眼所見
両眼性視神経萎縮:乳幼児期に発症する。視神経乳頭の蒼白化を認める。
眼振:先天性または乳児期早期に出現。経過とともに増悪しうる1)。
視力低下:ある症例では約20/260に低下1)。暗所視の網膜電図反応も減弱する。
網膜色素上皮萎縮:広範な萎縮域を認めた報告がある1)。

ベール症候群(Behr syndrome)は、1909年に眼科医Carl Behrが初めて報告した稀な遺伝性疾患である1)。常染色体劣性遺伝形式をとる。
本症候群はOPA1遺伝子の両アレル性病的バリアントにより発症する1)。OPA1以外にOPA3やC12orf65の変異が原因となる症例も報告されている。OPA3遺伝子変異による場合は3-メチルグルタコン酸尿症を伴い、コステフ症候群とも呼ばれる。
小児期に発症する視神経萎縮を中核に、小脳性運動失調・痙性対麻痺・末梢神経障害・知的障害など多彩な神経学的症状を呈する。症状の組み合わせは原因遺伝子の種類により異なる。
OPA1遺伝子の片アレル変異(ヘテロ接合性変異)は常染色体優性遺伝性視神経萎縮(ADOA)の原因となる。ADOAでは視神経症が主体であるが、重症例では難聴・運動失調・末梢神経障害・進行性外眼筋麻痺を伴う「DOA plus」表現型を呈する1)。
ADOAはOPA1遺伝子の片アレル変異(ヘテロ接合性)で生じ、緩徐進行性の視神経症が主体である。ベール症候群は両アレル変異(複合ヘテロ接合性)で発症し、視神経萎縮に加えて運動失調・痙性・末梢神経障害など多系統の神経症状を合併する点が異なる。
乳幼児期から以下の症状が出現する。
眼所見
両眼性視神経萎縮:乳幼児期に発症する。視神経乳頭の蒼白化を認める。
眼振:先天性または乳児期早期に出現。経過とともに増悪しうる1)。
視力低下:ある症例では約20/260に低下1)。暗所視の網膜電図反応も減弱する。
網膜色素上皮萎縮:広範な萎縮域を認めた報告がある1)。
神経所見
小脳性運動失調:企図振戦・測定障害・幅広基底歩行を呈する1)。
痙性対麻痺:下肢の筋緊張亢進と腱反射亢進。
末梢神経障害:全身の腱反射低下として現れることがある1)。
知的障害:程度は症例により異なる。言語発達は保たれる場合もある1)。
下肢の筋拘縮(股関節内転筋・ハムストリングス・ヒラメ筋・アキレス腱)を合併することがある。消化管運動障害も報告されている1)。
稀であるが報告がある。ミオクロニー発作や焦点性発作の既報があり、難治性のてんかん重積状態を呈した症例も報告されている1)。詳細は「病態生理学・詳細な発症機序」の項を参照。
ベール症候群の原因はOPA1遺伝子の両アレル性病的バリアントである1)。常染色体劣性遺伝のため、両親は通常キャリア(保因者)で無症状である。
主な原因遺伝子と表現型の対応を以下に示す。
| 原因遺伝子 | 遺伝形式 | 特徴的表現型 |
|---|---|---|
| OPA1 | 常染色体劣性 | 視神経萎縮+神経症状 |
| OPA3 | 常染色体劣性 | +3-メチルグルタコン酸尿 |
| C12orf65 | 常染色体劣性 | 典型的ベール症候群像 |
ある症例では、OPA1遺伝子のc.2287del(p.Ser763Valfs*15)とc.1311A>G(p.Ile437Met)の複合ヘテロ接合性変異が確認された1)。前者は母親由来、後者は父親由来であった。
OPA1遺伝子には500種類以上の病的バリアントが同定されている。ADOAにおいてはc.2708_2711delTTAGがホットスポットとして知られ、日本人でも高頻度である。
小児期に発症する両眼性視神経萎縮に、以下の神経学的所見を合併する場合に本症候群を疑う。
