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網膜・硝子体

汎網膜光凝固術(PRP)

汎網膜光凝固術(Panretinal Photocoagulation; PRP)は、網膜全周の周辺部にレーザーを照射して意図的に光凝固瘢痕を作成する治療手技である。

1970年代に実施されたDRS(Diabetic Retinopathy Study)で有効性が初めて実証された。DRSでは未治療眼の重症視力低下(SVL: 5/200未満)発生率が16.3%であったのに対し、PRP治療眼では6.4%と大幅に低下し、PRPがSVLリスクを50%以上低減することが確立された。4)

その後のETDRS(Early Treatment Diabetic Retinopathy Study)では、ハイリスクPDRに対するETDRSプロトコール(1200〜1600スポット)が標準化された。4) ETDRSはまた、2型糖尿病患者への早期PRPが5年間でSVLを50%減少させることも示した。4)

適応疾患は以下の通りである。

  • 増殖糖尿病網膜症(PDR):最も頻度が高い適応。ハイリスクPDRとは、乳頭新生血管(NVD)が乳頭面積の1/4〜1/3以上、または硝子体出血を伴う乳頭新生血管/網膜新生血管(NVE)を指す。4)
  • 網膜中心静脈閉塞症CRVO)・分枝静脈閉塞症(BRVO:虚血型で新生血管を伴う場合
  • 鎌状赤血球網膜症:増殖性変化を伴う場合
  • 未熟児網膜症:閾値以上の病変
Q PRPとはどのような手術か?
A

PRPはレーザーを網膜の周辺部全体に照射する外来治療である。全身麻酔は不要で、散瞳点眼後に接触レンズを用いて施行する。複数回のセッションに分けて行うことが多い。

PRPは治療手技であるため、「症状」は主に術後の副作用・合併症として現れる。

  • 術中・術後の疼痛:レーザー照射時に眼球痛・頭痛を生じることがある。強膜近くへの照射や多数スポット照射で増強する。
  • 周辺視野低下:PRPの不可避の副作用である。周辺網膜を意図的に破壊するため、周辺視野が狭窄する。
  • 夜盲(暗所での視力低下):周辺桿体細胞の減少により生じる。
  • 一過性視力低下:術後に黄斑浮腫が増悪することがある。

PRP後に生じうる合併症を以下に示す。

**漿液性網膜剥離(SRD)・網膜色素上皮剥離(PED)**はPRP後に一定の頻度で発生する。Gandhiら(2024)は、PDR患者でPRP後にSRDとPEDが出現した症例を報告した。OCT所見では脈絡膜厚(SFCT)がPRP前の225μmから治療後204μmへと変化した。1)

**滲出性網膜剥離(滲出性RD)**はより重篤な合併症である。Videkarら(2024)の報告では、PRPに関連した滲出性RDの発生率は0.07%と低頻度であった。2) しかし脈絡膜肥厚(パキコロイド)を有する眼では発生リスクが有意に上昇する。

黄斑円孔はまれな合併症である。Kumarら(2021)は、PRP施行後に黄斑円孔を発症した61歳女性の症例を報告した。SF6ガスタンポナーデによる硝子体手術を施行し、最終視力は20/200から20/40に改善した。3)

Q PRPを受けた後、視野が狭くなるのか?
A

PRPでは周辺網膜を意図的に凝固するため、周辺視野の狭窄は不可避の副作用である。ただし中心視力への影響は通常軽微であり、詳細は「標準的な治療法」の項を参照されたい。

PRPが必要となる主な背景疾患と、PRP後合併症のリスク要因を示す。

PRPの主な適応となる疾患とその背景

Section titled “PRPの主な適応となる疾患とその背景”
  • 糖尿病網膜症(PDR):糖尿病の罹病期間・血糖コントロール不良・高血圧・腎症が増殖化のリスクである。
  • 網膜静脈閉塞症(虚血型):高血圧・動脈硬化・血液凝固異常が背景にある。
  • パキコロイド(脈絡膜肥厚 >390μm):Videkarら(2024)は、PRP後の滲出性RDリスクが脈絡膜厚390μmを超える眼で有意に高いことを示した。2) 脈絡膜が厚い眼ではPRPレーザーの熱が脈絡膜循環を障害し、滲出を誘発しやすい。
  • 硝子体黄斑牽引(VMT)の合併:VMTが存在する場合、黄斑円孔などの機械的合併症のリスクが増す。3)
  • 一度に多数のスポット照射:急激な大量照射は脈絡膜滲出を誘発しやすい。複数セッションに分けることが推奨される。

