コンテンツにスキップ
網膜・硝子体

折りたたみ式カプセル型人工硝子体(FCVB)

折りたたみ式カプセル型人工硝子体(Foldable Capsular Vitreous Body; FCVB)は、2008年に中国・中山大学中山眼科センターで開発された硝子体置換デバイスである1)

FCVBは以下の3要素から構成される1)

  • カプセル本体:厚さ30μmの修飾液状シリコーンゴム製の薄膜カプセル。硝子体の形状を模し、眼軸長に合わせてカスタマイズ可能。
  • ドレナージチューブ:カプセルに接続し、内容物の注入・調節を可能にする。
  • バルブ眼圧の調節機構として機能する。

カプセルには直径300nmの孔が設けられており、薬物徐放システム(DDS)の基盤としても機能する1)。デバイスは折り畳んだ状態で眼内に挿入し、BSS(平衡塩溶液)またはシリコーンオイルを注入して膨張させる。現在、中国およびヨーロッパ数カ国で臨床探索が進められている1)

主な使用対象は、視力回復の見込みがない重度単眼性眼疾患であり、眼球温存が主たる目的である1)

Q FCVBは日本で受けられますか?
A

現時点では中国・ヨーロッパの一部で臨床探索段階にあり、日本では承認されていない1)。日本での受療は現時点では不可能である。

FCVBの適応は、既存の硝子体置換物では対処困難な重度症例に限定される1)

  • 矯正視力(BCVA):0.05以下
  • 眼軸長:16〜28mm
  • 重度単眼性網膜剥離:既存の硝子体置換物では治療不能なもの
  • 修復不能な後部強膜裂傷
  • SO除去不能・網膜復位不完全:長期SOタンポナーデ後
  • 光覚のない患者:第一選択として考慮

その他、穿孔・貫通外傷、SO依存眼、重度増殖硝子体網膜症(PVR)、高度近視眼なども対象となりうる。

従来のシリコーンオイルタンポナーデの課題

Section titled “従来のシリコーンオイルタンポナーデの課題”

シリコーンオイル(SO)は長年、難治性網膜剥離に対する硝子体置換物として使用されてきた。しかしSOには以下の重大な合併症がある1)

  • 角膜変性・内皮障害:乳化したSO液滴が角膜内皮に接触して障害を引き起こす
  • SO乳化:最も重要な制限因子。乳化機序には角膜内皮への乳化油滴接触・線維柱帯炎症・隅角浸潤が関与する
  • 白内障:SO長期留置に伴う水晶体混濁
  • 高眼圧・続発緑内障:線維柱帯への浸潤・炎症による眼圧上昇
  • 脈絡膜厚の減少・網膜毒性:長期留置による組織障害と視力低下
  • 体位制限の必要性:SOの比重は水より軽く、上方への浮力により下方病変の支持に不利
  • 屈折変化:SO充填眼では屈折率1.40により+9.30D程度の遠視化が生じる1)
  • SO依存→反復網膜剥離→眼球萎縮・摘出:重症例では最終的に眼球喪失に至る1)

FCVBはSOと比較して以下の優位性を持つ。

全方向支持

360度弧状圧力:カプセルの固体強度により、あらゆる方向からの弧状圧力で網膜を支持する。

SOとの違い:SOは表面張力による上方支持のみ。FCVBは上下左右を問わず全方向の網膜剥離に対応できる1)

乳化防止

カプセル膜バリア:SOをカプセル内に封じ込め、乳化・前房侵入・組織移行を物理的に防止する1)

長期安定性:SO充填FCVBはBSS充填より加水分解安定性が高く、長期留置に有利とされる1)

術後管理

体位制限不要:360度支持のため、術後の特定体位を維持する必要がない1)

眼圧調節:バルブ機構により内容物の注入・排出で眼圧を調整できる。

なお、BSS充填FCVBの屈折変化は-0.338D程度であり、SO充填時の+8.71D程度(模型眼計測)と比較して屈折への影響が小さい。

Q 術後に体位制限は不要ですか?
A

FCVBは360度の弧状圧力で網膜を全方向から支持するため、SOのように特定の体位を維持する必要はない1)。ただし術後の安静については術者の指示に従う必要がある。

FCVBの主要な構造パラメータを以下に示す。

構造要素仕様
カプセル厚さ30μm
素材修飾液状シリコーンゴム
孔径300nm
眼軸長対応16〜28mm(カスタム)

手術は以下の手順で行われる1)

  1. 術前準備:患者の眼軸長を計測し、適合するサイズのFCVBを準備する
  2. 硝子体切除:3ポート経平坦部硝子体切除術(PPV)で硝子体を完全除去し、基礎疾患(網膜剥離・PVRなど)を治療する
  3. 強膜切開角膜輪部から4mmの4時・8時方向に約4mmの強膜切開を作製する
  4. 気密性テスト:挿入前にカプセルの気密性を確認する
  5. デバイス挿入:折り畳みプッシュインジェクターを用いてFCVBを挿入し、凹レンズ面を水晶体側に向ける
  6. 内容物注入:バルブからSO(または生理食塩水)を注入し、眼圧を最適化する
  7. 閉創:強膜切開を縫合し、チューブを結紮・固定する
  8. 結膜被覆:FCVBのチューブ部分を結膜で覆う

FCVBの除去は2mmの強膜切開で可能であり、必要時には比較的低侵襲で摘出できる1)

