角膜
角膜鉄線沈着:上皮または実質への鉄沈着。患者の約46.55%に認められる。1)
角膜混濁:長期残留例では実質混濁に至ることがある。

眼鉄錆症(Siderosis bulbi)は、鉄または鉄合金を含む眼内異物(intraocular foreign body; IOFB)が眼内に残留した際に生じる疾患である。残留した鉄が眼組織に溶け出し、鉄イオンが角膜・虹彩・水晶体・網膜・線維柱帯など眼の各組織を障害する。
本疾患の概念は1860年にBungeによって初めて記載された。有病率は眼外傷患者の約0.002%と稀な疾患である。1) IOFBは眼内に初期には無症状のまま残留し、徐々に進行性の組織障害を引き起こすため、診断の遅れが視力予後を著しく悪化させる。
鉄・鉄合金由来のIOFBに特有の病態である。銅含有IOFBでは同様に重篤な「眼銅錆症(chalcosis)」が生じる。アルミニウムやガラスなどは組織反応が軽微であり、眼鉄錆症とは区別される。
眼鉄錆症の自覚症状は受傷直後から現れるものと、異物残留後に徐々に進行するものに分けられる。
眼鉄錆症の所見は眼内の鉄沈着部位を反映し、眼の各組織に特徴的な変化を生じる。
角膜
角膜鉄線沈着:上皮または実質への鉄沈着。患者の約46.55%に認められる。1)
角膜混濁:長期残留例では実質混濁に至ることがある。
虹彩・瞳孔
鉄性散瞳(mydriasis siderostica):虹彩括約筋への鉄障害による特徴的な散瞳。3)
虹彩変色:鉄沈着による虹彩の褐色変化。
水晶体
鉄錆性白内障:水晶体前嚢下の特徴的な褐色混濁。患者の約37.93%に認められる。1)
水晶体上皮への鉄沈着:進行すると皮質全体に混濁が広がる。
網膜
網膜色素上皮(RPE)変性:最も高頻度の所見で患者の約72.41%に認められる。1)
周辺部網膜変性・骨小体様色素沈着:長期経過例でみられる。
緑内障の合併も重要な所見である。鉄錆性緑内障では著明な眼圧上昇(IOPが58 mmHgに達した遅発例の報告あり)が生じ得る。4)
網膜電図所見から桿体(rod)が選択的に早期に障害される。b波の減弱が最初に現れ、進行するとa波の減弱、さらには 網膜電図消失へと至る。詳細は「病態生理学」の項を参照。4)
眼鉄錆症の原因は鉄または鉄合金を含むIOFBの眼内残留である。受傷機転の内訳では、ハンマー・タガネ作業が最多であり、金属加工や建設作業中の金属片が最も多い受傷源となっている。1)
患者の96.49%が男性であり、職業上の金属作業との関連が強い。1)
眼鉄錆症の診断は、IOFBの存在証明・位置確認と、眼組織への鉄毒性の評価を組み合わせて行う。見逃しIOFBでは外傷歴が不明確なため、他の疾患と誤診されやすい点に注意が必要である。3)
CT検査
鉄IOFBへの高感度:面積0.06 mm²を超える鉄IOFBに対してCTは感度100%を示す。2)
見逃し防止:現病歴が不明確な症例でも系統的なCT検索でIOFBを発見できる。
超音波検査
非侵襲的な眼内評価:眼底観察が困難な症例(水晶体混濁・硝子体出血)での有用性が高い。
IOFBの位置確認:硝子体腔・網膜下など部位の絞り込みに有効。
網膜電図検査
b波減弱:桿体機能の指標として早期変化を捉える。治療タイミングの決定に最も重要。4)
重症度評価:網膜電図パターンの変化は鉄毒性の進行程度を反映する。
OCT検査
RPE・光受容体層評価:網膜色素上皮や光受容体外節の変性程度を定量的に評価する。
術後経過観察:IOFB除去後の網膜回復をモニタリングする。
