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網膜・硝子体

弁状裂孔(馬蹄形裂孔)

1. 弁状裂孔(馬蹄形裂孔)とは

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弁状裂孔(flap tear)は馬蹄形裂孔(horseshoe tear)・U字型裂孔とも呼ばれる。4) 硝子体網膜牽引に続発する神経感覚網膜の全層欠損であり、裂けた網膜組織の弁が剥離した硝子体ゲルに付着したまま馬蹄形を呈する。4)

裂孔原性網膜剥離の発症には、(1)網膜の孔と(2)硝子体の液化という2つの条件が必要である。 裂孔原性網膜剥離の年間発生率は10万人あたり約10〜18人と報告されている。4) 白内障手術の既往は裂孔原性網膜剥離眼の20〜40%に認められ、眼外傷が原因となる例も約10%存在する。4) 急性後部硝子体剥離に伴う弁状裂孔による裂孔原性網膜剥離は50歳代にピークを迎える。

好発部位は耳側上方(約60%)が最多で、次いで耳側下方(15%)・鼻側上方(15%)・鼻側下方(10%)の順である。

Q 弁状裂孔と丸い「円孔」は何が違うのですか?
A

弁状裂孔は硝子体牽引が持続して生じる全層欠損であり、網膜の弁(フラップ)が硝子体に付着している。一方、牽引が解除されて蓋(弁)が剥離した「蓋状円孔(operculated hole)」や加齢性変化に由来する「萎縮性円孔」はRDリスクが低い。詳細は「診断と検査方法」の項を参照。

  • 飛蚊症:クモの巣・ベール・虫・リング・点などさまざまな形で表現される。後部硝子体剥離に伴うWeiss ringや硝子体出血が原因となる。
  • 光視症:網膜牽引による閃光として自覚される。暗所で増強し、裂孔の反対側に生じることが多い。
  • 視野欠損:裂孔原性網膜剥離が生じると欠損は網膜剥離の対側に出現する。「カーテンが降りてきた」と表現されることが多い。
  • 視力低下黄斑に及ぶ網膜剥離で生じる。黄斑剥離前の速やかな治療が予後に直結する。

後部硝子体剥離中に症状を経験した患者の約15%に網膜裂孔が発生するとされる。

Eaddyら(2025)は新処方のピロカルピン1.25%点眼(Vuity)使用後10分以内に眼痛・光輪・飛蚊症が出現した1例を報告した。1)診察では硝子体出血とbridging blood vesselを伴う馬蹄形裂孔が確認された。

Manoliら(2025)は重い物を持ち上げた後2週間で飛蚊症が出現した症例を報告した。2)SD-OCTでは黄斑馬蹄形裂孔(裂孔径1DD)と網膜下液(3.9×3.8mm)、囊胞様黄斑浮腫(CST 320μm)が確認された。

馬蹄形裂孔の形態

形状:U字型または三角形の全層欠損。2つの前方角が硝子体基底部を向き、頂点が後極側を向く。

湿潤縁:裂孔縁が持ち上がり白く見える。弁の頂点は後部硝子体膜に付着している。

弁の付着:フラップの頂点は剥離した硝子体に付いたまま。基部のみ網膜に残存する。

Shaffer's sign

定義:前部硝子体内に認められるRPE由来の色素細胞(tobacco dust)。

診断的価値:裂孔の約90%予測因子。細胞が1つでも存在すれば診断的と評価される。

意義:散瞳下での細隙灯前部硝子体検査で確認する。

後部硝子体剥離の徴候

Weiss ring視神経乳頭周囲の硝子体付着部が剥離した輪状の混濁。後部硝子体剥離発生の強い証拠。4)

硝子体出血:bridging blood vesselからの出血。1)軽度から濃厚に進行することがある。

格子状変性の辺縁には馬蹄形裂孔が発生しやすい。4)

Q 飛蚊症があったらすぐに受診すべきですか?
A

後部硝子体剥離中に症状を経験した患者の約15%に網膜裂孔が生じる。突然の飛蚊症増加・光視症・視野欠損は裂孔または裂孔原性網膜剥離の警告症状である。これらが出現した場合は速やかに眼科を受診し、散瞳下眼底検査を受けることが強く勧められる。

  • 後部硝子体剥離(PVD)に伴う牽引:最主要原因。4)硝子体基底部後極縁に強い牽引が加わり裂孔が形成される。
  • 縮瞳薬(ピロカルピン)毛様体筋収縮により鋸状縁脈絡膜が前方移動し、前部硝子体が撹乱されて牽引が増大する。1)
  • 眼窩美容フィラー注入強膜穿孔を介した大型裂孔形成の医原性原因として報告されている。3)

