Phase 3のIOI
発生率:Q8週群15.1%、Q12週群15.4%
重症度:眼内炎・網膜血管炎の報告あり。対照:ラニビズマブ群は0.3%

アビシパル ペゴル(abicipar pegol)は、アラガン社(現AbbVie社)が開発した抗VEGF(血管内皮増殖因子)薬である。新生血管型加齢黄斑変性(nAMD)および糖尿病黄斑浮腫(DME)を対象疾患として開発された。
アビシパルはDARPin(Designed Ankyrin Repeat Protein:設計アンキリンリピートタンパク質)という新規クラスの結合タンパク質に属する。4〜6個のアンキリンリピートドメインで構成され、分子量は34 kDaである。1)ラニビズマブの48 kDaより小さく、PEG(ポリエチレングリコール)鎖を付加することで腎クリアランスを抑制し、眼内滞留時間を延長している。1)
VEGF-Aに対する結合親和性は486 fM(フェムトモル)であり、ラニビズマブの42.5 pMと比較して約87倍高い。1)眼内半減期は13日で、ラニビズマブの7.2日を大きく上回る。1)この長い半減期により、104週間の治療において投与回数を約10回に抑えられる設計である(ラニビズマブ毎月投与では25回)。1)
2020年6月、FDAは眼内炎症(IOI)の高発生率を理由に承認を却下した。1)ベネフィット・リスク比が不利と判断されたためである。日本でも承認されていない。
Phase 3試験でIOI(眼内炎症)が最大15%の患者で発生し、ベネフィット・リスク比が不利と判断された。1)詳細は「安全性と副作用」の項を参照。
VEGF-A(血管内皮増殖因子A)は新生血管型加齢黄斑変性の病態生理の中心的役割を担う。網膜下の脈絡膜新生血管の形成と血管透過性亢進に関与する。1)
アビシパルはVEGF-Aに高い親和性で結合し、VEGF受容体(VEGFR-1およびVEGFR-2)への結合を競合的に阻害する。DARPinはモノクローナル抗体やFab断片と比較して分子量が小さく、眼内組織への浸透性に優れると考えられる。1)
前臨床研究では、アビシパルが血管新生および血管透過性の両方を効果的に阻害することが実証された。1)
抗VEGF療法の頻回硝子体内注射は患者と医療システムの大きな負担となっている。1)アビシパルは3か月(Q12)ごとの固定投与でラニビズマブ毎月投与に対する非劣性を示した唯一の抗VEGF薬として開発された。1)
アビシパルは複数相にわたる臨床試験プログラムを経て開発が進められた。
REACH試験は新生血管型加齢黄斑変性患者64名を対象とした20週間のPhase II試験である。アビシパル1 mg群・2 mg群・ラニビズマブ0.5 mg群の3群で比較した。アビシパル群は3回注射、ラニビズマブ群は5回注射を実施した。
20週時点の最高矯正視力(BCVA)変化量はアビシパル1 mg群で+8.2文字、2 mg群で+10.0文字、ラニビズマブ群で+5.3文字であった。中心網膜厚(CRT)の減少量はそれぞれ116 μm、103 μm、138 μmであった。
BAMBOO試験(日本、25名)とCYPRESS試験(米国、25名)はそれぞれ20週間のPhase II試験である。
BAMBOO試験の最高矯正視力変化量はアビシパル1 mg群で+7.8文字、2 mg群で+8.9文字、ラニビズマブ群で+17.4文字であった。CYPRESS試験ではそれぞれ+4.4文字、+10.1文字、+15.2文字であった。参加者数が少なく外部妥当性には限界がある。
糖尿病黄斑浮腫患者151名を対象とした28週間のPhase II試験である。4コホート(アビシパル1 mg Q8週・2 mg Q8週・2 mg Q12週・ラニビズマブQ4週)で比較した。28週時点の最高矯正視力変化量はそれぞれ+4.9文字、+7.1文字、+7.2文字、+9.6文字であった。
CEDAR試験(939名)およびSEQUOIA試験(946名)は52週間の国際多施設共同ランダム化比較試験である。アビシパル2 mg Q12週群・Q8週群とラニビズマブ0.5 mg Q4週群を比較した。
