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網膜・硝子体

硝子体手術における麻酔

1. 硝子体手術における麻酔とは

Section titled “1. 硝子体手術における麻酔とは”

硝子体手術(硝子体網膜手術)における麻酔は、術式・患者背景・術者の経験に応じて選択される。現在、硝子体手術の大部分は監視下麻酔管理(monitored anesthesia care; MAC)と局所麻酔の組み合わせで実施可能である1)3)

歴史的には全身麻酔が主流であったが、局所麻酔技術の向上と小切開硝子体手術(25〜27G)の普及により、現在は局所麻酔+MACが標準的な選択肢となっている。不安が強い患者・閉所恐怖症・精神疾患・認知症・小児など、局所麻酔での協力が困難な症例には全身麻酔を選択する1)3)

局所麻酔法には、結膜下麻酔・球後(筋円錐内)ブロック・球周囲(筋円錐外)ブロック・テノン嚢下麻酔・点眼麻酔・前房内麻酔がある。各手技の特性を理解して適切に選択することが、安全で快適な手術環境の実現につながる。

Q 硝子体手術は全身麻酔で行われるのか?
A

大部分の症例はMAC(監視下麻酔管理)+局所麻酔で安全に実施できる1)3)。全身麻酔は、乳幼児・精神疾患・認知症・不随意運動・閉所恐怖症・長時間手術・強膜バックル手術など、局所麻酔での協力が困難な特定の状況で選択される。

硝子体手術で用いられる主な局所麻酔法を比較する。

テノン嚢下麻酔

手技:下鼻側結膜を切開し、テノン嚢下に27G鈍針で麻酔薬を注入する。1990年に報告された比較的新しい方法。

鎮痛効果:球後麻酔と同等の知覚・疼痛制御効果。

特徴:眼球穿孔などの重篤合併症が少なく手技が容易。日本では硝子体手術の主流。

投与量:硝子体手術では3〜4mL注入。

球後麻酔

手技:筋円錐内に麻酔薬4〜6mLを注入。動眼・滑車・外転・視・三叉・毛様体神経節を麻酔する。

鎮痛効果:眼球運動制御はテノン嚢下麻酔を上回る。

合併症球後出血(0.1〜3%)、眼球穿孔(高度近視眼で頻度増)、視神経損傷。

注意:球後出血疑い時はcantholysisを実施する。

球周囲麻酔

手技:筋円錐外に5〜10mLを投与。球後ブロックより緩徐だが同様の効果が得られる。

有効性:疼痛スコア・無動化において球後麻酔と有意差なし2)4)

特徴:結膜浮腫は球周囲で多く、眼瞼血腫は球後で多い2)

穿孔頻度:1/16,000(球後は0.9/10,000)。

点眼麻酔・前房内麻酔・結膜下麻酔

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  • 点眼麻酔:4%リドカインを使用。点眼後16秒で発現し、持続は約14分。角膜・結膜・強膜の痛覚抑制のみで、虹彩・毛様体の痛覚抑制効果はない。眼球運動抑制効果もない。
  • 前房内麻酔:1%防腐剤無添加リドカイン0.5mLを前房内投与。作用時間は約10分。点眼麻酔と組み合わせることで疼痛制御が向上する2)
  • 結膜下麻酔:硝子体手術では稀だが、単純な小ゲージ硝子体手術では有効な場合がある。結膜・強膜に作用する浸潤麻酔。

全身麻酔の適応は以下の通りである。

  • 乳幼児・小児・発達遅滞・不随意運動
  • 精神疾患・認知症
  • 閉所恐怖症
  • 長時間手術
  • 強膜バックル手術

喉頭マスク(LMA)の使用は不快感を軽減できる。全身麻酔に局所麻酔ブロックを併用することで、眼球心臓反射(OCR)の予防と血行動態の安定化が図れる。全身麻酔の欠点は、回復の延長・リスクの増大・覚醒時の眼圧上昇・コスト増加などである。

プロポフォール・オピオイド・ベンゾジアゼピンが選択肢として用いられる。静脈内鎮静はメタアナリシスで疼痛を有意に低下させることが示されている2)。不安の強い症例ではヒドロキシジン+ペンタゾシンの術前筋注を考慮する。

過度な鎮静は脱抑制をきたし逆効果となる(“Local is Vocal”の原則)。不安・恐怖は術前教育によって軽減できる4)

Q テノン嚢下麻酔と球後麻酔のどちらが適しているか?
A

テノン嚢下麻酔は穿孔リスクが低く手技が容易で、日本では硝子体手術の主流である。球後麻酔は眼球運動制御に優れるが、球後出血・眼球穿孔・視神経損傷のリスクがある。鎮痛効果・視力・視機能・患者満足度において麻酔法間で有意差はなく2)、術者の経験と患者条件で選択する。

針ブロック(球後・球周囲麻酔)の主な合併症を以下に示す2)

合併症頻度
球後出血0.1〜3%
眼球穿孔(球周囲)1/16,000
眼球穿孔(球後)0.9/10,000

その他の重篤合併症として、斜視・血管内/くも膜下への注射・黄斑梗塞がある2)。後部ブドウ腫・強膜バックル術既往眼では穿孔リスクが増加する2)。長眼軸(>26mm)・バックル既往例でもリスクが高い。

