誘因の除去
最優先事項:原因薬剤の速やかな中止または誘因疾患の治療を行う。
薬剤性の場合:抗菌薬関連PRESでは薬剤中止後に90%が完全または略完全に回復する。4)

可逆性後白質脳症症候群(Posterior Reversible Encephalopathy Syndrome; PRES)は、脳血流自動調節能および血管内皮の機能不全に起因する神経毒性症候群である。神経画像検査で確認される後脳浮腫を背景に、頭痛・けいれん・意識障害・視覚障害などの神経症状を呈する。
名称に「可逆性」「後方」「白質」とあるが、必ずしもこれらの特徴に限定されない。前頭葉・側頭葉・脳幹・小脳にも病変が及ぶことがあり、回復しない症例も存在する。「RPLS(Reversible Posterior Leukoencephalopathy Syndrome)」とも呼ばれる。
1996年にHincheyらが可逆性後白質脳症症候群の概念を初めて提唱した。2)8)
疫学
眼科的重要性
視力低下・霧視・暗点・幻視・皮質盲などの視覚障害として発症することが多い。眼科医が診療の起点になり得る疾患である。
75〜90%の症例で神経学的所見は可逆性を示すが、10〜20%では永続的な神経学的後遺症が残る。死亡は3〜6%に生じ、主な原因は頭蓋内出血と脳浮腫である。3) 「可逆性」という名称は必ずしも全症例に当てはまらない点に注意が必要である。
症状は数時間〜数日で急速に進行する。
バイタルサイン・全身所見
眼科的所見
神経画像所見(MRI)
以下にMRI各モダリティにおける典型所見を示す。
| モダリティ | 典型所見 |
|---|---|
| T2/FLAIR | 頭頂・後頭葉の皮質〜皮質下白質に高信号 |
| DWI | 低信号〜等信号(血管性浮腫を反映) |
| ADCマップ | 高信号(細胞毒性浮腫との鑑別に有用) |
| 造影MRI | 脳回状の造影増強(BBB破綻を反映) |
非典型例では前頭葉・側頭葉・小脳・脳幹・基底核・脊髄にも病変が及ぶ。1)
約1/3の患者では血圧が正常範囲にある。内皮機能障害が直接の発症機序となる場合、高血圧を伴わなくても可逆性後白質脳症症候群が発症しうる。3) 特にCOVID-19関連可逆性後白質脳症症候群では、報告された症例の28.6%のみが高血圧を有していた。2)
主な誘因
薬剤関連
その他のリスク因子
低マグネシウム血症・尿毒症・敗血症・高カルシウム血症・ギラン・バレー症候群に対するIVIg・腫瘍崩壊症候群
COVID-19関連
SARS-CoV-2感染がPRESの直接的原因となりうる。COVID-19関連PRES症例の28.6%のみが高血圧を有しており、ウイルスによる直接的な内皮障害が主因と示唆されている。2)
WHO薬物有害事象データベースでは152薬剤がPRESと有意に関連している。4) 主なカテゴリは抗腫瘍薬・免疫調節薬・抗菌薬である。特に免疫抑制薬(シクロスポリン・タクロリムス)、化学療法薬(シスプラチン・ベバシズマブ)、抗菌薬(メトロニダゾール・フルオロキノロン系)が代表的な誘因薬剤として知られている。
素因となる因子の存在に注目した臨床的疑いに加え、脳浮腫の神経画像学的証拠が揃えば診断が成立する。後頭葉・頭頂葉障害を疑わせる症状(視力障害・けいれん・意識障害)と誘因の組み合わせで積極的にPRESを疑う。大脳のMRIまたはCTで診断し、視野所見や合併神経症状と神経画像を照合することが有用である。
治療の基本は多職種連携(眼科医・神経内科医・内科医・産科医・腫瘍科医)による迅速な介入である。
誘因の除去
最優先事項:原因薬剤の速やかな中止または誘因疾患の治療を行う。
薬剤性の場合:抗菌薬関連PRESでは薬剤中止後に90%が完全または略完全に回復する。4)
血圧管理
静脈内投与薬:多くの患者が静脈内投与による血圧制御を必要とする。
目標:発症後最初の数時間で血圧を20〜30%低下させることを推奨。5)
けいれん管理
抗てんかん薬:頻回のけいれんは脳浮腫を悪化させるため、予防・治療が重要。
使用薬剤例:バルプロ酸ナトリウム・レベチラセタム・ラコサミドなど。1)2)3)8)
追加治療
誘因の除去が最優先となる。原因薬剤の中止・血圧の速やかな管理(最初の数時間で20〜30%低下)・抗てんかん薬によるけいれんコントロールが治療の三本柱である。5) 脳浮腫が強い場合はマンニトールによる脳圧降下も行われる。視覚症状は適切な治療により多くの場合で回復するが、視覚症状の経過観察のために眼科フォローアップを継続する必要がある。
中心的な機序は脳血流自動調節能および血管内皮の機能不全による血液脳関門(BBB)の破綻である。これにより血管性脳浮腫が生じる。
過灌流理論
機序:高血圧 → 脳血流自動調節能の破綻 → 毛細血管損傷 → 過灌流 → 血管性脳浮腫
特徴:後方循環は交感神経支配が相対的に少なく、過灌流の影響を受けやすい。3)4)
内皮機能不全理論
機序:子癇前症・化学療法等が内皮に直接毒性 → 毛細血管漏出・BBB破綻 → 血管収縮 → 低灌流 → 血管性浮腫
特徴:高血圧を伴わない症例(SLE・化学療法中等)の説明に有用。
虚血理論
機序:脳虚血 → 自動調節能異常 → 反応性局所血管収縮 → 局所低灌流 → 細胞毒性浮腫・脳梗塞
特徴:DWIで拡散低下を示す細胞毒性浮腫を伴う症例の説明に有用。
後方循環の脆弱性
後頭葉・頭頂葉が好発部位となる理由として、後方循環は交感神経支配が相対的に乏しく、自動調節能の限界に達しやすいことが挙げられる。3)4)
COVID-19における機序
SARS-CoV-2はACE2受容体に結合してACE2発現を低下させ、ACE/AngII/AT1軸の過剰活性化を引き起こす。これにより血管透過性亢進・炎症・酸化ストレスが生じ、内皮機能障害に至る。2) さらにサイトカインストーム(IL-1・IL-6・TNF・IFN-γ・VEGF)がトロンボキサンA2などの血管収縮物質を大量放出させ、PRES発症につながる。3)