合算した安定視力維持率はQ8週群93.2%、Q12週群91.3%、ラニビズマブQ4週群95.8%であり、両アビシパル群はラニビズマブに対する非劣性を達成した。1)投与回数はアビシパル群で6〜8回、ラニビズマブ群で13回であった。1)
一方、IOI発生率はQ8週群15.1%、Q12週群15.4%に対してラニビズマブ群は0.3%であり、大きな差が生じた。1)
MAPLE試験は、製造工程を改良したアビシパルの安全性を評価する非盲検Phase II試験である。1)新生血管型加齢黄斑変性患者123名(治療歴なし83名、治療歴あり40名)を対象とし、28週間にわたって観察した。平均年齢は78.3歳であった。1)
投与スケジュールはベースライン・4週・8週・16週・24週の計5回であった。1)
以下の表にPhase 3試験とMAPLE試験のIOI率を示す。
| 試験 | Q8週群 | Q12週群 | 対照群 |
|---|---|---|---|
| CEDAR/SEQUOIA | 15.1% | 15.4% | 0.3% |
| MAPLE | 8.9% | — | — |
MAPLE試験のIOI発生率は8.9%(11/123)で、Phase 3の15.1〜15.4%から低下した。1)IOI内訳は軽度2.4%、中等度4.9%、重度1.6%であった。1)全例がステロイド治療で軽快し、眼内炎や網膜血管炎の報告はなかった。1)
有効性については、安定視力維持率が全訪問時点で95.9%、28週時点で97.6%であった。1)最高矯正視力変化量は全体で+3.6文字(治療歴なし+4.4文字、治療歴あり+1.8文字)であった。1)CRT減少量は全体で−82.5 μm(治療歴なし−98.5 μm、治療歴あり−45.5 μm)であった。1)
アビシパルは8〜12週の固定投与でラニビズマブの毎月投与に対する非劣性を達成した。104週で約10回の投与にとどまり、ラニビズマブの25回と比較して大幅に少ない。1)
IOIがアビシパルの最大の安全性懸念である。Phase 3試験でのIOI発生率はQ8週群15.1%、Q12週群15.4%であり、ラニビズマブ群の0.3%と著しく異なった。1)MAPLE試験では製造工程の改良により8.9%に低下したが、承認済み抗VEGF薬の水準(1%未満)には達しなかった。1)
IOIの臨床像は虹彩炎、ぶどう膜炎、硝子体炎、汎ぶどう膜炎などであった。IOIの発現時期はMAPLE試験において1回目注射後に27.3%、2回目後に18.2%、4回目後に54.5%に発生した。1)全例がステロイド(局所・経口・結膜下)治療で軽快した。1)IOI発症11名中8名が治療終了時にベースライン最高矯正視力以上に回復した。1)
製造工程に由来する宿主細胞由来不純物(IIRMI)が炎症誘発に関与すると考えられている。1)in vitro試験では、改良製造ロットにより末梢血単核球(PBMC)のIL-1β・IL-6・TNF-α応答が低下した。1)IOIの原因は多因子性であり、シリンジやシリコンオイル微小滴も寄与しうる。1)
MAPLE試験では抗アビシパル抗体が30.1%(37/123)の患者で検出された。1)このうち中和抗体陽性は18.7%であった。1)IOI発症患者の81.8%が抗体陽性であったが、抗体陽性者の75.7%はIOIを発症しなかった。1)高力価(≥10,000)患者8名中6名がIOIを発症した。1)
全身性VEGF阻害関連の治験治療下発現有害事象(TEAE)は10.6%で、高血圧が5.7%であった。1)眼局所のTEAEとして結膜下出血4.9%、硝子体剥離4.9%、眼圧上昇4.1%が報告された。1)
Phase 3のIOI
発生率:Q8週群15.1%、Q12週群15.4%
重症度:眼内炎・網膜血管炎の報告あり。対照:ラニビズマブ群は0.3%
MAPLE試験のIOI
発生率:8.9%(11/123名)
重症度:軽度2.4%、中等度4.9%、重度1.6%。転帰:全例ステロイドで軽快
MAPLE試験では、IOIを発症した11名中8名が治療終了時にベースライン最高矯正視力以上に回復した。1)全例がステロイド(局所・経口・結膜下)治療で軽快している。