慢性的な経過をたどる見逃しIOFB例では、慢性前部ぶどう膜炎と誤診されることがある。3) 難治性ぶどう膜炎や原因不明の水晶体混濁では、外傷歴の詳細聴取とCT撮影によるIOFBの積極的な検索が重要である。
Parameswarappaら(2023)の58眼コホートにおける視力分布を以下に示す。1)
受診時の視力は患者によって大きく異なり、良好視力から光覚弁以下まで幅広い分布を示す。
| 視力 | 割合 |
|---|---|
| 0.5以上(良好) | 約34% |
| 0.1〜0.4(中等度低下) | 約29% |
| 0.1未満(高度低下) | 約37% |
CTの感度は異物サイズに依存する。面積0.06 mm²以上の鉄IOFBではCT感度100%だが、極小異物や非金属異物ではCTで検出できない場合がある。2) 臨床所見(鉄性散瞳・鉄錆性白内障など)と合わせた総合的な判断が必要である。
眼鉄錆症の治療の根本はIOFB早期除去であり、鉄毒性の進行を阻止することが目標となる。
**硝子体手術(pars plana vitrectomy; PPV)**がIOFB除去の主要術式である。1)2)3)4)
IOFB部位の分布を以下に示す。
| IOFB部位 | 割合 |
|---|---|
| 硝子体腔 | 最多 |
| 網膜上・網膜下 | 次いで多い |
| 前房・水晶体 | 比較的少ない |
Parameswarappaら(2023)の報告では、IOFB除去群と非除去群の術後視力(BCVA)を比較すると、除去群では平均logMAR 1.0、非除去群では平均logMAR 1.58と、除去群で有意に良好な視力転帰が得られた。1)
| 群 | 平均BCVA(logMAR) |
|---|---|
| IOFB除去群 | 1.0 |
| 非除去群 | 1.58 |
鉄錆性緑内障が合併した場合は、点眼・内服・手術による眼圧管理が必要となる。4) 受傷後15年以上経過した遅発例でも緑内障が発症し得るため、長期的な眼圧モニタリングが重要である。
眼内に残留した鉄は徐々に酸化・溶解し、鉄イオン(Fe²⁺/Fe³⁺)として眼組織に拡散する。鉄イオンによる細胞障害の中心的な機序は以下の2つの反応経路である。4)3)
眼鉄錆症では桿体(rod)が錐体(cone)より先に障害される特徴がある。網膜電図では暗順応下のb波(桿体由来)が最初に減弱し、進行に伴いa波消失、さらには完全な網膜電図消失へと至る。4) この桿体選択性は、桿体外節に含まれるcGMPホスホジエステラーゼが鉄イオンによる酸化ストレスに特に感受性が高いことに起因する。
線維柱帯への鉄沈着は流出路の機械的閉塞と細胞毒性をもたらす。4) これにより眼房水流出抵抗が上昇し、続発開放隅角緑内障が生じる。異物除去後も線維柱帯障害が持続することがあり、長期的な眼圧管理が求められる。
網膜電図による機能評価は、眼鉄錆症の手術適応を決定する重要な指標として研究が進んでいる。b波の減弱程度と実際の網膜組織障害の相関を定量化することで、「鉄毒性はあるが不可逆的障害には至っていない」早期ウィンドウでのIOFB除去が視力温存につながる可能性がある。4)
一部の報告では、IOFBを早期に除去した場合に網膜電図所見の改善(約40%の部分的回復)が観察されている。鉄イオン誘発性の酸化ストレスが軽度の段階では、除去後に組織機能が回復し得ることが示唆されており、早期介入の根拠となる。
鉄毒性は持続的・進行性であり、放置により視力低下・夜盲・視野狭窄が不可逆的に進行する。受傷後15年以上経過してから緑内障が発症した例も報告されており、4) 長期にわたるフォローアップが必要である。