眼症状への治療
低濃度ピロカルピン塩酸塩(0.125%または0.25%):瞳孔症状に対する対症療法。
近用眼鏡:調節障害への対応。
サングラス・虹彩付きコンタクトレンズ:羞明(まぶしさ)への対策。

ロス症候群(Ross syndrome; RS)は、末梢自律神経系の稀な疾患である。緊張瞳孔(tonic pupil)・深部腱反射の減弱または消失(hyporeflexia/areflexia)・無汗症(anhidrosis)または低汗症(hypohidrosis)の三徴を特徴とする。
1958年にAlexander T. Ross博士が最初の症例を報告した。これまでに文献上100例未満の報告にとどまる稀少疾患である。1)
診断時の平均年齢は36歳で、わずかに女性優位である。あらゆる年齢・民族・性別で発生しうる。Nolanoらは12人のRS患者を報告し、多くが未診断のまま経過している可能性を示唆した。診断は原因不明の自律神経症状が何年も続いた後に初めて下されることが多い。
日本の眼科教科書ではRSをAdie症候群の合併症として位置づけており、瞳孔緊張症に腱反射異常を伴うAdie症候群にさらに起立性低血圧や発汗異常などの自律神経症状が加わったものと整理されている。
Holmes-Adie症候群は緊張瞳孔と深部腱反射消失を特徴とするが、発汗異常を伴わない。ロス症候群はさらに無汗症・低汗症などの発汗異常が加わった状態であり、日本の教科書ではAdie症候群の合併症として位置づけられている。
発汗異常は進行性の経過をとることがある。左側の多汗が先行し、その後同側が無汗に移行し、さらに対側に多汗が出現した例が報告されている。1) 同一患者に多汗と無汗が同時に存在することも特徴的である。
正確な病因は不明である。末梢自律神経系の複数の部位における非特異的変性が各症状の原因と考えられている。
臨床診断が基本となる。三徴(緊張瞳孔・反射減弱または消失・発汗異常)の確認が診断の軸となるが、初期には完全な三徴が揃わないこともある。
主な鑑別疾患を以下に示す。
| 疾患 | 特徴 | ロス症候群との違い |
|---|---|---|
| Holmes-Adie症候群 | 緊張瞳孔+反射消失 | 発汗異常なし |
| Harlequin症候群 | 分節状低汗症 | 瞳孔・反射は正常 |
| Horner症候群 | 縮瞳+眼瞼下垂+無汗症 | 反射正常、瞳孔は縮瞳(RSは散瞳) |
そのほか、Argyll Robertson瞳孔(両側高度縮瞳)・動眼神経麻痺後の神経異常再生・視蓋瞳孔(中脳背側病変)・Fisher症候群(眼筋麻痺・小脳性運動失調・腱反射低下の三徴、抗GQ1b抗体陽性)との鑑別も重要である。
根治治療は存在せず、対症療法が中心となる。自覚症状が軽微な場合は経過観察でもよい。
眼症状への治療
低濃度ピロカルピン塩酸塩(0.125%または0.25%):瞳孔症状に対する対症療法。
近用眼鏡:調節障害への対応。
サングラス・虹彩付きコンタクトレンズ:羞明(まぶしさ)への対策。
発汗異常への治療
制汗剤(10〜25%塩化アルミニウム含有):多汗症への第一選択。体温上昇を悪化させる可能性に注意。
抗コリン薬(オキシブチニン、グリコピロレート):重度の多汗症に使用。
ボツリヌス毒素注射:重度の代償性多汗症に適応。
イオントフォレーシス:重度の多汗症に対する物理療法。
交感神経切断術:重度の多汗症への最終手段。
予後は一般的に良性で、瞳孔症状は経過とともに縮瞳傾向を示し自覚症状も軽減することが多い。全身疾患を合併した場合の予後は好ましくない。
根治治療は現時点では存在しない。ただし瞳孔症状は良性の経過をとり、自然に縮瞳傾向へと変化し自覚症状も軽減することが多い。発汗異常は進行性の経過をとることがあるため、継続的な経過観察が重要である。
コリン作動性線維とアドレナリン作動性線維で異なる脱神経パターンが生じる。皮膚生検ではコリン作動性線維の選択的脱落が優位であり、消化管・膀胱生検ではアドレナリン作動性線維の脱落が優位である。2)
心臓はコリン作動性(迷走神経)とアドレナリン作動性(星状神経節)の二重支配を受け、左右非対称に作用する。右側自律神経は洞結節に、左側は房室結節に優位に作用する。左迷走神経の過剰刺激または障害は房室結節の伝導低下・不応期延長を引き起こし、高度または完全房室ブロックに至る可能性がある。2)
α-シヌクレインの蓄積が胃の小弯の自律神経末端で検出されており、消化器症状・泌尿器症状はアドレナリン作動性線維の変性(α-シヌクレイン蓄積による)で説明できる可能性がある。1)
一卵性双生児での報告から、選択的な交感神経ニューロン集団の発生・生存に複数の遺伝子が関与する可能性が示唆されている。1)
Fleischmanら(2023)は、RSに伴う完全房室ブロックの初報告例を記載した。2) 61歳女性(RS診断から20年後)に7〜13秒の第3度房室ブロックが4回出現し失神を伴った。緊急一時的経静脈ペーシングの後、デュアルチャンバーペースメーカーを留置した。生検で証明された虚血性大腸炎(血管閉塞なし)も、高度房室ブロックによる慢性的一過性心拍出低下で説明可能とされた。RSが良性とされてきた一方で、生命を脅かす心血管系合併症を伴う可能性を示す報告である。
心臓MIBG-SPECTでは、心臓後外側壁でのヨウ素-123 MIBG取り込み低下が確認されたが、臨床的意義は現時点では不明である。2)
Hamadehら(2023)は、右側多汗・左側無汗が同時に存在する57歳男性を報告した。1) 左側は当初多汗であったが、その後無汗に移行していることが確認され、RSの進行性を示す。ANA陰性・各種神経自己抗体陰性で自己免疫機序は否定的であった。患者の長男にも多汗傾向があり遺伝的関与を示唆する。3年間の経過観察で病態は安定していた。
Ma Mら(2020)の報告では、胃の自律神経末端にα-シヌクレイン蓄積が免疫蛍光分析で確認され、RSを新型のα-シヌクレイノパチーとして位置づける可能性が提示された。1)
ANA陽性例へのIVIG療法(Vasudevanら)や、自己免疫疾患合併例へのミコフェノール酸モフェチル使用の報告があるが、別の報告では免疫療法による臨床的改善は得られなかったとされており、有効性の評価は確立していない。1)
まれに完全房室ブロックを来した例が報告されており、失神を伴う場合もある。2) 失神・前失神エピソードが出現した際は、循環器科による評価が重要である。