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網膜・硝子体

網膜剥離

網膜剥離(Retinal Detachment; RD)は、神経感覚網膜(視細胞を含む内層)が網膜色素上皮(RPE)から分離する状態である。両者の接着は本来弱く、硝子体腔からの液体流入や外力・炎症によって剥離が生じる。

1920年代にJules Goninが初めて網膜裂孔の閉鎖による修復を報告し、本疾患の外科的治療が確立した。

発症率は年間10万人あたり10〜18人とされ、ドイツのレジストリデータでは2000年代に15.6から24.8へと増加傾向が認められる。2) 55〜59歳でピーク(53/10万人)を迎え、両眼性は約10%である。2)

裂孔原性(RRD)

定義:網膜裂孔を介して液化硝子体がRPE下に流入。最多。

原因後部硝子体剥離(PVD)に伴う牽引が起点。近視・外傷・白内障術後など。

波形:凸面状の波打った剥離形態が特徴。

牽引性(TRD)

定義増殖膜による網膜への機械的牽引で生じる裂孔のない剥離。

原因増殖糖尿病網膜症鎌状赤血球症未熟児網膜症(ROP)。

波形:凹面状の牽引形態。後部硝子体剥離後に急速に進行することがある。

滲出性(ERD)

定義網膜下液の滲出によるRPEとの分離。裂孔なし。

原因:フォークト・小柳・原田病(VKH)・脈絡膜腫瘍・重篤な炎症。

波形:体位変換で液が移動する特徴がある。

混合型

定義:TRDに網膜裂孔が生じ裂孔原性網膜剥離を併発。

原因:増殖糖尿病網膜症で最多。裂孔原性網膜剥離より予後不良となりやすい。

治療PPV+増殖膜除去が必要。

Q 網膜剥離は突然起こるのか?
A

裂孔原性網膜剥離は後部硝子体剥離を契機に比較的急速に生じる。しかし、格子状変性に伴う萎縮円孔では緩徐に進行することもある。飛蚊症・光視症の突然の増悪は裂孔形成のサインであり、症状出現後できるだけ早く受診することが重要である。

  • 飛蚊症(虫が飛ぶ感覚):硝子体中の混濁や出血による。急激な増加・変化は裂孔形成を示唆する。6%に網膜裂孔を伴うとされる。
  • 光視症(光が走る感覚):硝子体牽引による網膜への機械刺激。特に暗所で顕著。
  • 視野欠損(カーテンがかかった感じ):剥離範囲に対応した視野欠損。下方剥離では上方に現れる。
  • 視力低下:黄斑部に剥離が及ぶと著明な視力低下をきたす。
  • 視力は正常:周辺部のみの剥離では視力は保たれる場合がある。
  • Shafer’s sign(タバコの煙)散瞳検査で前部硝子体に認める褐色の顆粒状色素。RPE細胞が硝子体腔に飛散したもの。網膜裂孔の存在を強く示唆する重要所見。
  • Schwartz症候群:慢性裂孔原性網膜剥離で前房に光受容体外節(ROSが流入しシュレム管閉塞)から眼圧上昇をきたす病態。
  • RAPD(相対的求心性瞳孔反応障害):広範な剥離では患眼に認められる。
  • 網膜の形態:裂孔原性網膜剥離は波打つ凸形の剥離膜。TRDは凹面状で移動性に乏しい。

裂孔原性網膜剥離のリスク要因

Section titled “裂孔原性網膜剥離のリスク要因”
  • 近視:-1〜-3Dで約4倍、-3D超で約10倍のリスク上昇。2) 眼軸延長に伴う網膜菲薄化が機序。
  • 格子状変性:一般人口の6〜8%に存在し、裂孔原性網膜剥離全体の20〜30%に関与。2)
  • 白内障手術後:発症率0.21%。後嚢破損・硝子体脱出例ではリスク増大。2)
  • 外傷:裂孔原性網膜剥離全体の約10%を占める。2) 若年男性に多い。
  • 後部硝子体剥離(後部硝子体剥離):高齢者の生理的変化。格子状変性などの病変部への牽引が契機となる。
  • 眼内手術既往:硝子体手術・レーザー治療後もリスクあり。