局所麻酔薬中毒は段階的に進行する。初期は刺激症状・血圧上昇、進行期は全身けいれん、末期は血圧低下・心停止に至る。

術中視覚体験(光・色・動きの知覚)は3〜18%の症例で不快に感じると報告されており、術前説明が推奨される2)。60歳未満・高血圧・肺疾患・腎疾患・癌の患者では麻酔介入リスクが高い2)。術中モニタリングとして心電図・パルスオキシメーター・血圧・呼吸の監視が必要である2)

Q 局所麻酔で手術中に痛みを感じることはあるか?
A

適切な局所麻酔下でも、術中に一時的な不快感や痛みを感じることがある。IV鎮静(静脈麻酔)の併用でこれを有意に軽減できる2)。また、術中視覚体験(光・色・動き)は3〜18%の患者が不快に感じると報告されており、術前説明が重要である2)

硝子体手術の麻酔は通常MAC+局所麻酔で実施する1)3)

眼球運動制御効果を以下に示す。

麻酔法運動制御手技容易さ
球後麻酔最良
テノン嚢下麻酔中等度容易
点眼麻酔なし最も容易

視力・視機能・合併症・患者満足度は麻酔法間で有意差がない2)。最適な麻酔法の選択は、術者の経験と患者の個別条件によって異なる4)

テノン嚢下麻酔をマスターすれば全ての内眼手術を局所麻酔下で実施できると言われる。特に求心性神経ブロック(眼球心臓反射の抑制)においても有効である(「病態生理学」の項参照)。

日本の硝子体手術ではテノン嚢下麻酔が主流であり、手術時間と術式に応じて薬剤を選択する。

短時間手術

薬剤:2%リドカイン単独

投与量:1mL

作用時間:約1時間

適応:比較的短い内眼手術

硝子体手術

薬剤:2%リドカイン+0.5%ブピバカイン(マーカイン)または0.75%ロピバカイン(アナペイン)等量混合

投与量:3〜4mL(テノン嚢下)

ロピバカインの特徴:低毒性・防腐剤不含でアレルギー反応が起こりにくい

球後麻酔:4〜6mL

術前絶食はIV鎮静の使用可能性を考慮して設定する4)。追加の疼痛軽減手段として前房内リドカインの投与を検討する4)2)

Q 眼内にガスが入っている場合、次の手術で注意すべきことは?
A

眼内ガス(SF₆・C₃F₈等)が残存している状態で亜酸化窒素(笑気)を使用すると、気泡が膨張して眼圧が急上昇し、最悪の場合は失明に至る1)。他科での手術を受ける際は必ず担当眼科医と麻酔科医に眼内ガスの残存を伝え、笑気の使用を避けてもらう必要がある。警告リストバンドの装着が推奨される1)

6. 病態生理学・詳細な発症機序

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眼球心臓反射は、三叉神経(求心路)→迷走神経(遠心路)を介した心拍数の低下(20%以上)を引き起こす反射である。外眼筋の操作・牽引により誘発され、斜視手術・強膜バックル手術で頻度が高い。

テノン嚢下麻酔は求心路をブロックすることでOCRを予防できる。硫酸アトロピンの投与でも発生を抑制できるが、完全な予防は不可能である。

全身麻酔が浅い状態で患者の咳・バッキングが起きると、眼圧が急上昇して脈絡膜上出血(駆逐性出血)が生じることがある。深麻酔の維持・局所麻酔の併用・強膜切開部の縫合により予防する。

眼内ガスと亜酸化窒素の相互作用

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笑気(亜酸化窒素)は眼内気泡に流入して気泡を膨張させ、眼圧を急激に上昇させる。これにより網膜中心動脈閉塞・失明が生じる危険がある。液空気置換の20分前には笑気を中止することが必須とされる。

眼内ガスは使用可能な麻酔薬を制限する重要な因子であり、他科受診時の笑気使用禁忌の徹底が求められる1)

眼内ガスが残存する状態での高地移動(飛行機搭乗含む)は気圧低下によるガス膨張を招き、眼圧上昇・動脈閉塞・創離開の原因となる1)。逆に低地への移動では低眼圧網膜剥離のリスクがある1)

眼科手術における痛覚は2種類に分類される。

  • 体性痛覚:角膜・結膜・強膜に由来。点眼麻酔・局所浸潤麻酔で対応可能。
  • 内臓痛覚:虹彩・毛様体に由来。点眼麻酔のみでは抑制できず、ブロック麻酔または全身麻酔が必要。
Q 眼球心臓反射とは何か?
A

外眼筋の操作・牽引によって三叉神経(求心路)→迷走神経(遠心路)を介して心拍数が20%以上低下する反射である。斜視手術・強膜バックル手術で頻度が高い。テノン嚢下麻酔による求心路ブロックや硫酸アトロピンの投与で予防できるが、完全な予防は不可能であるため術中の心電図モニタリングが必須である2)

  1. American Academy of Ophthalmology. Idiopathic macular hole Preferred Practice Pattern. Ophthalmology. 2019.
  2. American Academy of Ophthalmology. Cataract in the adult eye Preferred Practice Pattern. Ophthalmology. 2022;129(4):P1-P126.
  3. American Academy of Ophthalmology. Idiopathic epiretinal membrane and vitreomacular traction Preferred Practice Pattern. Ophthalmology. 2020;127(2):P145-P183.
  4. European Society of Cataract and Refractive Surgeons (ESCRS). ESCRS clinical guideline for cataract surgery. 2024.

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