免疫介在性機序
活性化T細胞やサイトカイン(ヒスタミン・フリーラジカル・一酸化窒素)の放出、エンドセリン-1やトロンボキサンA2などの血管収縮物質の放出も脳浮腫形成に寄与する。6)
NMOSD合併例の機序
AQP-4 IgGが脳血管周囲のアストロサイト足突起を攻撃し、BBB構成要素の障害をきたすことで血管性浮腫がPRESとして出現する可能性が示唆されている。1)
Wangら(2024)は、古典的リスク因子(高血圧・腎不全・免疫抑制薬)を一切持たない18歳女性がSARS-CoV-2感染のみを誘因として可逆性後白質脳症症候群を発症した症例を報告した。2) 発症11日後にMRI異常が完全消失し、6ヶ月追跡でも正常が維持された。COVID-19関連可逆性後白質脳症症候群症例の28.6%のみが高血圧を有しており、ウイルスによる直接的な内皮障害が主因と示唆されている。
Motolesèら(2021)はCOVID-19に関連した出血性可逆性後白質脳症症候群の5症例をレビューした。3) 凝固障害・内皮機能障害・抗血栓療法が出血転化のリスクを高める要因として特定された。抗凝固療法の速やかな中止・拮抗が転帰改善の鍵となる。
Yangら(2022)は14例のNMOSD合併可逆性後白質脳症症候群をレビューした。1) AQP-4 IgGの関与が示唆され、可逆性後白質脳症症候群がNMOSDの特殊な表現型である可能性が提唱されている。治療方針は統一されておらず、免疫療法の強化・減弱を症例ごとに判断する必要がある。
Barbaら(2024)の12例の系統的レビューでは、メトロニダゾールとフルオロキノロン系が各33.3%で最多であった。4) 薬剤中止後に90%が完全〜略完全に回復した。血清NfL(ニューロフィラメント軽鎖)が可逆性後白質脳症症候群の神経障害バイオマーカーとして有望視されている。
Luoら(2025)の小児SLE 16例のレビューでは、ループス腎炎・高疾患活動性・高血圧が主要誘因として特定された。6) テリタシセプト等の新規治療薬でSLE活動性を制御することで可逆性後白質脳症症候群の改善が得られた症例が報告されている。
Yang B, Guo L, Yang X, Yu N. The pathogenesis and treatment of posterior reversible encephalopathy syndrome after neuromyelitis optica spectrum disorder: a case report and literature review. BMC Neurology. 2022.
Wang L, Wang Z, Huang R, et al. SARS-CoV-2 may play a direct role in the pathogenesis of posterior reversible encephalopathy syndrome (PRES) associated with COVID-19. Medicine. 2024.
Motolese F, Ferrante M, Rossi M, et al. Posterior Reversible Encephalopathy Syndrome and brain haemorrhage as COVID-19 complication: a review of the available literature. J Neurol. 2021.
Barba L, Carrubba C, Spindler K, et al. Posterior reversible encephalopathy syndrome associated with antibiotic therapy: a case report and systematic review. Neurol Sci. 2024.
Patel SP, Jarbath M, Saravis L, et al. Pheochromocytoma manifesting as cortical blindness secondary to PRES with associated TMA: a case report and literature review. BMC Endocr Disord. 2022.
Luo M, He H, Zhou Q, et al. Juvenile systemic lupus erythematosus complicated with posterior reversible encephalopathy syndrome: a case report and literature review. Orphanet J Rare Dis. 2025.
Dai Y, Liu W, Hong F. Post reversible encephalopathy syndrome attributed to mycophenolate mofetil used in the treatment of SLE: A case report and review of literature. J Int Med Res. 2024.
Grandmougin D, Ehrlich T, Liu Y, et al. A presentation of posterior reversible encephalopathy syndrome after heart transplantation: a case report and review of literature. J Med Case Rep. 2025.