これまでの臨床研究の概要を以下に示す。

研究(年)対象主な結果
Lin 2011重度RD 11例3ヶ月追跡:柔軟・有効・安全と評価1)
Lin 2012SO充填FCVB1年追跡:良好。SO充填はBSS充填より不活性1)
Lin 2016SO充填FCVB3年追跡:有効。SO乳化・移行なし1)
Zhang 201920例 1年追跡全眼良好支持。6/20眼で網膜復位。BCVA改善なし1)

Zhang ら(2019)の20例1年追跡研究では、全例でFCVBによる良好な眼球支持が得られた。6/20眼(30%)で網膜の解剖学的復位を確認した。平均眼圧は術前12.90±7.06mmHgから術後15.15±3.36mmHgへと安定して推移した。合併症として角膜症1眼・眼内炎症1眼を認めたが、SO乳化は1例も認めなかった。BCVAの改善は得られなかった1)

症例1(31歳男性、ホッケーパック外傷):FCVB移植後、BCVA光覚弁を維持し、眼圧は10〜15mmHgで安定した。術後9ヶ月の時点で角膜混濁・前房滲出膜が出現したが、眼球温存に成功した1)

症例2(34歳男性、鉄板外傷10年前):BCVAは術前術後ともに光覚なしで不変だったが、眼圧は改善し12mmHgに安定した。術後1ヶ月で眼内出血が減少し、FCVBは透明に保たれた。眼球温存に成功した1)

FCVBに関連する合併症として以下が報告されている1)

  • 結膜充血・浮腫:術後早期の炎症反応
  • 流涙・異物感・疼痛:デバイス存在に伴う刺激症状
  • 複視:眼球運動への影響
  • 角膜混濁・変性・内皮障害:長期経過での角膜合併症
  • 眼内炎症:術後炎症反応
  • 前房浅形成・前房出血:術後早期合併症
  • カプセル破損・チューブ露出:デバイス関連合併症
  • 低眼圧黄斑症・脈絡膜剥離のリスク
  • 高眼圧:多くは一過性
Q FCVBで視力は回復しますか?
A

FCVBの主目的は眼球温存であり、視力回復ではない。Zhang ら(2019)の20例追跡研究を含む既存報告では、BCVA改善は認められていない1)。視力回復の可能性については術前に担当医に確認することが重要である。

シリコーンオイル

支持原理:表面張力により網膜と接触して支持する。

方向依存性:SOは水より軽いため上方に浮力が働く。上方のみ有効な支持が得られ、下方病変には体位制限が必要となる1)

乳化リスク:機械的力・眼球運動により経時的に乳化が生じ、前房浸潤・線維柱帯閉塞・緑内障を引き起こす1)

FCVB

支持原理:カプセルの固体強度による360度均等な弧状圧力で網膜を支持する。

方向非依存性:あらゆる方向のRDに対応し、術後体位制限が不要である1)

乳化防止:カプセル膜がSOを封じ込め、乳化・前房侵入・組織移行を防ぐ細胞バリアとして機能する1)

BSS充填FCVBの屈折変化は-0.338D程度と軽微であり、SO充填時の+9.30D程度の遠視化と大きく異なる。この屈折中立性はFCVBの重要な利点の一つである。

SO充填FCVBはBSS充填と比較して加水分解安定性が高く、カプセル膜の長期的な劣化を抑制できるとされる1)。眼球ろう(反復手術・慢性炎症による毛様体機能低下→眼球萎縮)への対応という観点からも、長期安定性は重要な要素となる。

7. 最新の研究と今後の展望(研究段階の報告)

Section titled “7. 最新の研究と今後の展望(研究段階の報告)”

薬物送達システム(DDS)への応用

Section titled “薬物送達システム(DDS)への応用”

FCVBのカプセルに設けられた直径300nmの孔を利用した薬物徐放システムの研究が活発に行われている1)

主な研究成果を以下に示す。

薬物報告者(年)対象
デキサメタゾンリン酸NaLiu(2010)炎症抑制
レボフロキサシンJiang(2012)・Wang(2013)眼内感染・重症眼内炎モデル
siRNA-PKCαChen(2011)網膜色素上皮細胞PKCαダウンレギュレーション
5-フルオロウラシルZheng(2012)PVR抑制

これらの研究は動物実験・細胞実験レベルの報告であり、ヒトへの臨床応用は確立されていない1)。FCVBを薬物の徐放リザーバーとして活用することで、硝子体置換と術後薬物治療を同時に行う新たな治療概念の実現が期待される。

ハイドロゲル併用による性能改善

Section titled “ハイドロゲル併用による性能改善”

FCVBとハイドロゲル素材を組み合わせた研究も進んでいる1)

  • PEG sols + FCVB(Chen 2013):FCVBとの複合化によりタンポナーデ保持時間の延長を確認
  • PVAハイドロゲル + FCVB(Feng 2013):タンポナーデの持続延長を確認

現時点では単施設・少数例・後方視的研究が中心であり、FCVBの有効性・安全性を確立するには大規模な前向き多施設比較研究が必要である1)。日本を含む各国での規制当局による承認審査も今後の重要な課題となる。

Q FCVBを薬物送達にも使えますか?
A

FCVBのカプセルに設けられた300nmの孔を利用した薬物徐放の動物実験が報告されている1)。デキサメタゾンやレボフロキサシン、siRNA、5-フルオロウラシルなどの徐放実験が行われているが、いずれも動物・細胞実験段階であり、ヒトでの臨床応用は確立されていない。


  1. Zeng B, Wang Q, Sui G, et al. Foldable capsular vitreous body implantation for treatment of traumatic retinal detachment: two case reports. J Int Med Res. 2021;49(2):1-11.

記事の全文をコピーして、お好みのAIに貼り付けて質問できます