前眼部所見
結膜充血:最も頻度の高い所見。眼瞼結膜の充血と漿液性眼脂を伴う。
結膜下出血:出血性素因を反映する所見。
点状表層角膜炎:角膜上皮の点状びらん。
虹彩炎:軽度〜中等度の前房炎症を認めることがある。

キャサヌル森林病(Kyasanur Forest Disease; KFD)は、フラビウイルス科フラビウイルス属に分類される単鎖プラス鎖RNAウイルスであるキャサヌル森林病ウイルス(KFDV)によって引き起こされるダニ媒介性の人獣共通感染症である。「サル熱」(monkey fever)とも呼ばれる。
1957年にインド・カルナータカ州のキャサヌル森林で初めて同定された1)。以来、南インドの地方病として毎年約400〜500例が報告されている3)。従来カルナータカ州に限局していたが、近年はケーララ州、タミル・ナードゥ州、ゴア州、マハラシュトラ州にも拡大している1)。
KFDは二相性の臨床経過をとる。
致死率は3〜5%とされるが、報告により2〜10%と幅がある1)2)。ヒトからヒトへの感染は報告されていない。
本項では、KFDに伴う眼科的所見に焦点を当てて解説する。
KFDは南インドの地方病であり、日本での報告はない。流行地域への渡航歴がある場合に鑑別として考慮する。
KFDにおける眼関連の自覚症状は以下の通りである。
全身症状としては突然の高熱、前頭部頭痛、筋痛、消化器症状(嘔気・嘔吐・腹痛・下痢)がみられる2)。出血症状(鼻出血・歯肉出血)は症例の約10〜15%に認められる2)。
KFDの眼科的所見は、ウイルスの出血性素因または免疫介在性反応に起因すると推察されているが、眼における病態生理は十分に解明されていない。
前眼部所見
結膜充血:最も頻度の高い所見。眼瞼結膜の充血と漿液性眼脂を伴う。
結膜下出血:出血性素因を反映する所見。
点状表層角膜炎:角膜上皮の点状びらん。
虹彩炎:軽度〜中等度の前房炎症を認めることがある。
後眼部所見
網膜出血:表層および深層の網膜出血を認める。
硬性白斑:網膜内の脂質沈着物。
硝子体出血:重症例で生じうる。
乳頭浮腫:脳炎に続発する頭蓋内圧亢進に伴い認められることがある。
全身の検査所見として白血球減少、血小板減少、肝酵素上昇が特徴的である1)2)。リンパ球減少は高度となりうる。
Khalidら(2025)は、KFD第1相の患者7例に口腔カンジダ症を認めたことを報告した5)。全例にリンパ球減少がみられ、他の免疫抑制因子は認められなかった。KFDにおける一過性免疫抑制と日和見感染の発生を示唆する所見である。
大部分の患者では感染後14日以降に回復が始まる。眼症状も多くは自然軽快するが、一部の症例では視力低下、羞明、眼痛がより長期に持続する。長期的な後遺症はまれとされる。
KFDVは主にマダニの一種 Haemaphysalis spinigera の吸血を介してヒトに感染する1)。その他 H. turturis 、H. kinneari なども媒介しうる。ヒトは終末宿主であり、ヒト間の伝播は起こらない。
感染動物(特に発症・死亡直後のサル)との接触も感染経路となる。
主なリスク要因は以下の通りである。
KFDのヒト間感染は報告されていない。感染はダニの吸血または感染動物(主にサル)との接触を介してのみ成立する1)。
KFDの診断は、デング熱やマラリアなど他の発熱性疾患との症状の重複から困難である。流行地域への曝露歴と臨床像から本疾患を疑い、検査による確定診断が必要となる1)。
主な検査法を以下に示す。
| 検査法 | 特徴 | 備考 |
|---|---|---|
| リアルタイムRT-PCR | 高感度・高特異度 | 発症早期に有用 |
| IgM捕捉ELISA | 急性期感染の検出 | 約4ヶ月間陽性 |
| Truenat KFD | POC検査 | 遠隔地で使用可能 |
血液検査では以下の異常を認める。
眼所見を伴う出血熱として以下の疾患を鑑別する。
KFDに対するFDA承認の特異的治療薬は存在しない1)。治療は支持療法が中心となる。
眼合併症に対する特異的治療はなく、対症療法が中心となる。虹彩炎に対しては散瞳薬やステロイド点眼が考慮される。
1990年以降、KFD流行地域ではホルマリン不活化組織培養ワクチンが接種されている1)。
ホルマリン不活化組織培養ワクチンが流行地域で使用されているが、有効率は2回接種で約67%にとどまる1)。3回目のブースターで82.9%に向上するが、持続期間が短く改良が求められている。
KFDVはダニの吸血時に皮膚を通じてヒト体内に侵入する。ウイルスはマクロファージや抗原提示細胞に取り込まれ、全身の臓器に運搬される1)。
感染の進行機序は以下の通りである。
眼科的所見の発症機序として、ウイルスの出血性素因に基づく血管障害と免疫介在性の炎症反応が推察されているが、眼における詳細な病態生理は未解明である。血小板減少と凝固障害が結膜下出血・網膜出血・硝子体出血の発症に関与していると考えられる。乳頭浮腫は第2相の髄膜脳炎に伴う頭蓋内圧亢進に起因すると推定される。
KFDVは実験動物において神経細胞のアポトーシスを誘導し、小脳・大脳皮質・海馬の脳組織障害を引き起こすことが報告されている1)。この神経障害が第2相における視覚障害の一因となりうる。
特異的治療薬の開発が模索されている。主な候補薬を以下に示す。
| 薬剤名 | 作用機序 | 開発段階 |
|---|---|---|
| ソフォスブビル | NS5 RdRp阻害 | in vitro活性確認 |
| NITD008 | ヌクレオシドアナログ | 計算モデル・in vitro |
| EGCG | NS3ヘリカーゼ阻害 | in silico |
ソフォスブビルとその活性代謝物は、KFDVの非構造タンパク質NS5が持つRNA依存性RNAポリメラーゼ活性を阻害することが報告されている1)。ただしin vivo試験は未実施である。
NITD008はフラビウイルス感染症に広く使用されるヌクレオシドアナログ阻害薬であり、計算モデルおよびin vitroでKFDVに対する活性が示されている4)。臨床応用にはin vivo検証が不可欠である。
現行ワクチンの有効性が限定的であることから、次世代ワクチンの開発が進められている。
VSV(水疱性口内炎ウイルス)プラットフォームを用いた生弱毒化ワクチンが霊長類モデルで有効性を示し、単回接種でKFDの発症を予防した1)。さらにアルクルマ出血熱ウイルス(KFDV変異株)に対しても交差防御を誘導することが確認されている。
その他、エンベロープタンパク質・NS1・NS5タンパク質ベースのサブユニットワクチンや、バナナベースの経口ワクチンも探索段階にある1)。
RT-LAMPアッセイや、ウイルスメタゲノミクスを用いた多病原体同時検出法の開発が進められている1)。機械学習を応用したアウトブレイク予測モデルも検討されている1)。