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網膜・硝子体

出血性閉塞性網膜血管炎(HORV)

1. 出血性閉塞性網膜血管炎(HORV)とは

Section titled “1. 出血性閉塞性網膜血管炎(HORV)とは”

出血性閉塞性網膜血管炎(Hemorrhagic Occlusive Retinal Vasculitis; HORV)は、白内障手術時の眼内バンコマイシン投与後に生じる特異な網膜血管炎である。2015年にWitkinらによって正式に報告・命名された。

網膜血管炎は視機能を脅かす炎症性疾患であり、血管周囲の炎症が血管閉塞をもたらす。1) HORVはその中でも、眼内バンコマイシンという明確な誘因を持つ病型として区別される。

HORVの主な疫学的特徴は以下の通りである。

  • 発症時期:術後1日〜21日、平均8日で発症。術後1日目は眼底異常なし
  • 症例規模:Witkinらによる23名36眼の大規模症例シリーズが報告されている3)
  • 両眼手術時のリスク:両眼に順次バンコマイシンを使用した場合、2番目の眼で重症化する傾向がある
  • バンコマイシン投与経路前房内ボーラス(33/36眼)が最多。硝子体注入(1/36)、灌流液添加(2/36)でも報告されている3)
Q 白内障手術を受けた後にHORVを発症する可能性はどのくらいありますか?
A

HORVは極めて稀な合併症であり、眼内バンコマイシンを使用した症例に限って報告されている。バンコマイシンを使用しなければ発症しない。現在、バンコマイシンの眼内炎予防目的での日常的使用は「strongly discouraged(強く推奨しない)」とされている。2)

  • 無痛性の視力低下:突然かつ遅発性に生じる。程度は症例によって異なる
  • 軽症例では無症状:末梢部のみの病変では視力低下を自覚しないこともある
  • 重症例では高度の視力喪失:11眼中4眼が光覚なし(NLP)、残りは20/100未満と報告されている3)

HORVは術後1日目の無散瞳検査では異常を認めないことが多く、数日後に出現する眼底変化が特徴的である。

眼底所見

扇状の網膜内出血:小静脈沿いの無灌流領域に一致して出現する。全例で周辺部網膜が侵される。

静脈鞘形成:末梢小静脈周囲への炎症細胞集積を反映する所見。

前房・硝子体炎症:軽度〜中等度。前房蓄膿はなく、角膜浮腫もほとんどない。

静脈の変化なし:静脈の拡張・蛇行は認めない。CRVOとの重要な鑑別点。

画像検査所見

FA(蛍光眼底造影):出血部位に一致する扇状の血管炎・血管閉塞所見。血管漏出による著明な後期過蛍光。1)

OCT:網膜内層の高反射・肥厚。進行例では黄斑虚血に続発した内網膜菲薄化を両眼に認める。稀にCME(嚢胞様黄斑浮腫)。1)

重症例では黄斑虚血が加わり、不可逆的な視力障害に至る。1) 患者の56%が新生血管緑内障へ急速に進行する。3)

Q 白内障手術後にどのような症状が出たらHORVを疑うべきですか?
A

術後数日〜2週間で突然の無痛性視力低下が生じた場合にHORVを疑う。術後1日目の眼底が正常であったこと、痛みや前房蓄膿がないこと(眼内炎との違い)が重要な手がかりとなる。詳細は「診断と検査方法」の項も参照。

HORVの主因は白内障手術中の眼内バンコマイシン投与である。投与経路は前房内ボーラスが大多数を占める。3)

網膜血管炎を来す疾患は幅広く、感染症・腫瘍・全身性炎症性疾患に続発するものや、稀に特発性のものがある。1) HORVはこれらとは異なり、薬剤介在性に発症する特異な病型である。

バンコマイシン以外の誘因として、ブロルシズマブ(抗VEGF薬)硝子体注射後にも閉塞性網膜血管炎の発症が報告されている。1)