PRPの施行判断に必要な検査と、術後モニタリングに用いる検査を示す。

以下の主要検査法の目的をまとめる。

検査目的タイミング
蛍光眼底造影(FA)無灌流域・新生血管評価術前・術後
OCT黄斑浮腫・SRD・PED評価術前・術後
OCTA新生血管・毛細血管脱落評価術前・術後
  • 蛍光眼底造影(FA):PRPの適応判断において最重要の検査である。無灌流域(虚血領域)の広がりと新生血管の局在・活動性を確認する。ETDRSガイドラインではPRP施行前に視野検査を実施することが推奨されている。4)
  • 光干渉断層計(OCT):黄斑浮腫の評価とPRP後合併症(SRD・PED・黄斑円孔)の早期発見に必須である。1) 術前にOCTで脈絡膜厚を計測することで、パキコロイドによる滲出性RDリスクを評価できる。2)
  • OCT血管造影(OCTA):無散瞳で網膜毛細血管の脱落域と新生血管をマッピングできる。フォローアップ時の新生血管退縮評価に有用である。
Q PRPはどのような基準で施行を決定するのか?
A

ハイリスクPDR(乳頭新生血管が乳頭面積の1/4以上、または硝子体出血を伴う新生血管)に対しては早急なPRP施行が推奨される。4) FAで広範な無灌流域が確認された場合も適応となる。

従来型PRPレーザー

スポットサイズ:200〜500μm

照射時間:0.1〜0.3秒

出力:100〜250mW

総スポット数:1200〜2000発(ETDRSプロトコール: 1200〜1600発)4)

波長:577nm(黄色)が主流。532nm(緑)も使用される。

PASCALレーザー(パターンスキャン)

スポットサイズ:200〜280μm

照射時間:約0.02秒(マイクロパルス)

出力:300〜400mW

特徴:1回のフットペダル操作で複数スポットを短時間に照射。疼痛軽減・施行時間短縮に有利。

各波長の特性を以下に示す。

波長特徴
532nm汎用性高い。酸化ヘモグロビンに吸収
577nm黄斑部でのキサントフィル吸収少ない
810nm近赤外白内障・硝子体出血越しに照射可能

Videkarら(2024)の研究では532nmレーザー(出力250〜300mW、照射時間200ms、548〜590スポット)を用いたPRP後の滲出性RD症例が報告されている。2)

  • 使用レンズ:Mainster広視野レンズ、Volk QuadrAsphericレンズなどの広視野レンズが標準的に用いられる。
  • 麻酔:点眼麻酔が基本。疼痛が強い場合は球後麻酔を追加することがある。
  • 通常、乳頭周囲1〜2乳頭径を残し、後極部から1〜2乳頭径外側から周辺部まで照射する。
  • 多数スポットを一度に照射すると脈絡膜滲出・黄斑浮腫が増悪しやすいため、2〜4セッションに分割して施行することが多い。

**Protocol S(DRCR.net)**は、増殖糖尿病網膜症に対してランベシズマブ(硝子体内注射)がPRPと同等以上の視力成績を示すことを実証した。4) 中心窩に及ぶPDRでは、抗VEGF薬がPRPの代替として選択される場合がある。

  • パキコロイド眼(脈絡膜肥厚)にPRPを施行する際は、術前・術後に抗VEGF薬を併用することで滲出性RDリスクを軽減できる可能性がある。2)
  • 糖尿病黄斑浮腫(DME)を合併する場合は、黄斑浮腫に対して抗VEGF薬または局所/グリッドレーザーを行い、PDRに対してPRPを組み合わせる。4)
Q 抗VEGF薬があればPRPは不要か?
A