以下に主なリスク因子と定量的影響を示す。

リスク要因定量的影響
近視(−3D超)裂孔原性網膜剥離リスク10倍4)
格子状変性裂孔原性網膜剥離症例の30%に存在4)
白内障手術既往裂孔原性網膜剥離眼の20〜40%4)
  • 年齢:裂孔原性網膜剥離のピークは55〜59歳(10万人あたり53例)。4)
  • 格子状変性:眼の約5%に存在。辺縁での牽引が裂孔形成につながりやすい。4)
  • 対側眼の裂孔原性網膜剥離既往:再発リスクが上昇する。4)
  • Nd:YAGレーザー後嚢切開術:施行後の裂孔原性網膜剥離のリスクが上昇する。4)
  • 縮瞳薬(ピロカルピン)使用:牽引増大を介したリスク。4)
  • Stickler症候群:最も一般的な遺伝性硝子体網膜疾患。4)
  • 近視:非外傷性裂孔原性網膜剥離の半数以上が近視眼。低近視(1〜3D)でも4倍のリスク。4)
Q 近視の人は馬蹄形裂孔になりやすいのですか?
A

近視(−3D超)は裂孔原性網膜剥離のリスクを約10倍に高め、低近視(1〜3D)でも4倍のリスクがある。4)近視眼では眼軸長延長に伴い格子状変性を伴いやすく、さらにリスクが上昇する。定期的な散瞳下眼底検査によるスクリーニングが重要である。

  • 散瞳下360度眼底検査:倒像鏡と強膜圧迫を組み合わせた全網膜の精査が基本である。複数の裂孔が75%の確率で90度以内に存在するため、1つ見つけても全網膜を必ず探索する。
  • Shaffer’s sign確認:細隙灯前部硝子体の観察でRPE由来色素細胞(tobacco dust)を確認する。存在するだけで裂孔を強く示唆する。
  • Weiss ring確認:硝子体内の輪状混濁は後部硝子体剥離の強い証拠である。4)
  • OCT(光干渉断層計):後部硝子体剥離の評価と黄斑病変の評価に有用。1) 2)SD-OCTでは裂孔径・網膜下液の範囲・囊胞様黄斑浮腫(CME)を定量評価できる。
  • B-scan超音波検査:硝子体出血などで眼底透見不良の場合に実施する。1)

裂孔の種類により裂孔原性網膜剥離のリスクが大きく異なる。

裂孔の種類牽引の有無裂孔原性網膜剥離リスク
弁状裂孔(馬蹄形裂孔)あり(持続)高い
蓋状円孔解除済み低い
萎縮性円孔なし低い

萎縮性円孔は格子状変性の中央部に生じ、牽引を伴わない。蓋状円孔は牽引が完全に解除されRDリスクは低い。4)

Q 馬蹄形裂孔はどのような検査で見つかりますか?
A

散瞳下360度眼底検査が基本である。Shaffer’s sign(前部硝子体の色素細胞)の確認も重要な手がかりとなる。硝子体出血を伴う場合はB-scan超音波が有用で、OCTで裂孔の詳細な評価も行う。1) 2)1つ見つかったら全網膜を精査し、複数裂孔を見逃さないことが重要である。

弁状裂孔の治療方針は有症状か無症状かによって異なる。

病変タイプ推奨治療
有症状馬蹄形裂孔速やかに治療4)
無症状馬蹄形裂孔慢性徴候なければ治療考慮4)
無症状格子状変性後部硝子体剥離で裂孔発生時のみ4)

有症状の馬蹄形裂孔を未治療のまま放置すると33〜55%が裂孔原性網膜剥離に進行するとされる。持続的牽引を伴う裂孔の少なくとも半数が裂孔原性網膜剥離へ進行する。4) 一方、無症状の馬蹄形裂孔の進行率は約5%と有症状例より低い。4)

脈絡網膜癒着を形成する治療(外来治療)

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速やかな脈絡網膜癒着形成により裂孔原性網膜剥離のリスクを5%未満に低減できる。4)

レーザー光凝固術

方法:裂孔を3列以上の同心円状レーザーで囲む。裂孔前方を鋸状縁まで延長できない場合は鋸状縁まで延ばす。4)

癒着形成:最大癒着は照射7〜10日後。3週間で強固な癒着となる。

注意点:治療失敗の最多原因は裂孔前方境界の不十分な凝固である。4)

冷凍凝固術

方法:経結膜的に強膜外から凍結を加え脈絡網膜癒着を形成する。

適応:白内障・硝子体出血などの中間透光体混濁があってもレーザーなしで施行可能。

特徴:硝子体炎症惹起リスクがレーザーより高い場合がある。

硝子体切除術

適応:臨床的裂孔原性網膜剥離に対して施行する。初回復位率90%以上。

術式例:25G硝子体手術+弁切除+ガスタンポナーデ。SF6は長時間タンポナーデ不要な場合に有利。2)

追加術式強膜バックリング術を併用する場合もある。

Eaddyら(2025)はピロカルピン点眼後に生じた馬蹄形裂孔に対して硝子体手術+endolaserを施行し、術後視力20/15-1を達成したと報告した。1)

Manoliら(2025)は黄斑部馬蹄形裂孔に対して25G硝子体手術・弁切除・20% SF6タンポナーデを施行し、6ヶ月後に視力6/15が安定したと報告した。2)SF6はC2F6・C3F8に比べ短時間で吸収されるため、早期視力回復に有利とされる。