  • 眼内バンコマイシン使用歴:発症の必須条件。使用しなければHORVは発症しない
  • ペニシリンアレルギー既往:症例の5/23名に認められた3)
  • 対側眼でのHORV既往:両眼手術時に2眼目でより重症化する傾向がある

代替抗菌薬の比較を以下に示す。眼内炎予防効果とHORVリスクを踏まえた選択が重要である。3)

抗菌薬眼内炎予防ORHORVリスク
バンコマイシン0.09あり(非推奨)
セフロキシム0.29–0.30なし
モキシフロキサシン0.26–0.29なし
Q すべての白内障手術でHORVのリスクがありますか?
A

眼内バンコマイシンを使用した症例に限って報告されている。使用しなければ発症しない。ペニシリンアレルギーの既往がある場合や、同一患者の対側眼でHORVが発症した場合は特にリスクが高い。

ASRS/ASCRSタスクフォースにより定められた診断基準に基づく。以下の条件を満たす場合にHORVと診断する。

  1. 白内障手術または前房処置後の発症
  2. 術後1日目の眼底に異常なし
  3. 術後1〜21日での遅発性発症
  4. 小静脈沿いの分節性網膜出血・無灌流
  5. 眼内バンコマイシン(またはブロルシズマブ)使用歴
  6. 前房蓄膿・膿性硝子体混濁なし(眼内炎との鑑別)
  7. 蛍光眼底造影(FA)での血管炎・血管閉塞の確認
  • 眼底検査(散瞳下):末梢部を含む全周を必ず確認する
  • 蛍光眼底造影(FA):血管炎の範囲・血管閉塞部位・漏出の評価に必須1)
  • OCT:黄斑虚血の有無・網膜内層障害の評価1)
  • 感染症スクリーニング:梅毒・ライム病・ANA・RFなどを除外する1)

鑑別が重要な疾患を以下に示す。1)

疾患HORVとの違い
眼内炎前房蓄膿あり、激しい疼痛
ウイルス性網膜炎壊死性変化、ウイルス陽性
CRVO静脈拡張・蛇行あり
眼内リンパ腫硝子体混濁優位、全身精査必要
Q HORVは眼内炎とどのように区別しますか?
A

HORVでは痛みなし・後部ぶどう膜炎軽度・前房蓄膿なし、術後1日目の眼底が正常であることが特徴。眼内炎では痛み・前房蓄膿・著明な硝子体混濁を認める。HORVを眼内炎と誤認してバンコマイシンを追加投与すると著しく悪化する。

HORVに対する治療は、炎症の抑制・新生血管の管理・黄斑浮腫の治療を柱とする。

ステロイド療法

全身ステロイド:経口プレドニゾンを第一選択として使用する。炎症の早期鎮静化を図る。

局所ステロイドテノン嚢トリアムシノロン40mg注射を行い、その後経口ステロイドに移行する方法も報告されている。1)

抗VEGF・PRP

抗VEGF薬硝子体注入:新生血管・黄斑浮腫の管理に早期から行う。

汎網膜光凝固術(PRP):新生血管緑内障の予防・治療に必須。無灌流領域が広い場合は早期に施行する。

Wang P ら(2021)は76歳男性例(視力2/200、硝子体出血、NVD)に対してテノン嚢下トリアムシノロン40mg注射→経口プレドニゾンを行い、3ヶ月後に視力20/300へ改善、乳頭新生血管の退縮と硝子体出血の消退が得られたことを報告した。1)

  • ステロイド療法の注意点:早期介入が重要だが、完全な視力回復は稀である。黄斑虚血が不可逆的な場合は視力改善が見込みにくい1)
  • 新生血管緑内障の予防:56%の患者が新生血管緑内障へ進行する。PRP・抗VEGF薬を組み合わせる3)
  • バンコマイシン追加投与の禁忌:HORVが疑われる際は追加投与を絶対に行わない
Q HORVと診断された場合、視力は回復しますか?
A

