コンテンツにスキップ
網膜・硝子体

プルッシャー網膜症・プルッシャー様網膜症

プルッシャー網膜症(Purtscher retinopathy)は、外傷や重篤な全身疾患に関連して後極部に特徴的な網膜所見をきたす脈絡網膜症である。1910年にオーストリアの眼科医Otmar Purtscherが、頭部外傷後の両眼性視力低下と網膜白斑を報告したことに始まる。

外傷が契機となる場合を「プルッシャー網膜症」、外傷なしに全身疾患が原因となる場合を「プルッシャー様網膜症(Purtscher-like retinopathy)」と区別する。両者は臨床所見が共通しており、病態も類似する。

  • 約60%が両眼性に発症する。
  • 単眼性発症では視力予後がやや良好とされる。
  • 年齢・性別を問わず発症しうるが、外傷性は若年男性に多く、疾患関連型は原疾患の好発年齢に準じる。
Q プルッシャー網膜症とプルッシャー様網膜症はどう違うのか?
A

外傷(頭部外傷・胸部圧迫など)が契機となるものをプルッシャー網膜症、外傷なしに急性膵炎・子癇前症・腎不全・SLEなどの全身疾患が原因となるものをプルッシャー様網膜症と呼ぶ。臨床所見・病態は共通しており、治療方針も同様である。

  • 無痛性視力低下:最も主要な症状。外傷や全身疾患の発症から24〜48時間後に生じることが多い。
  • 視野異常中心暗点・傍中心暗点が生じうる。
  • 眼痛の欠如:原因となる外傷自体の痛みとは別に、眼の痛みは通常ない。

後極部(視神経乳頭周囲〜黄斑部)に限局した所見が特徴的である。

主要3所見

軟性白斑(綿花様白斑:最も高頻度で、93%の症例に認められる。毛細血管前細動脈の閉塞に伴う神経線維層梗塞を反映する。

網膜出血:65%に認められる。後極部に散在性に生じる。

プルッシャー斑:63%に認められる。視神経乳頭周囲に白色〜淡黄色の境界明瞭な領域で、毛細血管が存在しない領域(毛細血管不含域)に対応し、約50μmの直径を呈する。本疾患に特徴的な所見である。

その他の所見

チェリーレッドスポット黄斑部浮腫・網膜混濁を背景に、中心窩が相対的に赤く見える所見。中心動脈閉塞症との鑑別が必要。

視神経乳頭浮腫:一部の症例に認められる。

病変の限局性:後極部に限定し、周辺網膜は通常侵されない。

病変範囲によりA・B・Cの3ゾーンに分類される。

ゾーン病変範囲
A視神経乳頭周囲のみ
B後極部(赤道前まで)
C周辺部まで含む広範囲
  • 発症2か月後:眼底所見が正常化する例が約40%。
  • 発症2か月後:視神経萎縮に至る例が約64%に及ぶ。
  • 網膜血管の閉塞・萎縮が後遺症として残ることがある。
Q 症状はいつ出るのか?外傷の直後か?
A

外傷や全身疾患の発症直後ではなく、24〜48時間の遅延後に視力低下が生じることが多い。眼痛はなく、外傷後に徐々に見えにくくなった場合は本疾患を念頭に置く必要がある。

原因は大きく「外傷性」と「非外傷性(疾患関連)」に分かれる。

外傷性(プルッシャー網膜症)

Section titled “外傷性(プルッシャー網膜症)”
  • 頭部外傷:交通事故・転落・殴打など
  • 胸部圧迫:クラッシュ症候群・重量物による胸部挫滅
  • 四肢の長管骨骨折:脂肪塞栓の原因となりうる

非外傷性(プルッシャー様網膜症)

Section titled “非外傷性(プルッシャー様網膜症)”
  • 急性膵炎:最も多い原因の一つ。膵プロテアーゼが塞栓・血管内皮障害を起こす。
  • 腎不全(慢性・急性):透析患者でも報告あり。
  • 子癇前症(妊娠高血圧症候群):産科領域の重要な合併症。
  • 全身性エリテマトーデス(SLE):自己免疫性血管炎との関連。
  • 脂肪塞栓症候群:長管骨骨折・外科手術後。
  • 溶血性尿毒症症候群(HUS):特に小児での報告がある。
  • その他:血液疾患・悪性腫瘍・造血幹細胞移植後など。

確立した診断基準として、Miguelらが提唱した更新診断基準がある。以下5項目のうち3項目以上を満たすことで診断する。

  1. 軟性白斑(綿花様白斑)の存在
  2. プルッシャー斑の存在
  3. 網膜出血(後極部限定)
  4. 外傷または原因疾患(急性膵炎・腎不全・子癇前症など)の存在
  5. 病変が後極部に限局し周辺部を侵さない

