従来の抗VEGF薬
作用部位:細胞外(受容体外)
作用機序:VEGFリガンドを直接捕捉し、受容体への結合を阻止する
標的分子:主にVEGF-A(製剤により一部Ang-2等も含む)
製剤形態:生物学的製剤(抗体・融合タンパク)。分子量が大きく細胞内へは拡散しない

チロシンキナーゼ阻害薬(tyrosine kinase inhibitors: TKI)は、チロシンキナーゼ受容体(receptor tyrosine kinase: RTK)に作用して下流のシグナル伝達経路を調節する低分子化合物である。
眼科領域では主に、VEGF(血管内皮増殖因子)受容体を介した網膜血管新生の制御を目的として研究が進んでいる。現在、様々な投与経路・製剤形態のTKIが臨床試験段階にある。
TKIが注目される背景には、既存の抗VEGF療法の課題がある。nAMDや糖尿病黄斑浮腫に対する抗VEGF薬(硝子体内注射)は視力改善・維持に高い有効性を示し、現在の第一選択治療である2)4)。しかし、多くの患者で毎月〜数ヶ月ごとの繰り返し注射が長期にわたって必要であり、患者・医療者の治療負担が課題となっている。TKIはこの治療負担を軽減し、既存薬との相補的な効果をもたらす可能性が期待されている。
TKIは低分子化合物であるため細胞内に拡散し、RTKの細胞内ドメインを直接阻害できる。この特性により、単一のVEGFリガンドをターゲットにする生物学的製剤とは異なる作用プロファイルが生まれる。VEGFRの全アイソフォームに加え、PDGFR(血小板由来増殖因子受容体)やFGFR(線維芽細胞増殖因子受容体)など、網膜血管新生に関与する他のRTKも同時に阻害できる。
従来の抗VEGF薬(生物学的製剤)はVEGFリガンドが細胞外受容体へ結合するのを遮断する。一方TKIは低分子化合物として細胞内に拡散し、受容体の細胞内チロシンキナーゼドメインを直接阻害する。TKIはVEGFRだけでなくPDGFRやFGFRも標的にできるため、より広範な血管新生シグナルを制御できる可能性がある。
VEGF受容体(VEGFR)は受容体型チロシンキナーゼ(RTK)の一種である。シグナル伝達は以下のステップで進行する。
これらの経路は細胞の接着・移動・細胞内輸送・代謝と老化・増殖・成長・生存を媒介し、網膜血管新生を促進する。
従来の抗VEGF薬
作用部位:細胞外(受容体外)
作用機序:VEGFリガンドを直接捕捉し、受容体への結合を阻止する
標的分子:主にVEGF-A(製剤により一部Ang-2等も含む)
製剤形態:生物学的製剤(抗体・融合タンパク)。分子量が大きく細胞内へは拡散しない
TKI
作用部位:細胞内(受容体内)
作用機序:低分子として細胞内へ拡散し、チロシンキナーゼドメインを直接阻害する
標的分子:VEGFRアイソフォーム全体+PDGFR・FGFRなど他のRTK
製剤形態:低分子化合物。細胞膜を通過可能
TKIは従来の抗VEGF薬とは異なるVEGFRドメイン(細胞内)に作用するため、受容体活性低下に対して相補的な効果をもたらす可能性がある。抗VEGF薬との併用、または将来的な単独代替治療としての位置づけが仮説として立てられている。
TKIは低分子化合物であるため細胞膜を通過して細胞内に拡散できる。チロシンキナーゼドメインはVEGFR・PDGFR・FGFRに共通する構造をもつため、同一の阻害薬が複数の受容体に作用できる。この多標的性が従来薬との最大の相違点の一つである。
TKIの研究は主に以下の疾患を対象としている。
nAMDは日本における視覚障害の主要原因の一つである。現在の標準治療は抗VEGF薬(ラニビズマブ、アフリベルセプト、プロルシズマブ、ファリシマブ)の硝子体内注射であり、複数の大規模臨床試験(MARINA、ANCHOR、VIEW 1/2、HAWK/HARRIER、TENAYA/LUCERNE)で視力改善が示されている2)。抗VEGF薬が第一選択治療である一方、長期にわたる繰り返し注射が必要であり、治療継続の障壁となっている。
TKIは、より長い注射間隔の実現(徐放製剤)または注射回数の削減を目指しており、既治療・未治療いずれのnAMD患者が試験対象に含まれている。
糖尿病黄斑浮腫はDRCR.net Protocol T試験にて、アフリベルセプト・ラニビズマブ・ベバシズマブの3剤がいずれも有効であることが示されている3)。特に視力20/50以下の症例では1年時点でアフリベルセプトが優れた結果を示した。糖尿病黄斑浮腫においても繰り返し注射の負担は同様に課題であり、TKIによる治療期間の延長が期待されている。
糖尿病黄斑浮腫を伴わない非増殖性糖尿病網膜症(NPDR)を対象とした試験も実施されており、TKIによる網膜病変進行抑制の可能性が探索されている。
2026年時点で進行中の主なTKI製剤を以下に示す。各薬剤はFDA未承認であり、すべて臨床試験段階である。
| 製品名(活性成分) | フェーズ | 投与経路 |
|---|---|---|
| Duravyu(ボロラニブ) | フェーズ3 | 硝子体内(徐放) |
| Axpaxli(アキシチニブ) | フェーズ3 | 硝子体内(徐放) |