視力予後は一般に不良。黄斑虚血が不可逆的な場合は完全回復は稀である。患者の56%が新生血管緑内障へ進行する。3) 早期からのステロイド・抗VEGF薬・PRPの組み合わせにより一部の改善が期待されるが、機能的な視力回復が得られるかは病変の範囲・重症度に左右される。

6. 病態生理学・詳細な発症機序

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HORVの発症機序はいまだ完全に解明されていないが、**IV型過敏反応(遅延型過敏反応)**が主な機序として推定されている。

  • T細胞介在性炎症:IV型過敏反応によりT細胞が活性化され、血管内血栓症へと進展する
  • 炎症介在性内皮傷害:活性化した炎症細胞が血管内皮を傷害し、血栓性血管変化を来す。これが動脈閉塞の病理学的基盤となる1)
  • ペニシリンアレルギーとの関連:症例の5/23名にペニシリンアレルギー既往があり、バンコマイシンとの交差反応性が示唆される3)

剖出眼の組織検査では以下が報告されている。

  • 慢性非肉芽腫性脈絡膜炎(T細胞主体)
  • 糸球体様内皮細胞増殖
  • 白血球破砕性血管炎の欠如

免疫チェックポイント阻害薬(ICI)関連血管炎との共通点

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ICI関連閉塞性網膜血管炎では、血液網膜関門の破綻とCD4+ T細胞介在性リンパ形質細胞浸潤、血管内皮接着分子のアップレギュレーションが病理学的特徴として確認されている。4) HORVにおけるT細胞主体の炎症プロセスと共通する側面があり、血管炎の普遍的機序の理解につながる可能性がある。

視力障害の最終的な原因は、炎症・血栓形成による黄斑虚血であり、不可逆的な網膜内層障害をもたらす。1)


7. 最新の研究と今後の展望(研究段階の報告)

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ASRS/ASCRSによる共同HORVレジストリ

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米国網膜学会(ASRS)と米国白内障屈折矯正手術学会(ASCRS)が協力して設置したHORVレジストリにより、症例の蓄積と疫学的解析が進んでいる。2) このデータベースを通じてHORVの発生率・危険因子・予後の全体像が明らかになりつつある。

眼内炎予防効果を維持しながらHORVリスクを回避する代替薬の検討が進んでいる。セフロキシムおよびモキシフロキサシンのオッズ比(0.26〜0.30)はバンコマイシン(0.09)より高いものの、HORVを引き起こさない安全なプロファイルとして再評価されている。3)

ブロルシズマブ後の閉塞性網膜血管炎

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抗VEGF薬ブロルシズマブの硝子体注射後にも閉塞性網膜血管炎が報告されており、バンコマイシン以外の薬剤によっても類似の病態が誘発される可能性が示唆されている。1) 機序・予防策の解明が課題となっている。

ICI関連網膜血管炎との共通機序の解明

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免疫チェックポイント阻害薬による網膜免疫有害事象の研究では、CD4+ T細胞主体の血管炎機序が詳細に記述されている。4) HORVとの比較研究により、薬剤誘発性網膜血管炎の統一的な病態理解と新規治療標的の探索が期待される。


  1. Wang P, Chin EK, Almeida DRP. Idiopathic retinal arterial occlusive vasculitis in the setting of multiple arterial occlusions. Am J Ophthalmol Case Rep. 2021;22:101086.
  2. American Academy of Ophthalmology Preferred Practice Pattern Cataract and Anterior Segment Committee. Cataract in the Adult Eye Preferred Practice Pattern. Ophthalmology. 2022;129(1):S1-S126.
  3. European Society of Cataract and Refractive Surgeons (ESCRS). ESCRS Clinical Guidelines for Prevention and Treatment of Endophthalmitis following Cataract Surgery. 2023.
  4. Yu CQ, Bhatt HK, Engstrom RE, et al. Retinal adverse immune events from immune checkpoint inhibitors: a framework for clinical approach. Am J Ophthalmol. 2025;272:1-18.

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