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網膜・硝子体

テルソン症候群

テルソン症候群(Terson syndrome)は、くも膜下出血(subarachnoid hemorrhage; SAH)をはじめとする頭蓋内出血に続発する眼内出血の総称である。1900年にフランスの眼科医Albert Terson(テルソン)によって初めて命名・記載された。

発症頻度はSAH患者の3〜20%とされる。SAHの原因の約80%は脳動脈瘤破裂であり、テルソン症候群もその大多数を背景に生じる。眼内出血はSAH発症から2〜3日後に認められることが多い。

定義

テルソン症候群:頭蓋内出血(主にSAH)に伴って生じる眼内出血の総称。硝子体出血・内境界膜下出血・網膜出血が含まれる。

発生頻度

SAH合併率:3〜20%。頭蓋内出血全般では報告によってばらつきがある。

発症時期

SAH後2〜3日:出血が眼内に波及するまでに数日を要することが多い。診断遅延は平均5か月との報告がある。

好発背景

動脈瘤破裂SAH:SAHの80%が動脈瘤破裂によるもの。テルソン症候群もこれを主な背景とする。

Q テルソン症候群はくも膜下出血以外でも起こるか?
A

脳内出血や外傷性頭部損傷など、頭蓋内圧が急激に上昇するさまざまな病態でも眼内出血が生じうる。ただし最も頻度が高く古典的に記載されてきたのはSAHとの合併である。

  • 視力低下:硝子体出血や黄斑部出血が中心視力を障害する。程度は軽度の霞みから高度の視力低下まで幅広い。
  • 飛蚊症硝子体内の血液が浮遊物として自覚される。
  • 視野障害:出血の範囲・部位によって生じる。

重篤なSAH発症直後には意識障害が先行するため、眼症状の訴えが遅れることが多い。そのため診断の遅延が起きやすい。

硝子体出血がテルソン症候群の中心的な病態であるが、出血は複数の層に及ぶ。

出血の種類特徴局在
硝子体出血最も多い。消退に長期を要す硝子体腔
内境界膜下出血ダブルリングサイン。吸収後にERM形成内境界膜下
網膜出血炎焔状・点状出血として出現網膜内

ダブルリングサインは内境界膜(ILM)下の出血に特徴的な眼底所見である。内境界膜下に血液が貯留し、円蓋状に隆起した出血が二重の環状輪郭として観察される。

長期的な合併症として以下が報告されている。

  • 黄斑前膜(ERM):15〜78%に形成。視力予後を左右する重要な続発症。
  • 網膜剥離(RD):約9%に発生。
Q ダブルリングサインとはどのような所見か?
A

内境界膜下に血液が貯留し、ドーム状に隆起した出血塊が内境界膜の外縁と内縁として二重のリング状に見える眼底所見である。テルソン症候群の内境界膜下出血に特徴的とされる。

テルソン症候群の根本的な原因は、頭蓋内圧の急激な上昇による眼内への出血波及である。

SAHの原因の約80%は脳動脈瘤の破裂であり、残りは動静脈奇形や原因不明のSAHが占める。

重症度との関連が重要な臨床的特徴である。テルソン症候群を合併したSAH患者は、合併しない患者と比較して死亡率が著しく高い(90% vs 10%との報告がある)。Glasgow Coma Scale(GCS)スコアが低いほど、すなわち重症のSAHほどテルソン症候群を合併しやすいとされる。

テルソン症候群の診断は眼底所見による。しかし重症SAH患者では意識障害のため、初期の眼底検査が困難なことが多く、診断まで平均5か月の遅延が生じるとの報告がある。

  • 眼底検査:硝子体出血・内境界膜下出血・ダブルリングサインの確認が基本。散瞳下での詳細な観察を要する。
  • Bモード超音波検査:硝子体出血が強くて眼底観察が困難な場合に有用。網膜剥離の併発も確認できる。
  • CT検査:眼内の高吸収域(出血)として描出される場合がある。ただし感度は低く、CTで眼内出血が認識されるのは全例の約2/3にとどまるとされる。
Q SAHの治療中に眼科受診のタイミングはいつが適切か?
A

