即時対応
ガス注入の即時停止:OVAEが疑われた時点で直ちに空気またはガスの注入を中止する。
100%酸素投与:FiO₂を100%に上げ、酸素化を最大限に図る。
トレンデレンブルグ体位:頭低位にすることで空気を心室内に留め、肺循環への移行を減らす。

眼静脈空気塞栓症(Ocular Venous Air Embolism; OVAE)は、硝子体手術中にインフュージョンカニューレの滑脱などにより加圧空気が脈絡膜上腔に流入し、渦静脈を介して全身の静脈循環に空気が入り込む術中合併症である。近年、Presumed Air by Vitrectomy Embolisation(PAVE)とも呼称される1)。
空気は最終的に右室流出路に到達する。これにより肺でのガス交換が阻害され、心血管虚脱に至る。EtCO₂の急激な低下が最初の徴候として出現し、数分以内に致命的経過をたどり得る。
文献上、これまでに13例が報告されている。そのうち9例(69%)が致命的であった1)。死亡9例中5例は手術室内で死亡し、3例はイベント当日に死亡、1例は4週間後に多臓器不全で死亡した。一方、生存4例ではいずれもEtCO₂低下を認めた時点で速やかに空気注入が中止されている。
硝子体外科医の認知率はわずか20%との調査結果がある1)。この認知の低さが高い致死率の一因と考えられている。
文献上の報告は13例にとどまり、発生頻度は極めて低い。しかし報告例の69%(9/13例)が致命的であり、あらゆる医原性静脈空気塞栓症の中で最も致死率が高い可能性がある1)。
OVAEは全身麻酔下で発症するため、患者自身が症状を自覚することはない。手術チームが麻酔モニターの変化から認識する。
徴候は以下の順序で出現する。
Helal Birjandiら(2026)の症例では、空気-液体置換中にインフュージョンカニューレが二次的に滑脱し、EtCO₂が47から14 mmHgへ急落、SpO₂が97%から73%に低下、平均動脈圧が58 mmHgに下降、心拍数が66から101 bpmに上昇した1)。
術後の心エコー検査では右室拡張と心室中隔の扁平化(D-sign)を示す急性右心負荷が確認された1)。CT血管造影では肺塞栓症は否定され、肺水腫が認められた1)。心筋逸脱酵素(CK、トロポニンT)は軽度上昇であった1)。
OVAEの根本原因は、加圧空気が眼内から脈絡膜上腔に流入し、渦静脈を介して全身循環に達することにある。原因となる状況を以下に示す。
報告症例では、23ゲージ経結膜無縫合トロカールカニューレの使用中に結膜下液の貯留と結膜浮腫が進行し、3本すべてのトロカールが緩んだ。再挿入後も二次的な滑脱が生じ、脈絡膜上腔への空気注入に至った1)。
経結膜無縫合硝子体手術における空気-液体置換中が最もリスクが高い。カニューレが縫合固定されていないため滑脱しやすく、加圧空気が脈絡膜上腔に流入する危険がある1)。外傷修復や脈絡膜腫瘍切除でも発生し得る。
OVAEの診断は術中の麻酔モニター所見に基づく臨床診断が主体である。術後は画像検査や血液検査で裏付ける。
術後に空気塞栓の影響を確認するための検査を示す。
| 検査 | 所見 |
|---|---|
| 心エコー | 右室拡張・D-sign |
| CT血管造影 | 肺塞栓除外・肺水腫 |
| 心筋逸脱酵素 | CK・トロポニン軽度上昇 |
報告症例では術後心エコーで右室拡張と心室中隔扁平化(D-sign)を伴う急性右心負荷が確認された。CT血管造影で肺塞栓症は否定され、肺水腫が認められた1)。
術中に急激な循環動態の変化を生じた場合、以下を鑑別する。
OVAEが疑われた場合は、秒単位での迅速な対応が求められる。
即時対応
ガス注入の即時停止:OVAEが疑われた時点で直ちに空気またはガスの注入を中止する。
100%酸素投与:FiO₂を100%に上げ、酸素化を最大限に図る。
トレンデレンブルグ体位:頭低位にすることで空気を心室内に留め、肺循環への移行を減らす。
循環維持・蘇生
昇圧剤投与:低血圧に対して血管収縮薬を使用する。
閉胸式心臓マッサージ:下部胸骨への圧迫により肺流出路の空気を排出し血流を改善する。
心肺蘇生:心停止に至った場合は速やかに開始する。
ECMO:適応がある場合は体外式膜型人工肺設備のある施設へ搬送する。
報告症例では、空気注入の停止に加え、粘弾性物質の注入による眼内圧の安定化、後部強膜切開2箇所からの脈絡膜上腔の空気・液体の排出、前房メインテナーの設置、および縫合固定した長いカニューレへの交換が行われた。血行動態は10分以内に安定した1)。
手術は冷凍凝固、パーフルオロカーボン注入、網膜下液排出、シリコーンオイルタンポナーデに切り替えて完遂された1)。患者は術後ICUで管理され、術後2日目に退院した。視力は20/160、眼圧は14 mmHg、網膜はシリコーンオイル下で復位していた1)。
直ちにガス注入を停止し、FiO₂を100%に上げ、トレンデレンブルグ体位(頭低位)をとる。これらの初期対応を秒単位で行うことが救命に直結する。必要に応じて昇圧剤投与や心肺蘇生を行い、ECMO対応施設への搬送を検討する。
OVAEの発症機序は、加圧空気が眼内から脈絡膜上腔へ流入し、全身静脈循環に到達する過程として理解される。
インフュージョンカニューレが硝子体腔外(脈絡膜上腔)に位置している場合、加圧空気は直接脈絡膜上腔に注入される。これにより渦静脈が裂け、空気が以下の経路で全身循環に伝達される。
渦静脈 → 眼静脈 → 海綿静脈洞 → 頸静脈 → 右心房 → 右心室
右心室に到達した空気は右室流出路を閉塞する。その結果、肺でのガス交換が阻害され、以下の連鎖が生じる。
空気の加圧注入が行われること、および眼と心臓が解剖学的に近接していることから、OVAEはあらゆる医原性静脈空気塞栓症の中で最も致死率が高い可能性がある。
関連する合併症として、パーフルオロカーボン症候群がある。硝子体手術中に使用されるパーフルオロカーボン液体(PFCL)が脈絡膜血管系の破綻部位から全身血管系に流出し、体温下でガス状に転移することで遅発性の肺塞栓を引き起こす。
PFCLの蒸気圧は種類により異なる。パーフルオロ-n-オクタン(PFO)の蒸気圧は37℃で50〜55 mmHgであるのに対し、パーフルオロデカリン(PFD)は37℃で13.6 mmHgと低い。OVAEとは異なり術後数時間で発現することが多く、呼吸困難が初発症状となる。文献上4例の報告があり、ECMOを受けた2例は生存したが他の2例は死亡した。