初回復位率は90%以上、複数回施行で98%に達する。特に若年者や増殖硝子体網膜症の予防が必要な場合に選択される。

Q レーザー治療で網膜剥離は完全に防げますか?
A

速やかな治療で裂孔原性網膜剥離のリスクを5%未満に低減できるが、完全には防げない。4)治療失敗の最多原因は裂孔前方境界の不十分な凝固であり、確実な照射が重要である。治療後も定期的な散瞳下眼底検査による経過観察が必要である。

6. 病態生理学・詳細な発症機序

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硝子体の加齢変化と後部硝子体剥離

Section titled “硝子体の加齢変化と後部硝子体剥離”

加齢に伴い硝子体コラーゲン線維が凝集し液化腔が形成される。やがて硝子体皮質が網膜内面から剥離する後部硝子体剥離が生じる。4) 硝子体基底部は前極縁が鋸状縁の水晶体側、後極縁が鋸状縁から2〜3mm後方に位置し、この領域への付着が特に強固である。

後部硝子体剥離時、硝子体基底部後極縁に付着した硝子体が強く牽引される。この牽引により神経感覚網膜が引き裂かれ、馬蹄形裂孔が形成される。4) フラップの頂点は後部硝子体膜に付着したまま前方に翻転し、基部のみが網膜に残存する。4) 牽引が持続すると弁基部が引きちぎられ蓋状円孔(operculated hole)へ変化する。牽引が解除されるためRRDリスクは低下する。4)

液化した硝子体が裂孔から網膜下腔へ流入することで裂孔原性網膜剥離が発症する。

格子状変性辺縁では硝子体網膜付着が強固であり、後部硝子体剥離時に優先的に牽引が加わる。そのため格子状変性辺縁での弁状裂孔が形成されやすい。4)

毛様体筋の収縮により鋸状縁・脈絡膜が前方移動し、前部硝子体が撹乱される。この機械的撹乱が牽引を増大させ裂孔形成につながる。1)

網膜静脈分枝閉塞症後の慢性囊胞様黄斑浮腫(CME)や虚血が黄斑部裂孔の素因になりうる。2)組織が菲薄化した黄斑部ではわずかな牽引でも全層欠損が生じやすい。


7. 最新の研究と今後の展望(研究段階の報告)

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ピロカルピン1.25%配合点眼薬(Vuity)と網膜リスク

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ピロカルピン1.25%(Vuity)は2021年にFDAが承認した老視治療薬(GEMINI 1/2試験)である。しかし承認後に6眼での網膜裂孔・網膜剥離が報告された。1)

Eaddyら(2025)は老視・正視の患者がVuity使用後10分以内に馬蹄形裂孔を発症した症例を報告し、処方前の散瞳眼底スクリーニングと患者教育の重要性を強調した。1)

黄斑馬蹄形裂孔への外科的アプローチ

Section titled “黄斑馬蹄形裂孔への外科的アプローチ”

黄斑に生じる馬蹄形裂孔は稀な病態であるが、硝子体手術・弁切除・短時間ガスタンポナーデの組み合わせで良好な結果が得られることが示されつつある。内境界膜(ILM)剥離は不要とする報告もある。2)

Manoliら(2025)は網膜静脈分枝閉塞症後の慢性嚢胞様黄斑浮腫を背景とした黄斑馬蹄形裂孔に対して25G硝子体手術・弁切除・20% SF6タンポナーデを施行し、6ヶ月後に裂孔閉鎖・視力安定を達成したと報告した。2)SF6はC2F6・C3F8と比較して有意差のない復位率を示しつつ短時間吸収されるため、早期視力回復に有利である。

美容フィラーによる医原性網膜裂孔

Section titled “美容フィラーによる医原性網膜裂孔”

眼窩周囲への美容フィラー(ヒアルロン酸など)注入による強膜穿孔が大型裂孔・網膜剥離の原因となりうることが報告されている。3)

Sasongkoら(2022)は眼窩周囲フィラー注入後に大型星状網膜裂孔を発症した症例を報告した。3)

予防的網膜光凝固の有効性を評価したランダム化比較試験(RCT)は存在せず、Cochrane系統的レビュー(2014)でも現時点ではRCTのエビデンスがないと結論づけられている。4)予防治療の適応は現在も専門家の臨床判断に依存している。


  1. Eaddy IC, Moushmoush O, Sabbagh O, Barazi MD, Sabbagh O. Horseshoe retinal tear minutes after use of a new pilocarpine formulation in a presbyopic, emmetropic man. J VitreoRetinal Dis. 2025;9(1):105-108.
  2. Manoli K, Ching J. A macular horseshoe tear following posterior vitreous detachment and longstanding branch retinal vein occlusion. GMS Ophthalmol Cases. 2025;15:Doc16.
  3. Sasongko MB, Wan R, Ho IV. Large, star-shaped retinal tear associated with orbital cosmetic filler. Am J Ophthalmol Case Rep. 2022;25:101342.
  4. American Academy of Ophthalmology Retina/Vitreous Panel. Posterior Vitreous Detachment, Retinal Breaks, and Lattice Degeneration Preferred Practice Pattern. San Francisco, CA: American Academy of Ophthalmology; 2024.

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