牽引性・滲出性網膜剥離の原因

Section titled “牽引性・滲出性網膜剥離の原因”
  • TRD:増殖糖尿病網膜症(最多)・鎌状赤血球症・未熟児網膜症
  • ERD:原田病・ぶどう膜炎・脈絡膜腫瘍・重篤な全身疾患
Q 格子状変性があれば必ず網膜剥離になるのか?
A

格子状変性があっても網膜剥離に至るのはごく一部である。ただし格子状変性は裂孔原性網膜剥離全体の20〜30%に関与するため、2)定期的な眼底検査による観察が推奨される。症状がなければ予防的治療は必ずしも必要でない。

  • 倒像鏡+強膜圧迫:網膜周辺部の裂孔検索に不可欠。強膜圧迫で前周辺部まで観察。極周辺部の裂孔も検出できる。
  • 細隙灯顕微鏡+前置レンズ:黄斑部詳細観察・後部硝子体剥離の有無確認に有用。
  • OCT(光干渉断層計):黄斑部の微細な剥離を検出。網膜分離症との鑑別、黄斑下液の有無確認。
  • Bスキャン超音波硝子体出血など混濁媒体存在下で必須。剥離範囲・形態・増殖膜評価。TRDの凹面形態確認にも有用。

裂孔部位の予測:リンコフ法則

Section titled “裂孔部位の予測:リンコフ法則”

検眼鏡的剥離の形態から原発裂孔の位置を予測する法則を以下に示す。

剥離形態予測される裂孔位置
耳側上半剥離12時〜2時(耳側上方)
鼻側上半剥離10時〜12時(鼻側上方)
下方剥離(対称性)6時付近
全剥離12時付近の上方

耳側上方が最多(約60%)とされ、後部硝子体剥離牽引による弁状裂孔が好発する。

  • 網膜分離症(Retinoschisis):網膜層間の分離。OCTで内層・外層の2葉構造を確認。外層に穿孔なければ剥離は生じない。
  • 脈絡膜剥離:眼圧低下時に生じる。超音波で厚みのある脈絡膜剥離を確認。
  • メラノーマ等腫瘍性病変:硬固した隆起。超音波エコーで充実性エコーを確認。
Q 飛蚊症だけなら受診を急ぐ必要はないか?
A

新たな飛蚊症は後部硝子体剥離に伴うことが多いが、6%に網膜裂孔が合併する。特に急激な増加・大型の飛蚊症・光視症の同時出現は裂孔のリスクが高く、同日受診が望ましい。

網膜剥離は外科的緊急疾患であり、黄斑剥離が生じると24時間以内に不可逆的な視細胞変性が始まる。手術が唯一の根治的治療である。

気体網膜復位術

適応:上方1/4以内の単発裂孔・裂孔上方60°以内・増殖なし。

方法:膨張性ガス(SF₆・C₃F₈)を硝子体内注入し、裂孔を封鎖。冷凍凝固・レーザーと組み合わせる。

特徴:外来でも施行可能。術後は数日間の体位保持が必要。

強膜バックリング術

適応:若年者・萎縮円孔・緑内障合併・水晶体眼。

方法:強膜外にシリコンバンドを縫着し、眼球を内陥させて裂孔を閉鎖。

特徴:硝子体内操作なし。若年萎縮円孔では硝子体アプローチより本術式が推奨される場合がある。

硝子体切除術(PPV)

適応:複数裂孔・下方裂孔・増殖硝子体網膜症合併・混濁媒体・後極部病変。

方法:硝子体切除・裂孔封鎖・内タンポナーデ(ガス・シリコンオイル)。

特徴:広範な病変に対応可能。現在最も広く用いられる術式。

  • 初回手術:網膜復位率90%以上
  • 複数回手術:最終的な復位率98%程度
  • 増殖性硝子体網膜症(PVR):5〜10%に発症し、再手術を要する。3)で示されたデータでは再手術率36%。
  • レーザー光凝固:周辺部の裂孔・格子状変性の予防的治療。外来で施行。
  • 冷凍凝固:強膜外からの凝固。バックリング術や気体復位術と組み合わせる。

若年者(18歳以下)は成人に比べ硝子体がしっかりしており、裂孔の発生様式が異なる。18歳以下の18.4%、19〜30歳の35.1%に裂孔を認めるという報告がある。3) 萎縮円孔が多く、強膜アプローチが選択されることがある。

6. 病態生理学・詳細な発症機序

Section titled “6. 病態生理学・詳細な発症機序”

