
ぶどう腫(Staphyloma)
ひとめでわかるポイント
Section titled “ひとめでわかるポイント”1. ぶどう腫とは
Section titled “1. ぶどう腫とは”ぶどう腫(Staphyloma)は、眼球壁(強膜・脈絡膜)が限局的に菲薄化し、外方へ膨隆した状態である。内圧と外膜の変性により生じる。名称の由来は、膨出部がブドウの実に似た外観を呈することによる。
発生部位により前部・毛様体部・赤道部・後部などに分類される。臨床的に最も重要なのは後部ぶどう腫であり、病的近視に高率で合併する。
病的近視患者における後部ぶどう腫の合併率は約55%と報告されており、2)長期的な視力予後に大きく影響する。Khan(2025)の単眼性病的近視を対象とした研究では、法的盲(最良矯正視力0.1以下)の発生率が19%に達することが示された。2)
強度近視でも眼軸が過度に伸長した「病的近視」に至った場合に合併リスクが高い。病的近視の約55%に後部ぶどう腫を認めるとされるが2)、すべての近視眼に生じるわけではない。
2. 主な症状と臨床所見
Section titled “2. 主な症状と臨床所見”- 視力低下:最も多い自覚症状。黄斑部の変形・萎縮・合併症により生じる。
- 変視症(ものが歪んで見える):黄斑分離症や黄斑前膜を合併した際に顕著となる。
- 視野欠損:乳頭周囲ぶどう腫では特徴的な視野変化を呈することがある。
- TVL(一過性視力低下):収縮性乳頭周囲ぶどう腫(CPPS)では、起立時などに一過性の視力低下が生じることが報告されている。3)
後部ぶどう腫は細隙灯顕微鏡・眼底検査・OCTなどで多彩な所見を呈する。
- 眼軸長の著明な延長:Khan(2025)の研究では、病的近視眼の平均眼軸長は34mm(非近視眼の24mmと対比)に達した。2)
- 乳頭周囲所見:Hokazono(2021)の収縮性乳頭周囲ぶどう腫(CPPS)の報告では、後極部の陥凹と視神経乳頭周囲の境界が明瞭な膨隆が確認された。3)
- 黄斑部所見:SD-OCT・SS-OCTで、黄斑分離症・網膜分離・黄斑前膜などを同定できる。CFAP410変異を持つ症例ではOCTで網膜・脈絡膜の菲薄化が顕著であった。1)
- MRI所見:眼球後極の局限性変形・膨隆を描出し、高度後部ぶどう腫の評価に有用である。2)
OCT(特にSS-OCTや広角OCT)が黄斑・乳頭周囲の形態評価に優れている2)3)。MRIは眼球全体の変形の程度を把握するのに有用である。2)
3. 原因とリスク要因
Section titled “3. 原因とリスク要因”後部ぶどう腫の主たる原因は強膜の菲薄化と変性である。眼軸の延長に伴い強膜コラーゲン線維の再構築が障害され、局所的な壁の弱体化が生じる。
- 病的近視:最大のリスク因子。眼軸延長による慢性的な機械的ストレスが強膜変性を促進する。2)
- 傾斜乳頭症候群(TDS):先天性の視神経乳頭の傾斜・変形を伴う症候群で、下方ぶどう腫(Curtin V型)を約2.6%に合併する。4) TDSは近視に高率で合併し、下方視野欠損を呈することが多い。
- 遺伝的素因:CFAP410遺伝子変異がぶどう腫の遺伝的背景として注目されている。Chiu(2022)は16年間追跡したCFAP410変異を持つ症例を報告し、後部ぶどう腫の進行と強膜・脈絡膜の菲薄化を確認した。1)
4. 診断と検査方法
Section titled “4. 診断と検査方法”ぶどう腫の診断には間接検眼鏡・眼底カメラによる形態確認に加え、断層画像検査が必須である。
Curtin分類
Section titled “Curtin分類”ぶどう腫の解剖学的分類として、Curtinによる10型分類(1977年)が広く用いられる。
| 型 | 部位 |
|---|---|
| I | 後極部 |
| II | 黄斑部 |
| III | 乳頭下部 |
| IV | 鼻側乳頭部 |
| V | 下方(Inferior) |
| VI | 乳頭周囲+黄斑部 |
| VII | 乳頭周囲+下方 |
| VIII | 乳頭周囲+黄斑+下方 |
| IX | 鼻側 |
| X | 混合型 |
V型(下方ぶどう腫)は傾斜乳頭症候群に多く、有病率は約2.6%と報告される。4)
- 間接検眼鏡:眼底の形態観察。後極部の色調変化・乳頭周囲変化を確認する。
- SS-OCT(swept source OCT):深部組織の可視化に優れ、乳頭周囲ぶどう腫の詳細な形態評価が可能である。Hokazono(2021)はSS-OCTとOCTAを用いてCPPSの血流変化を明らかにした。3)
- 広角OCT:後部ぶどう腫の範囲と境界を把握するのに有用である。2)
- MRI:眼球の三次元変形を評価し、重症例の全体把握に用いる。2)
- OCTA(OCT血管造影):CNVや乳頭周囲の血流変化の評価に利用される。3)
5. 標準的な治療法
Section titled “5. 標準的な治療法”現時点でぶどう腫の進行を直接抑制する確立された治療法はない。合併症に応じた治療が中心となる。
主な合併症と対応
Section titled “主な合併症と対応”後部ぶどう腫に生じる合併症とその治療を以下に示す。
| 合併症 | 主な治療 |
|---|---|
| 脈絡膜新生血管(CNV) | 抗VEGF硝子体内注射 |
| 黄斑分離症 | 経過観察または硝子体切除術 |