新生血管型加齢黄斑変性の標準治療は抗VEGF薬の硝子体内注射であり、現在複数の薬剤が承認されている。3)承認済みの抗VEGF薬にはラニビズマブ、アフリベルセプト、ブロルシズマブ、ファリシマブ、およびベバシズマブ(適応外)がある。3)
日本の診療ガイドラインでは、導入期(月1回×3〜4回)に続く維持期での治療(PRNまたはtreat-and-extend)が推奨されている。2)Treat-and-extend法はPRN法より視力成績が有意に良好であることが示されている。2)
アビシパルの位置づけは、3か月固定投与で非劣性を達成した点が独自であった。しかしIOI率の高さが承認の障壁となった。ブロルシズマブも眼内炎症(閉塞性網膜血管炎を含む)が問題となった薬剤であり、抗VEGF薬全般においてIOIリスク管理が重要課題となっている。3)
なお、ラニビズマブはPhase 1/2試験で38.1%のIOI発生率が報告されたが、製剤改良後に劇的に低下した経緯がある。1)
主要な抗VEGF薬の分子量と維持期投与間隔の比較を以下に示す。
| 薬剤 | 分子量 | 維持期投与間隔 |
|---|---|---|
| アビシパル | 34 kDa | 8〜12週(未承認) |
| ラニビズマブ | 48 kDa | 4週〜 |
| アフリベルセプト | 115 kDa | 8週〜 |
ラニビズマブ、アフリベルセプト、ブロルシズマブ、ファリシマブ、ベバシズマブ(適応外)が使用されている。3)それぞれ投与間隔・分子量・副作用プロファイルが異なり、病態や患者背景に応じて選択される。
DARPinは4〜6個のアンキリンリピートドメインが積み重なった構造を持ち、高い熱安定性と標的分子への選択的高親和性結合を特徴とする。1)PEG修飾により腎クリアランスが抑制され、眼内滞留時間が延長される。1)
アビシパルは大腸菌(E. coli)発現系で製造される。この過程で宿主細胞タンパク質(HCP)などの宿主由来不純物(IIRMI)が残存しうる。1)IIRMIはサイトカイン放出を誘導し、または免疫アジュバントとして作用することで炎症を惹起すると考えられる。1)
硝子体内投与は小容量の閉鎖腔への投与であるため、不純物が希釈されにくい。そのため製剤には超低レベルの不純物が要求される。1)
改良された製造工程では高分解能クロマトグラフィーを用い、大腸菌由来の前炎症性不純物を除去した。1)この改良の効果をin vitro(ヒトPBMC)で評価した結果を以下に示す。
Phase 3製造ロット
IL-1β応答率:2%
IL-6応答率:12%
TNF-α応答率:21%
MAPLE用改良ロット
IL-1β応答率:0%
IL-6応答率:0%
TNF-α応答率:10%
改良ロットでは炎症性サイトカイン応答が大幅に低下した。1)この製造改良がMAPLE試験でのIOI率低下(15%台→8.9%)に貢献したと考えられるが、承認済み抗VEGF薬の水準には達しなかった。1)
アビシパル ペゴルは2020年6月にFDAが承認を却下した。1)MAPLE試験でIOI率は8.9%に改善したが、承認済み抗VEGF薬の1%未満という水準には依然として及ばなかった。1)
DARPin技術プラットフォーム自体は腫瘍学・免疫学など他の医療領域でも研究・開発が継続されている。設計アンキリンリピートタンパク質の高親和性・高安定性・小分子量という特性は、眼科以外の分野でも有望と考えられている。
新生血管型加齢黄斑変性治療においては投与間隔の延長が重要な課題であり続けている。アビシパル開発後に、アフリベルセプト高用量製剤(12〜16週投与)やファリシマブ(最長16週投与)など新世代の長時間作用型抗VEGF薬が承認されている。3)
アビシパルの開発が示したコンセプト(長時間作用型・低分子量・超高親和性)は意義深いものであった。しかし眼内炎症リスクの制御が不可欠であることも明確になった。今後の長時間作用型眼科薬の開発において、製造工程の精製と免疫原性の最小化が重要な課題として位置づけられる。