意識清明になり次第、眼底検査を行うことが望ましい。重症例では治療が落ち着いた時点で積極的に眼底確認を行う。眼底出血の確認が遅れると、硝子体手術の最適な時期を逃すおそれがある。詳細は「標準的な治療法」の項を参照。

テルソン症候群の治療方針は出血の程度・部位・視力への影響・患者の全身状態によって決定される。

経過観察

適応:軽度の硝子体出血や網膜出血で視力障害が軽微な場合。

自然経過:約50%の症例で硝子体出血の消退に19か月以上を要する。長期の経過観察が必要となる。

硝子体手術(PPV)

適応:高度の硝子体出血による視力障害、ERM・RDの合併、自然消退が見込めない場合。

タイミング:発症から90日以内の施行が良好な視力予後と関連する。81%が術後20/30以上を達成との報告がある。

その他の選択肢

YAGレーザー:硝子体後面の出血塊に対するYAGレーザー硝子体切離術(vitreolysis)。外来でのレーザー照射で硝子体腔への出血拡散を促す。

経過に応じた追加治療:ERM形成や網膜剥離が生じた場合は手術的治療を検討する。

PPVの時期と術後視力の関係を以下に示す。

手術時期術後視力20/30以上の達成率備考
90日以内81%早期手術群
90日超低下傾向あり晩期手術群
内境界膜 peeling併施ERM予防に有効術式の選択肢

6. 病態生理学・詳細な発症機序

Section titled “6. 病態生理学・詳細な発症機序”

テルソン症候群の発症機序については、現在複数の仮説が提唱されている。いずれも頭蓋内圧の急激な上昇が出発点となる点は共通している。

  • 静脈圧迫説:頭蓋内圧上昇が中心静脈圧を上昇させ、網膜中心静脈の圧上昇が眼内出血を引き起こすとする説。
  • 直接流入説:SAH後の血液が視神経鞘に沿って眼球内へ直接流入するとする説。視神経鞘内の出血が眼内に貫通するルートが解剖学的に存在する。
  • Virchow-Robin腔説:血管周囲腔(Virchow-Robin腔)を介して血液が網膜や硝子体に達するとする説。
  • 統合説:上記複数の機序が組み合わさって出血が生じるとする見解。

グリンパティックシステムとの関連

Section titled “グリンパティックシステムとの関連”

近年、脳のグリンパティック(glymphatic)システムとの関連が注目されている。グリンパティックシステムは脳内の老廃物除去に関わる水路系であり、視神経鞘やVirchow-Robin腔と接続している。SAHによるグリンパティック経路の急激な圧変化が眼内への血液波及に関与する可能性が研究されている。

7. 最新の研究と今後の展望(研究段階の報告)

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グリンパティックシステム研究

Section titled “グリンパティックシステム研究”

グリンパティックシステムを介した頭蓋内から眼内への血液移行経路の解明が進んでいる。この経路が確認されれば、テルソン症候群の発症予防や早期診断マーカーの開発につながる可能性がある。

発症90日以内のPPVが視力予後に優れるという知見をもとに、より精緻な手術時期の決定基準を探る研究が続けられている。全身状態が許す範囲での早期手術介入プロトコールの確立が課題となっている。

PPV時に内境界膜(内境界膜)を同時に剥離(ILM peeling)することで、術後のERM形成を予防できる可能性が報告されている。ERM発生率が15〜78%と高いテルソン症候群において内境界膜 peelingを標準化すべきかどうかは、引き続き検討が行われている段階である。

Q テルソン症候群は自然に治るか?
A

約半数の症例では硝子体出血が19か月以上にわたって消退しない。自然消退を期待して長期経過観察を行う場合でも、黄斑前膜や網膜剥離などの続発症に注意が必要である。視力への影響が大きければ硝子体手術を検討する。詳細は「標準的な治療法」の項を参照。

Q テルソン症候群は視力が回復するか?
A

早期に硝子体手術を受けた場合、81%の患者が20/30以上の視力を回復するとの報告がある。ただし黄斑前膜や網膜剥離を合併した場合は予後が異なる。発症90日以内の手術が良好な予後と関連している。

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