| 網膜剥離 | 硝子体手術(PPV) |
| 近視性牽引黄斑症 | 硝子体切除術±内境界膜剥離 |
- 脈絡膜新生血管(CNV):抗VEGF薬(ラニビズマブ・アフリベルセプト等)の硝子体内注射が第一選択である。
- 黄斑分離症(Foveoschisis):無症状例は経過観察。視力低下・分離の進行例では硝子体手術(PPV)を検討する。
- 網膜剥離:硝子体切除術が基本術式となる。
- 後部強膜補強術(PSR: Posterior Scleral Reinforcement):眼軸延長の抑制を目的とした手術。有効性については議論が続いており、2)日本では一般的な標準治療には位置づけられていない。
PSRは眼軸延長の抑制を期待した手術であるが、有効性に関するエビデンスは限られており、現時点では議論中の段階にある。2) 日本では広く普及した標準治療とは言えない。
6. 病態生理学・詳細な発症機序
Section titled “6. 病態生理学・詳細な発症機序”後部ぶどう腫の形成には、強膜の構造的変化・血管系の障害・局所的な力学的ストレスが複合的に関与する。
強膜コラーゲンの変性
Section titled “強膜コラーゲンの変性”眼軸の過度な延長に伴い、強膜コラーゲン線維の配列が乱れ、線維の径・密度が変化する。これが強膜の局所的菲薄化と脆弱化につながる。2) 長期的には後極部の強膜が内圧に抗しきれず外方へ膨出する。
収縮性乳頭周囲ぶどう腫(CPPS)の機序
Section titled “収縮性乳頭周囲ぶどう腫(CPPS)の機序”Hokazono(2021)は、CPPSの本態が眼球の自律的な収縮・拡張運動に起因することを報告した。3) この周期的な動態が乳頭周囲の静脈うっ滞を引き起こし、一過性視力低下(TVL)につながる可能性が示唆されている。3)
傾斜乳頭症候群(TDS)との関連
Section titled “傾斜乳頭症候群(TDS)との関連”Cohen(2021)はTDSにおける下方ぶどう腫の発生機序を検討した。4) TDSでは視神経が斜方向に眼球壁を貫通するため、乳頭下方の強膜が慢性的な機械的ストレスにさらされる。これが下方ぶどう腫の選択的な発生につながると考えられる。
CFAP410変異の関与
Section titled “CFAP410変異の関与”Chiu(2022)が報告した16年間の追跡症例では、CFAP410変異がぶどう腫の形成と進行に関与する可能性が示された。1) CFAP410は繊毛関連タンパクをコードし、眼組織の発達・維持における役割が推測される。
7. 最新の研究と今後の展望(研究段階の報告)
Section titled “7. 最新の研究と今後の展望(研究段階の報告)”画像技術の進歩
Section titled “画像技術の進歩”SS-OCTや広角OCTの普及により、後部ぶどう腫の形態・範囲・境界の詳細な評価が可能となった。2) これにより病期分類の精度向上と長期経過観察の質的改善が期待される。
Khan(2025)の単眼性病的近視の研究では、広角OCTを用いた後部ぶどう腫の体系的な評価が行われ、眼軸長34mmに達する症例での詳細な病態が記録された。2)
OCTA(OCT血管造影)による血流評価
Section titled “OCTA(OCT血管造影)による血流評価”Hokazono(2021)はOCTAを用いてCPPS(収縮性乳頭周囲ぶどう腫)における乳頭周囲血流の動態を可視化した。3) 今後、血流変化のモニタリングが視力予後の予測因子となる可能性がある。
CFAP410変異の遺伝子研究
Section titled “CFAP410変異の遺伝子研究”CFAP410変異とぶどう腫・網膜変性との関連を示した症例報告1)を受け、繊毛関連遺伝子がぶどう腫の遺伝的素因として注目されている。大規模なゲノム解析による病態解明が今後の課題である。
現時点では確立された根本治療はない。強膜コラーゲンの再生・強化を目指す治療や遺伝子治療が研究段階にあるが、臨床応用には至っていない。画像技術の進歩による早期診断・合併症の早期介入が当面の主要な対策である。
8. 参考文献
Section titled “8. 参考文献”- Chiu TL, et al. Ocular features and long-term follow-up of a patient with CFAP410 mutation and staphyloma. BMC Ophthalmol. 2022.
- Khan S, et al. Unilateral pathological myopia with posterior staphyloma: clinical features, complications and visual outcomes. Eye (Lond). 2025.
- Hokazono K, et al. Contractile peripapillary staphyloma evaluated with optical coherence tomography angiography. Am J Ophthalmol Case Rep. 2021.
- Cohen SY, et al. Inferior staphyloma in tilted disc syndrome. Retina. 2021.