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網膜・硝子体

眼減圧網膜症

眼減圧網膜症(ocular decompression retinopathy; ODR)は、急激な眼圧下降を伴う介入の結果として生じる稀な術後合併症である。赤道部後方の網膜に認められる、一部に白斑を伴う複数の円形網膜内出血を特徴とする。

「眼減圧網膜症」という用語は、1992年にFechnerらが緑内障濾過手術後の医原性眼圧下降に伴う網膜変化を記述するために造語した。当初は緑内障手術との関連で報告されたが、その後は前房穿刺、白内障手術、硝子体手術シリコーンオイル除去術など多様な手技の後にも発症が確認されている。

前房穿刺後のODRに関するシステマティックレビューでは、10例が報告されている1)。男性が70%を占め、平均年齢は40.1±22歳であった1)。基礎疾患としてはぶどう膜炎が最多であり、10例中4例を占めた1)。その他の原因疾患として血管新生緑内障、黄斑分枝動脈閉塞、原発開放隅角緑内障眼内炎が報告されている1)

未熟児網膜症(ROP)スクリーニング検査中に生じる網膜出血もODRの一形態と考えられている2)

Q 前房穿刺のような小さな処置でも発症するのか?
A

前房穿刺後のODRは文献上10例が報告されている1)。処置の規模にかかわらず、急激な眼圧低下が生じればODRを発症しうる。詳細は「原因とリスク要因」の項を参照。

ODRの眼底所見は顕著な場合があるが、患者の約80%は無症状のままである。症状がある場合、術後早期に以下を訴える。

  • 視力低下角膜浮腫などの併存因子の影響もあり、網膜出血のみによる寄与の判断が困難な場合がある
  • 中心暗点:黄斑部の出血に伴い自覚される
  • 飛蚊症硝子体出血を伴う場合に生じる

眼底所見として最も一般的なのは、後極部・赤道部網膜に散在する表層および深層の点状〜斑状の網膜内出血である。一部に白斑を伴う出血(Roth spots)も認められる。

前房穿刺後のODRに関するシステマティックレビューにおける各出血タイプの頻度を以下に示す1)

出血タイプ頻度
斑状出血(blot)90%
Roth spots70%
網膜前出血60%
表層出血30%
  • 網膜血管:通常は正常な外観を呈し、静脈蛇行や拡張は認められない
  • 硝子体出血・硝子体下出血:比較的稀であるが、認められることがある
  • 脈絡膜剥離・黄斑浮腫:極めて稀である

蛍光眼底造影では出血による遮蔽蛍光のみを認め、動静脈通過時間の遅延や血管漏出は通常観察されない1)

ROP検査時に生じるODRでは、網膜内出血(flame状・dot-blot・白斑を伴う出血)が血管化網膜にびまん性に分布し、後極部および血管化境界付近に集中する傾向がある2)。出血は中央値2週間で完全に消退した2)

Q 網膜中心静脈閉塞症との見分け方は?
A

ODRでは蛍光眼底造影で静脈拡張や動静脈通過時間の遅延を認めず、遮蔽蛍光のみを呈する1)。また、Roth spots はODRの70%で認められるが、網膜中心静脈閉塞症では稀である1)。この2点が鑑別に有用である。

ODRは急激な眼圧下降を引き起こしうるさまざまな手技の後に発生する。報告されている原因手技は以下の通りである。

  • 緑内障濾過手術線維柱帯切除術など。最も多い報告がある
  • 緑内障ドレナージデバイス植え込み術:アーメド緑内障バルブなど
  • 前房穿刺:ぶどう膜炎精査の房水採取時にも発症しうる1)
  • 白内障手術
  • 硝子体手術・シリコーンオイル除去術
  • 扁平部強膜切開術:口径が小さい場合でも一過性の低眼圧を来すことがある
  • ROP検査時の強膜圧迫:検査器具による眼球への圧迫と解放がODRを生じうる2)
  • 術前高眼圧:最も重要なリスク因子である。前房穿刺後ODRの報告では平均初期眼圧は44.8 mmHg(範囲26〜74 mmHg)であった1)
  • ぶどう膜炎の併存:内側網膜関門の破壊が網膜血管内皮の脆弱化に寄与する可能性がある1)
  • 血管自己調節能の未熟さ:未熟児では血管および自己調節機構が未発達であり、ROP検査時のODR発症に関与する2)
  • Valsalva maneuver:中心静脈圧の急上昇が毛細血管内圧の上昇に寄与しうる2)