確定診断はOPA1遺伝子の両アレル性病的バリアントの同定による1)。視神経萎縮パネル検査や全エクソーム解析が用いられる。OPA1に加え、OPA3やC12orf65も検索対象とする。
OPA1遺伝子検査は一般の外注検査としては普及していない。大学病院など基幹施設に委託する必要がある。近年は全エクソーム解析の普及により、解析機会は増加傾向にある。
本症候群に対する特異的な治療法は確立されていない。管理は各症状への対症療法・支持療法が中心となる。
下肢の筋拘縮に対しては外科的介入が行われることがある。
現時点で視神経萎縮を回復させる確立した治療法は存在しない。ロービジョンケアによる生活支援が中心となる。OPA1関連視神経症に対する遺伝子治療の研究が進行中であり、将来的な治療選択肢として期待されている。
OPA1遺伝子はダイナミン関連GTPaseファミリーに属するミトコンドリア蛋白をコードする1)。OPA1蛋白はミトコンドリア内膜に局在し、以下の重要な機能を担う。
OPA1蛋白はミトコンドリアの融合と分裂のバランスを介して網膜神経節細胞のシナプス形成にも関与する。両アレル性変異によりこれらの機能が喪失すると、神経細胞(特に網膜神経節細胞)の変性・細胞死が引き起こされる1)。
ミトコンドリア病における痙攣の有病率は20〜60%と報告されている1)。酸化的リン酸化の障害によるATP欠乏が興奮性・抑制性ニューロンの不均衡を招き、過剰な神経興奮からてんかんが発生する1)。
ミトコンドリア病に伴うてんかんの特徴として、後頭部領域からの起始、非痙攣性てんかん重積、持続性部分てんかん(epilepsia partialis continua)が知られている1)。難治性の場合は進行性の神経変性とてんかん性脳症に至る1)。
ミトコンドリア病における脳卒中様エピソード(stroke-like episode; SLE)の病態は完全には解明されていない。提唱されている機序は以下の通りである1)。
Jagadishら(2024)は、OPA1遺伝子の両アレル性変異を有するベール症候群患者が7歳時に反復性の超難治性てんかん重積状態と代謝性脳卒中を呈した症例を報告した。頭部MRIでは血管支配領域に従わない左視床・左頭頂後頭皮質・左前頭皮質の拡散制限を認めた。てんかん重積状態はこれまでベール症候群では報告されておらず、代謝性脳卒中の既報は1例のみであった1)。
剖検例では視神経の中央萎縮に加え、ニューロピル(神経網)における軸索スフェロイドが確認されている。視床核・淡蒼球では細胞消失とグリオーシスを伴うスフェロイドが認められ、外側膝状体では正常な層構造の乱れとグリオーシスが報告されている。
OPA1変異による視神経症に対し、変異非依存的な遺伝子発現調節技術を用いた早期臨床試験が進行中である2)。常染色体優性遺伝性視神経萎縮(ADOA)を対象としたものが主体であるが、将来的にはベール症候群への応用も期待される。
遺伝性視神経症全般に対して、以下の治療アプローチが研究されている2)。
ベール症候群は極めて稀な疾患であり、大規模臨床試験の実施には遺伝的異質性・疾患変動性・患者選択の最適化といった課題がある2)。
Ganetzkyら(2018)は、小児ミトコンドリア病患者9例(計17回のSLE)に対する静注アルギニン療法の後方視的解析を報告した。急性SLEの約47%で臨床的改善が認められ、SLEの進展予防と再発予防にも有効であった。有害事象は認められなかった1)。
ケトン食療法もミトコンドリア病における痙攣の治療に有効であるとの報告がある1)。一酸化窒素合成の低下とその前駆体(アルギニン・シトルリン)の欠乏がSLEの一因と考えられており1)、これらの補充療法の研究も進行中である。