各検査が提供する情報を以下に示す。

検査主な所見特徴
眼底検査白斑・出血・プルッシャー斑第一選択・非侵襲
OCT(光干渉断層計)内層高反射→外層萎縮経時変化の追跡に有用
蛍光眼底造影(FA)細動脈閉塞・無灌流域病変範囲の詳細評価
  • OCT所見:急性期には内層の高反射(虚血性浮腫)を認め、慢性期には内層から外層の萎縮へと変化する。予後予測のバイオマーカーとして注目されている。
  • 蛍光眼底造影(FA):毛細血管前細動脈の閉塞・無灌流域の範囲評価に有用。プルッシャー斑は蛍光非染性領域として観察される。
  • 網膜電図(網膜電図):a波・b波の振幅低下が認められる。網膜機能の客観的評価に用いる。
  • 網膜動脈分枝閉塞症(BRAO:単発病変が多く、全身疾患との関連が異なる。
  • 網膜中心動脈閉塞症(CRAO):びまん性の網膜白化・偽チェリーレッドスポットを呈するが、通常単眼性。
  • 網膜振盪症(commotio retinae):直接外傷後に周辺部を含む灰白色浮腫をきたす。病変分布が異なる。
Q プルッシャー斑はどの検査で確認できるのか?
A

プルッシャー斑は細隙灯顕微鏡による眼底検査で視神経乳頭周囲の白色〜淡黄色境界明瞭な領域として確認できる。蛍光眼底造影では蛍光非染領域として描出され、OCTでは対応部位の内層高反射所見が急性期に認められる。

プルッシャー網膜症に対するエビデンスに基づいた診療ガイドラインは現時点で確立していない。

最も重要な治療方針は、原因となっている全身疾患(急性膵炎・子癇前症・腎不全など)の迅速な治療である。全身状態の安定化が眼予後にも影響する。

高用量ステロイド静注(メチルプレドニゾロンパルス療法など)が最も多く報告されている治療法であるが、前向き比較試験による確立したエビデンスはない。

Miguelらの報告では、ステロイド治療群と無治療経過観察群で視力予後に有意差は認められなかった。このため、経過観察が最も推奨される選択肢とする意見もある。

  • ステロイド静注を行う場合:原因疾患の禁忌がないこと(子癇前症・膵炎の急性期)を確認した上で慎重に検討する。
  • 経過観察を選択する場合:眼底所見・視力・OCT所見を定期的に追跡する。
  • いずれの場合も、基礎疾患の治療を優先する。
Q ステロイドを使えば視力は回復するのか?
A

ステロイド静注の有効性は個別報告で示されているが、前向き試験では無治療群と比較して有意な差は認められていない。視力予後は症例により大きく異なり、自然回復する例も一定数ある。基礎疾患の迅速な治療が最優先である。

6. 病態生理学・詳細な発症機序

Section titled “6. 病態生理学・詳細な発症機序”

プルッシャー網膜症の本態は、後極部網膜における毛細血管前細動脈の多発性閉塞である。閉塞は以下の機序により生じると考えられている。

  • 脂肪塞栓:長管骨骨折・脂肪塞栓症候群に関連。骨髄由来の脂肪滴が循環血中に流入する。
  • 膵プロテアーゼ関連:急性膵炎では活性化されたプロテアーゼが血管内皮を傷害し、フィブリン析出・血管壁損傷を引き起こす。
  • 白血球凝集塊:外傷・炎症に伴い活性化した好中球が凝集し、毛細血管前細動脈を閉塞する。
  • フィブリン塞栓:播種性血管内凝固(DIC)を合併した症例で形成される。

外傷や全身疾患によりC5補体が活性化されると、好中球の凝集・活性化が促進される。活性化した好中球が毛細血管に捕捉され、血管閉塞と炎症反応を引き起こす。

プルッシャー斑は、毛細血管を含まない領域(毛細血管不含域)に対応する白色病変である。直径約50μmの毛細血管前細動脈が閉塞することで、灌流を失った網膜内層が白色浮腫をきたす。軟性白斑(神経線維層梗塞)とは成因が異なる独立した所見である。

眼動脈と後毛様動脈の解剖学的配置により、後極部の毛細血管前細動脈は比較的孤立したネットワークを形成している。微小塞栓はこの解剖学的脆弱性を反映して後極部に優先的に蓄積し、周辺網膜は比較的保護される。


7. 最新の研究と今後の展望(研究段階の報告)

Section titled “7. 最新の研究と今後の展望(研究段階の報告)”

現時点でプルッシャー網膜症の治療に関する前向きランダム化比較試験(RCT)は存在しない。Miguelらの研究でステロイド群と無治療群に差がなかった報告は後方視的研究に基づくものであり、エビデンスレベルは低い。大規模プロスペクティブ試験の実施が急務である。

OCTバイオマーカーによる予後予測

Section titled “OCTバイオマーカーによる予後予測”

急性期のOCT所見(内層高反射の範囲・程度・深さ)と長期視機能予後との相関を検討する研究が進んでいる。内層萎縮の範囲・黄斑部神経節細胞層の菲薄化が予後不良の指標となりうることが報告されており、OCTによる客観的予後予測モデルの構築が期待されている。

C5補体経路の活性化が発症機序の中心的役割を担うことから、補体阻害薬(抗C5抗体など)が将来的な治療候補として議論されている。ただし、眼科領域への応用は基礎研究段階にとどまる。

Q 将来的に有効な治療法は開発されるのか?
A

前向き比較試験が存在しないため、現時点では治療の優劣を判定できない状況にある。OCT所見を用いた予後予測や補体経路を標的とした新規治療の研究が進んでおり、今後のエビデンス蓄積が期待される。治療選択は現時点では個別の臨床判断による。

記事の全文をコピーして、お好みのAIに貼り付けて質問できます