弁状裂孔(馬蹄形裂孔)は後部硝子体剥離による硝子体牽引が格子状変性や硝子体付着部に集中し形成される。後部硝子体剥離は60歳以上の多数に生じる生理的変化であるが、格子状変性や硝子体強付着部位が存在すると裂孔形成に至る。耳側上方60%に好発する。

液化した硝子体が裂孔を通じてRPE下に流入すると剥離が進行する。重力に従い下方へ広がり、放置すれば全剥離となる。

萎縮円孔は硝子体牽引を伴わず、格子状変性内の網膜菲薄化・壊死から形成される。若年者・女性・高度近視に多い。後部硝子体剥離前に生じるため硝子体が残存しており、進行が緩徐なことが多い。

PVR(増殖性硝子体網膜症)の機序

Section titled “PVR(増殖性硝子体網膜症)の機序”

増殖硝子体網膜症はRD術後の最大の合併症であり、「網膜前・網膜下の増殖膜形成による牽引性再剥離」として定義される。

機序:網膜剥離→血液網膜関門破綻→RPE細胞・グリア細胞・マクロファージが硝子体腔に流出→TGF-β等のサイトカイン刺激→細胞の上皮間葉転換・増殖→収縮性膜形成→再剥離。

Arndtら(2023)は非糖尿病裂孔原性網膜剥離73名と網膜前膜ERM)64名を対象とした研究で、RD眼の硝子体内グルコース濃度(2.28 mmol/L)が網膜前膜眼(1.60 mmol/L)より有意に高値(p<0.0001)であることを報告した。1) 硝子体内グルコースはマクロファージ密度と有意に相関し(p=0.002)、RD範囲とも相関した(r=0.38)。術後中心窩厚(MFT)とは逆相関(r=-0.51)を示した。

この硝子体内グルコース上昇は、低悪性度の局所炎症(マクロファージ浸潤)と関連し、増殖硝子体網膜症の形成に寄与すると考えられる。1) 終末糖化産物(AGE)によるコラーゲン架橋が硝子体の硬直化に関与するという仮説も提唱されている。1) さらに、上皮細胞密度とPVR-Cグレードの間に有意な相関(p=0.002)が認められており、1) 詳細な分子機序の解明が続いている。


7. 最新の研究と今後の展望(研究段階の報告)

Section titled “7. 最新の研究と今後の展望(研究段階の報告)”

Arndtら(2023)のデータはインスリンが錐体の保護的役割を果たす可能性を示唆する。1) RD眼の高グルコース環境が光受容体障害を増悪させるという仮説に基づき、代謝介入による視力予後の改善が研究課題となっている。

裂孔原性網膜剥離発生率の増加と疫学動向

Section titled “裂孔原性網膜剥離発生率の増加と疫学動向”

AAO PPP(2024)は、ドイツにおける裂孔原性網膜剥離年間発症率が同時期に15.6→24.8/10万人へと増加したと報告する。2) この増加傾向の背景として、高齢化・近視人口の増加・白内障手術件数の増大が挙げられる。同データでは、白内障術後の裂孔原性網膜剥離リスクは手術技術の向上により0.21%に低下しており、2) 術式改善がリスク低減に寄与することが示唆されている。

若年者裂孔原性網膜剥離の病態解明

Section titled “若年者裂孔原性網膜剥離の病態解明”

若年者(18歳以下)の18.4%、19〜30歳の35.1%に裂孔が認められるという報告がある。3) 後部硝子体剥離前の強い硝子体網膜付着が裂孔原性網膜剥離の主機序であり、成人例と異なる手術アプローチの有効性に関する研究が進んでいる。再手術率が36%と高く、3) 若年者裂孔原性網膜剥離に特化した手術戦略の最適化が課題である。


  1. Arndt C, Bonin T, Lion A, et al. Altered vitreous glucose levels in rhegmatogenous retinal detachment: correlation with macrophage density and postoperative foveal thickness. Eye. 2023;37:638-643.
  2. American Academy of Ophthalmology. Posterior Vitreous Detachment, Retinal Breaks, and Lattice Degeneration Preferred Practice Pattern. AAO; 2024.
  3. Gonzalez-Saldivar G, et al. Rhegmatogenous retinal detachment in young patients. [PIIS2468653019306876]. 2019.

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