Protocol Sでは中心窩に及ぶPDRにおいて抗VEGFがPRPと同等の成績を示したが、抗VEGF薬は継続的な注射が必要であり、治療中断リスクも存在する。4) 一方PRPは1〜数回の治療で長期効果が期待できる。いずれを選択するかは病態・患者背景に応じて判断する。

6. 病態生理学・詳細な発症機序

Section titled “6. 病態生理学・詳細な発症機序”

PRPが新生血管を退縮させる基本メカニズムは以下の通りである。

レーザー光は網膜色素上皮(RPE)と光受容体に吸収され、周辺網膜の外層組織を凝固・破壊する。その結果、以下の連鎖反応が生じる。

  1. 外層の酸素消費量低下:光受容体(桿体・錐体)は網膜で最も酸素消費量が多い。これを破壊することで網膜全体の酸素需要が低下する。
  2. 内網膜への酸素供給改善:脈絡膜から内網膜への酸素拡散が容易になり、相対的な内網膜低酸素が解消される。
  3. VEGF産生抑制:低酸素刺激によって誘導されていたVEGFの産生が減少する。
  4. 新生血管の退縮:VEGFが低下することで既存の新生血管が退縮し、新たな新生血管形成も抑制される。

Gandhiら(2024)は、PRP後にSRDとPEDが出現した症例において、OCTでSFCTが225μmから204μmへ変化したことを報告した。1) レーザーの熱効果によるRPEの機能障害が、RPEポンプ機能を低下させ、網膜下液の貯留を促すと考えられている。

パキコロイドとPRP後滲出性RDの機序

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Videkarら(2024)は、脈絡膜肥厚(>390μm)を有する眼でPRP後に滲出性RDが生じやすい機序を報告した。2) 厚い脈絡膜には拡張した大口径脈絡膜血管(パキ血管)が存在し、PRPのレーザー熱が大量の血液を含むこれらの血管に吸収されることで、局所的な高温と浸透圧変化が生じ、脈絡膜液が網膜下へ移行しやすくなると推察される。


7. 最新の研究と今後の展望(研究段階の報告)

Section titled “7. 最新の研究と今後の展望(研究段階の報告)”

SDMレーザー(Subthreshold Diode Micropulse)

Section titled “SDMレーザー(Subthreshold Diode Micropulse)”

SDMは閾値以下のマイクロパルスレーザーを用い、RPEへの熱損傷を最小限にしながらPRPと同等のVEGF抑制を目指す手法である。光凝固瘢痕を生じないため、従来PRPに伴う周辺視野障害・夜盲を回避できる可能性がある。ただし有効性の確立には更なる大規模試験が必要である。

眼底画像と連動したナビゲーションシステムを用いて照射位置を自動制御する手法である。無灌流域への選択的照射が可能となり、不必要な周辺正常網膜の損傷を減らすことが期待される。

DRCR.net Protocol Sは、PDRに対するランベシズマブ(2mg)のPRPとの非劣性を5年間にわたって示した。4) しかし抗VEGF継続不能例における病勢進行のリスクが課題として残っており、治療選択においてアドヒアランスの評価が不可欠である。

パキコロイドを予測因子としたPRPリスク層別化

Section titled “パキコロイドを予測因子としたPRPリスク層別化”

Videkarら(2024)はOCTによる脈絡膜厚測定がPRP後滲出性RDの予測に有用であることを示した。2) 脈絡膜厚 >390μm を閾値としたリスク層別化と、高リスク眼への予防的抗VEGF投与の有効性を評価する前向き試験が期待される。


  1. Gandhi P, Nakatsuka K, Ishikawa Y, et al. Subretinal fluid and pigment epithelial detachment following panretinal photocoagulation in proliferative diabetic retinopathy. BMC Ophthalmol. 2024;24:357.
  2. Videkar RP, Sharma P, Yadav NK. Exudative retinal detachment following panretinal photocoagulation in pachychoroid eyes. Cureus. 2024;16(11):e73228.
  3. Kumar V, Sinha S, Shrey D. Macular hole following panretinal photocoagulation in a patient with proliferative diabetic retinopathy. BMJ Case Rep. 2021;14:e240730.
  4. American Academy of Ophthalmology. Diabetic Retinopathy Preferred Practice Pattern. AAO; 2024.

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