ODRの診断は主に臨床所見に基づいて行われる。網膜中心静脈閉塞症(CRVO)との鑑別が臨床上最も重要である。

急激な眼圧下降を伴う手技の後に、後極部・赤道部に散在する多発性の網膜内出血とRoth spotsを認めた場合にODRを疑う。網膜血管の蛇行・拡張がないことがCRVOとの鑑別点となる。

ODRとCRVOの鑑別に最も有用な検査である。

ODR

遮蔽蛍光:出血部位に一致した低蛍光のみ。

動静脈通過時間:遅延なし。

血管漏出:なし。

Roth spots:70%で認められる1)

CRVO

遮蔽蛍光:出血部位に一致した低蛍光。

動静脈通過時間:遅延あり。

静脈所見:拡張・蛇行を認める。

Roth spots:稀である。

実際にODRがCRVOと誤診された症例も報告されている1)。眼圧下降を伴う手技の直後に網膜出血を認めた場合、ODRの可能性を常に念頭に置くことが重要である。

多層性の網膜出血の局在(網膜前・網膜内・網膜下)を確認するのに有用である1)

ODRの予後はきわめて良好であり、ほとんどの症例で特異的な治療を要さない。

前房穿刺後のODRに関するシステマティックレビューでは、10例全例で追加介入は不要であった1)。出血の平均消退期間は3.5ヶ月(中央値3ヶ月)であり、視力は術前レベルまで回復した1)。ROP検査時のODRでは中央値2週間で消退した2)

消失しない硝子体出血に対しては硝子体手術が必要となる場合がある。ただし、このような症例は少数である。

  • 術前眼圧が高い眼では、術終末期に低眼圧を防ぐよう注意を払う
  • 前房穿刺はより緩徐に行うことがリスク低減に有効と考えられている1)
  • ROP検査では強膜圧迫を最小限にし、ゆっくり離すことが推奨される2)
Q 治療は必要か?
A

ほとんどの症例で治療は不要である。出血は平均3.5ヶ月で自然消退し、視力は術前レベルまで回復する1)。消失しない硝子体出血がある場合にのみ硝子体手術が検討される。

6. 病態生理学・詳細な発症機序

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ODRの発症機序は完全には解明されていないが、いくつかの仮説が提唱されている。

最も有力な仮説である。眼灌流圧が正常範囲外に逸脱した際に、網膜血管の自己調節機構が破綻して出血が生じるとされる1)

  • 緑内障眼では一酸化窒素やエンドセリン-1のバランスが破綻しており、眼圧変動に対する網膜血管の自己調節能が制限されている1)
  • 動物モデルでは眼圧上昇が内皮機能障害を惹起し、自己調節不全を来すことが示されている1)

ROP検査時のODRについてもこの仮説で説明される2)

Mateiら(2021)は、強膜圧迫による眼圧上昇→代謝変化(低酸素・高炭酸ガス)→細動脈拡張→圧迫解放による眼圧急低下→拡張した細動脈を通じた高い血管内圧の毛細血管への伝達→毛細血管壁損傷→出血、というメカニズムを提唱した2)

眼圧の急低下により篩状板が前方にシフトし、中心網膜静脈を圧迫して網膜中心静脈閉塞症に類似した眼底所見を呈するとする仮説である1)

Roth spots(白斑を伴う網膜出血)は、眼圧急低下による構造的ストレスで網膜毛細血管が破裂することにより生じると推定されている1)

ぶどう膜炎は内側網膜関門を破壊し、網膜血管内皮の機能障害を引き起こす1)。このことが、ぶどう膜炎患者でODR発症が多い理由と考えられている。ただし、前房穿刺がぶどう膜炎の精査目的で行われることが多いという選択バイアスの関与も指摘されている1)

未熟児では網膜血管と自己調節能が未発達であり、ROP検査時の強膜圧迫・解放による眼圧変動に対して脆弱である2)


  1. Hsu ST, Lai YJ, Chan WC, Chiu FY. Ocular decompression retinopathy after anterior chamber paracentesis - Case series and systematic review. Taiwan J Ophthalmol. 2025;15:580-588.
  2. Matei VM, He YG. Retinal hemorrhages during examination for retinopathy of prematurity: a form of ocular decompression retinopathy. J Vitreoretinal Dis. 2021;5(1):72-76.

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