴う |
| 高血圧網膜症 | 動脈硬化所見、全身高血圧の既往 |
| 網膜細動脈瘤破裂 | 出血周囲の網膜細動脈に白色塊あり |
| テルソン症候群 | くも膜下出血・頭蓋内出血の既往 |
| 鎌状赤血球網膜症 | 血液検査で確認 |
鑑別が困難な場合はOCTで網膜色素上皮の隆起の有無を確認する。色素上皮の隆起がなければ加齢黄斑変性の可能性は低い。
治療方針は出血の大きさ・部位・患者の状態によって異なる。
| 出血の状態 | 推奨治療 |
|---|---|
| 小さい(1乳頭径以内) | 経過観察 |
| 中等度(黄斑を覆う) | 経過観察 or Nd:YAGレーザー |
| 大きい・急速拡大 | Nd:YAGレーザー or 硝子体手術 |
| 硝子体腔への突破 | 硝子体手術 |
| 網膜下出血(黄斑下) | 硝子体手術 + subretinal tPA |
多くの場合、第一選択。数週〜数ヵ月で自然吸収される。6)7)
出血径が1乳頭径以内であれば、自然回復が見込める。激しい身体活動の回避を指導する。6)
後部硝子体膜または内境界膜をNd:YAGレーザーで穿孔し、出血を硝子体腔へ排出して吸収を促進する外来処置である。3)8)
適応の目安:
手技(Hernández-Emanuelli et al. 2024):3) ミドリアシス(1%トロピカミド)と点眼麻酔下でGoldman三面接触レンズを用い、出血の最も隆起した部位(中心窩と網膜血管を避けた位置)に1.8mJの単発パルスを照射して後部硝子体膜を穿孔する。
Nd:YAGレーザーの手技(Leite et al. 2022):8) スポットサイズ50μm・パルス幅100msで開始し、300mWから段階的に増量(50mW刻み)。最終500mWで後部硝子体穿孔に成功し、1週後に20/20に回復した。
Leiteら(2022)は、嘔吐後に生じた32歳女性の硝子体下出血例にNd:YAGレーザー硝子体切開術を施行し、1週後に85 ETDRS letters(20/20)へ視力が回復したことを報告した。8)
注意点:出血が黄白色化(脱ヘモグロビン化)した後は排液困難になる。症状発現から3〜4週以内が適応とされるが、45日以上経過した例でも成功した報告もある。8)
経過観察やNd:YAGレーザーで改善しない場合、または硝子体出血への突破がある場合に行う。1)
標準的手技:
Hanら(2023)は、COVID-19関連バルサルバ網膜症(45歳女性)に対して標準25G硝子体手術を施行した。術中OCT(intraoperative OCT)を用いて中心窩出血が網膜内であることを確認し、この部位の操作を回避することで中心窩を保護した。術後6週で最高矯正視力(BCVA)hand motion→20/20に改善した。1)
稀な病型であるが、発見後早期の介入が視力予後に重要である。網膜下出血は光受容体への毒性(フィブリン・鉄・ヘモシデリン)があるため、凝血前の早期治療が望ましい。4)
Conciら(2024)は、嘔吐後に発症した35歳男性の網膜下出血型バルサルバ網膜症に対し、硝子体手術・subretinal tPA注入(25μg/0.1mL、38G subretinal infusion needle使用)・エアタンポナーデを施行した。術後患者は45°の読書位で2日間維持した。1ヵ月後に最高矯正視力20/30を達成した。4)
Sotaniら(2024)は両眼性の網膜下出血型(48歳女性、CT息止め中に発症)に対し、まず硝子体内tPA(GRTPA 40,000IU)+SF6ガス注入を試みた。効果不十分のため27G硝子体手術を施行し、中心窩下方(4〜5時方向)の内境界膜に瘻孔を作成してバランス塩液噴射で血腫を硝子体腔へ排液した。中心窩内境界膜を100%温存したまま出血を除去し、6ヵ月後最高矯正視力1.2に改善した。5)
出血の大きさと部位による。1乳頭径以内の小さな内境界膜下出血は自然回復が見込めるため経過観察が基本である。6) 一方、出血が大きく黄斑全体を覆う場合、または硝子体出血への突破が生じた場合は早期のNd:YAGレーザーまたは硝子体手術を検討する。網膜下出血が疑われる場合は光受容体への毒性があるため、早期の介入が重要となる。4)
声門を閉じた状態で胸腔内圧または腹圧が急激に上昇する「バルサルバ手技」を行うと、以下の生理学的変化が連鎖する。
血液との長期接触による障害機序:
Han & Adrean(2023)は、硝子体手術中に術中OCT(intraoperative OCT)を用いることで、外観上は硝子体下出血・内境界膜下出血と鑑別困難であった中心窩出血が網膜内であることを術中に判定した。内境界膜を剥離して除去を試みると中心窩を損傷する危険性があるため、術中OCTによる層別診断が治療方針決定に有用であることが示された。1)
Sotaniら(神戸大学、2024)は、従来の内境界膜全剥離に代わる「中心窩内境界膜温存手術」を報告した。内境界膜下出血を中心窩周辺の内境界膜に瘻孔(fissure)を作成して硝子体腔へ排出することで、中心窩内境界膜を100%温存しながら出血を除去できる。黄斑円孔(FTMH)の予防という観点から優れた方法として注目されている。5)
SARS-CoV-2感染による激しい咳嗽・嘔吐はバルサルバ網膜症の誘因となることが複数報告されている。Han & Adrean(2023)はCOVID-19陽性の45歳女性での重症例を詳報した。パンデミック後の新興リスク因子として認識されるべき病態である。1)
Parvusら(2023)は、従来の報告(頭立ちや呼吸法のない状態)でバルサルバ網膜症が発症した初報告例を示した。後屈体位(バックベンド)が腹腔・胸腔を圧迫し誘因となりうることを示唆するが、因果関係の確定には困難を伴う。若年健常者でもヨガ中に眼科的合併症が生じうることを念頭に置くべきである。2)