| CLS-AX(アキシチニブ) | フェーズ2b | 脈絡膜上腔 |
| D-4517.2(Dendranib) | フェーズ2 | 皮下または経口 |
| GB-102(スニチニブ) | フェーズ2 | 硝子体内 |
| AIV007(レンバチニブ) | フェーズ1 | 眼球周囲 |
| AXT107(Gersizangitide) | フェーズ1/2a | 脈絡膜上腔 |
| PAN-90806 | フェーズ1/2 | 局所(点眼) |
各製剤の特記事項は以下の通りである。
Duravyu(ボロラニブ):すべてのVEGFRアイソフォーム、PDGFR、FGFRを含むRTKの細胞内ドメインに結合する。フェーズ2のDAVIO 2試験(nAMD)とPAVIA試験(糖尿病黄斑浮腫)の結果を経てフェーズ3へ移行。
Axpaxli(アキシチニブ):9〜12ヶ月の薬物放出を目指す徐放製剤。フェーズ1bのHELIOS試験では糖尿病黄斑浮腫を伴わないNPDRを対象に実施。フェーズ3のSOL試験ではnAMDを対象に実施中。
CLS-AX(アキシチニブ):不溶性懸濁製剤による脈絡膜上腔投与。フェーズ2bのODYSSEY試験でnAMDに対し硝子体内アフリベルセプトと比較。
D-4517.2(Dendranib):全身投与(皮下または経口)という点でユニークな投与戦略をとる。フェーズ2のTEJAS試験にnAMD・糖尿病黄斑浮腫患者が登録。
GB-102(スニチニブ):硝子体内投与。ALTISSIMO試験(フェーズ2b)でnAMD患者を対象に実施。初期製剤では前房への粒子移動が認められたが、製剤変更により減少。
AIV007(レンバチニブ):ゲル懸濁液を用いた徐放により眼球周囲投与が可能。抗VEGF薬への反応歴があるnAMDまたは糖尿病黄斑浮腫患者が対象。
AXT107(Gersizangitide):20アミノ酸ペプチド製剤。DISCOVER試験にnAMD患者が登録。
PAN-90806:点眼による局所投与という非侵襲的アプローチを採用。初期製剤では点状表層角膜症が認められたが、製剤改良により改善。
また、TKIをL-カルニチンと結合させたナノミセルに組み込むことで経角膜透過性を高め、脈絡膜新生血管(CNV)を抑制できることが実験的に示されている1)。
2026年時点では全薬剤がFDA未承認であり、いずれも臨床試験段階にある。フェーズ3まで進んでいる製剤(DuravyuおよびAxpaxli)は比較的承認に近い段階にあるが、試験結果の評価・承認審査・各国の薬事承認には更なる時間を要する。日本での使用可能時期についても現時点では未確定である。
網膜血管新生性疾患の病態の根幹は、血液網膜関門(blood-retinal barrier: BRB)の破綻にある。BRBの機能変化が眼内炎症・悪性腫瘍の両病態の発症メカニズムとなる一方、薬物送達の標的としての機会も提供する1)。
VEGFはBRBを破綻させる主要因子であるが、VEGF軸とは独立した血管破綻も起こり得る1)。このことは、VEGF以外のシグナル経路も治療標的になり得ることを示唆しており、TKIの多標的性が理論的優位性をもつ根拠の一つとなっている。
TKIが阻害する主なRTKとその役割は以下の通りである。
各受容体の細胞内チロシンキナーゼドメインへの自己リン酸化が起点となり、PI3K/Akt経路・FAK経路・MAPK経路が活性化され、血管内皮細胞の増殖・移動・生存が促進される。
MERTK(Mer受容体チロシンキナーゼ)はRPE(網膜色素上皮)細胞に発現し、光受容体への酸素・栄養の供給を維持する役割を担う1)。MERTK阻害は光受容体への酸素・栄養供給を制限し、細胞死や視力喪失につながる可能性がある1)。眼科領域でTKIを使用する際は、意図しないMERTK阻害などオフターゲット効果に注意が必要である。
また、VEGF拮抗薬を他のサイトカイン標的と組み合わせた場合に相乗効果が得られる反面、眼内炎症リスクが増加し、一部の製剤(例:アビシパル)では承認が停止され、他の製剤(例:ブロルシズマブ)では臨床使用が制限される事態も生じている1)。
VEGFシグナル以外にも、以下の分子が網膜血管修飾の標的として開発が進んでいる1)。
これらはTKIとは異なるアプローチであるが、多標的療法の文脈で将来的な組み合わせが検討される可能性がある。
TKI開発における重要な課題の一つが、硝子体内での薬物持続期間の延長である。従来の抗VEGF製剤では定期的な注射が必要であるが、徐放技術を用いたTKI製剤は9〜12ヶ月以上の薬物放出持続を目標としている。これが実現すれば、年間の注射回数を大幅に削減できる可能性がある。
TKIは低分子化合物であるため、生物学的製剤では困難な多様な投与経路が利用できる。
TKIは従来の抗VEGF薬との組み合わせによる相補的効果も研究されている。細胞外(抗VEGF薬)と細胞内(TKI)の両方でVEGFRシグナルを遮断することで、より完全な受容体活性の抑制が期待される。また、PDGFRやFGFRを同時に阻害することで、既存薬への治療抵抗例にも効果をもたらす可能性がある。