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網膜・硝子体

網膜剥離に対する最小侵襲手術

1. 網膜剥離に対する最小侵襲手術とは

Section titled “1. 網膜剥離に対する最小侵襲手術とは”

網膜剥離(retinal detachment; RD)は、神経網膜が網膜色素上皮(RPE)から分離した状態である。裂孔原性網膜剥離が最も多い病型であり、網膜裂孔から液化硝子体が網膜下に流入して発症する。

裂孔原性網膜剥離の発症率は人口1万人当たり年間1〜1.5人(0.01〜0.015%)である。年間発生率は10万人あたり約10〜18と報告されている1)。約10%が両眼に、約20%が家族内に発症する。

「網膜剥離に対する最小侵襲手術(minimal surgery for retinal detachment)」は、LincoffとKreissigにより体系化された治療法である。排液を行わず、裂孔の領域に限定した分節的強膜バックリングと冷凍凝固のみで網膜復位を目指す。眼内操作を伴わない純粋な眼外手術であり、硝子体手術気体網膜復位術とは異なるアプローチである。

1920年代にGonin(ゴナン)が網膜裂孔の封鎖による治療の基本原理を確立した。1949年にCustodis(クストディス)がポリビオール製エキソプラントを用いた最初の強膜バックリング手術を行い、約500例で83.3%の復位成功率を報告した。その後、Lincoff(リンコフ)がシリコン製エキソプラントと冷凍凝固を導入し、Kreissig(クライシグ)が非排液の最小侵襲手術をさらに洗練・普及させた。

Q 最小侵襲手術はどのような患者に適しているか?
A

裂孔原性網膜剥離の約90%に適用可能とされる。ただし、異なる緯度にある複数裂孔、後方裂孔、70度超の広範な円周状剥離、巨大裂孔、C2を超える増殖硝子体網膜症などは適応外である。詳細は「標準的な治療法」の項を参照。

裂孔原性網膜剥離の前駆症状として以下がある。

  • 飛蚊症後部硝子体剥離に伴い、飛蚊症の約6%に網膜裂孔が認められる。
  • 光視症:網膜が硝子体で牽引されることにより生じる。暗所で増強し、閉瞼時でも認められ、眼球運動で誘発される。裂孔の反対側に生じるため、発生部位が原因裂孔の位置推定に役立つ。
  • 視野欠損:剥離の対側に生じる。「カーテンが降りてきた」と表現されるほか、「真ん中の端がみえない」「瞼が下がってきた」と訴える場合もある。
  • 変視症視力低下:網膜剥離が黄斑部に及ぶと出現する。長期放置で最終的に光覚を失う。

後部硝子体剥離を伴わない若年性の萎縮円孔や鋸状縁断裂による網膜剥離では、前駆症状を欠くことが多い。

  • 前房所見:正常かわずかの細胞・フレア上昇を認める。
  • 眼圧:一般に低下する。脈絡膜剥離を伴うとより顕著になる。
  • Schwartz症候群:逆に眼圧上昇を伴う網膜剥離である。剥離網膜から脱落した視細胞外節が線維柱帯に詰まって生じる。
  • Shafer’s sign(tobacco dust様色素):前部硝子体に浮遊する網膜色素上皮細胞由来の色素であり、裂孔発症を示唆する重要な所見である。
  • 網膜の色調変化:ごく初期は一見正常だが、剥離の丈が増すと網膜は透明性を失い白っぽく見える。経過とともに肥厚し、ひだが生じる。

裂孔原性網膜剥離の発症には(1)網膜の「孔」的存在と(2)硝子体液化の2つが絶対条件である。

主なリスク因子は以下の通りである。

  • 近視:裂孔原性網膜剥離の原因の40〜80%を占める。軽度近視(1〜3D)で4倍、-3Dを超える近視で10倍のリスク上昇が報告されている1)格子状変性を伴いやすく、後部硝子体剥離が若年から高率に生じることが理由である。
  • 格子状変性:人口の6〜8%に存在する。裂孔原性網膜剥離患者の20〜30%に認められる1)。血管周囲型や放射状型はリスクが高い。
  • 白内障手術:裂孔原性網膜剥離症例の20〜40%に白内障手術歴がある1)。従来、術後の裂孔原性網膜剥離リスクは約1%とされていたが、近年の大規模研究では0.21%(約1/500)に低下している1)後嚢破損や硝子体脱出の合併はさらにリスクを高める。
  • 眼外傷:鈍的外傷が原因となる。裂孔原性網膜剥離症例の約10%に外傷歴がある1)
  • 反対眼の既往:片眼の裂孔原性網膜剥離歴がある場合、対側眼の発症リスクは約10%である。
  • 遺伝性疾患:Stickler症候群、家族性滲出性硝子体網膜症、Wagner病など。
  • その他YAGレーザー後嚢切開術、硝子体手術、縮瞳薬の使用、未熟児網膜症
Q 近視の人は全員網膜剥離になるのか?
A

近視は裂孔原性網膜剥離の最大のリスク因子であるが、近視眼のすべてが網膜剥離を発症するわけではない。裂孔原性網膜剥離自体の発生率は人口1万人当たり年間1〜1.5人ときわめて低い。定期的な眼底検査で格子状変性や裂孔を早期に発見することが重要である。

  • 双眼倒像鏡検査(強膜圧迫併用):網膜裂孔の検出に最も有用な検査法である。強膜を圧迫しながら立体的に観察し、裂孔と偽裂孔の鑑別、網膜下液の有無、剥離範囲を評価する。
  • 細隙灯顕微鏡検査:ゴールドマンレンズを用いて前部硝子体の色素(Shafer’s sign)や前房所見を確認する。
  • OCT:後部硝子体剥離の評価や網膜剥離の確定診断に有用である1)
  • 超音波Bモード検査:媒体混濁で眼底が透見できない場合に、裂孔・裂孔原性網膜剥離・腫瘤の検索に用いる1)硝子体出血や白内障で眼底観察が困難な症例で必須となる。
  • 広角眼底写真:一部の周辺部裂孔を検出できるが、検眼鏡検査の代替にはならない1)

Lincoffの4法則(主裂孔の位置推定)

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約1,000例の分析に基づき、剥離の形態から主裂孔の位置を推定する法則である。

  • 法則1:上耳側または上鼻側の剥離では、高い方の境界から1.5時計時間以内に主裂孔がある(98%)。
  • 法則2:12時を越えて両側に下降する上方剥離では、12時を頂点とする三角形内に主裂孔がある(93%)。
  • 法則3:下方剥離では、高い方の境界が下方裂孔のある側を示す(95%)。
  • 法則4:下方の水疱性剥離は上方裂孔に由来する。

進行性の裂孔原性網膜剥離の治療は観血的手術による網膜の解剖学的復位である。裂孔の完全閉塞が必須条件となる。年齢、後部硝子体剥離の有無、裂孔の位置と大きさなどで術式が選択される。初回手術で90%以上が復位し、複数回の手術で98%が復位する。ただし、復位後の視力は約半数が0.5以下であり、視野欠損や変視症などの後遺症が残ることも多い。

最小侵襲手術

非排液分節的バックリング:裂孔領域に限定した分節的バックルと冷凍凝固のみを行う。排液・環状締結を行わない。

適応:裂孔原性網膜剥離の約90%。同一緯度の複数裂孔やPVR C1〜C2も対応可能。

成績:初回復位91%、再手術後97.4%。PVR発生率0.9%。

硝子体手術

眼内アプローチ:広角観察下に硝子体切除、エンドレーザー、ガスまたはシリコーンオイルによるタンポナーデを行う。

適応:複雑な剥離、PVR進行例、後方裂孔。

成績:初回復位87.7%、再手術後96.7%。PVR発生率5.3%。

気体網膜復位術

ガス注入:硝子体腔内にガスを注入し、冷凍凝固またはレーザーで裂孔を封鎖。術後の体位保持が必要。

適応:後部硝子体剥離完成、単一の小型上方裂孔、異常な硝子体網膜癒着がない症例に限定される。

成績:初回復位75.5%、再手術後97.4%。PVR発生率6.5%。

各術式の成績比較を以下に示す。

術式初回復位率再手術率
最小侵襲手術91%9.1%
硝子体手術87.7%13.3%
ガス注入術75.5%25.2%
  1. 局所麻酔(球周囲または球後注射)を行う。
  2. 裂孔領域の結膜切開を行い、直筋に牽引糸をかける。
  3. 術中検査で裂孔を確認し、前後・側方の縁をマーキングする。
  4. 冷凍凝固プローブ(-40〜-60℃)で裂孔周囲に最小限の凝固を施す。
  5. マットレス縫合でシリコンスポンジを裂孔の位置に固定する。
  6. バックルが裂孔の前方・後方を十分に支持していることを確認する。

以下の場合は本術式の適応外となり、硝子体手術が選択される。

  • 異なる緯度にある複数の裂孔(2〜3%)
  • 後方の裂孔(約1%)
  • 70度を超える広範な円周状剥離
  • 巨大裂孔
  • C2を超える増殖硝子体網膜症
  • 透見不良
Q 手術後の視力はどの程度回復するか?
A

初回手術で90%以上の症例で網膜は復位する。しかし、復位後の視力は約半数が0.5以下にとどまる。黄斑剥離が生じた症例では特に視力回復が制限される。視野欠損や変視症が後遺症として残ることも少なくない。

6. 病態生理学・詳細な発症機序

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神経網膜と網膜色素上皮は、発生学的に神経外胚葉の内層と外層からそれぞれ分化するため、両者の結合は本来弱い。網膜剥離が生じると脈絡膜からの酸素・栄養供給が阻害され、発症早期から視細胞外節の変性と脱落が始まり、不可逆性変性に至る。

網膜裂孔の形成には2つの経路がある。

  • 弁状裂孔(馬蹄形裂孔):硝子体牽引により網膜が引き裂かれて生じる。急性後部硝子体剥離に伴い、格子状変性の辺縁に発症しやすい。有水晶体眼の裂孔原性網膜剥離の約30%を占める。液化硝子体が裂孔を通って網膜下に流入すると丈の高い胞状の剥離が急速に進行する。
  • 萎縮円孔:格子状変性内の網膜の萎縮性変化で生じる。蓋を伴わない。液化硝子体が流入して周囲に丈の低い限局性の剥離を形成する。若年者の網膜剥離の主因である。後部硝子体剥離が生じなければ剥離は拡大しにくい。

最小侵襲手術による裂孔閉鎖の機序

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非排液の分節的バックリングでは、以下の機序が相加的に作用して裂孔が閉鎖される。

  • 眼壁と網膜の中央移動による硝子体網膜牽引の減少
  • バックル位置からの網膜下液の移動
  • 術後のバックル高さの増加
  • 裂孔と隣接する硝子体ゲルの接近
  • 裂孔を通過する流体流への抵抗増加
  • 眼球の凹状形状の変化による眼内流の変化

  1. American Academy of Ophthalmology. Posterior Vitreous Detachment, Retinal Breaks, and Lattice Degeneration Preferred Practice Pattern. San Francisco, CA: American Academy of Ophthalmology; 2024.

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