加圧ゴーグル(pressure goggles)は、眼窩周囲に陰圧または陽圧を加えることで眼圧(IOP)を非侵襲的に調整するデバイスである。
- 陰圧ゴーグル(negative pressure goggles; NPG):真空を利用して眼窩内の圧力を下げ、眼圧を下降させる。
- 陽圧ゴーグル(positive pressure goggles):眼窩周囲に正圧を加えて眼圧を上昇させ、頭蓋内圧(ICP)亢進時の篩状板を介する圧力勾配(translaminar pressure gradient)を正常化する可能性がある。
応用対象として研究が進む疾患は以下の3疾患群である。
- 緑内障:網膜神経節細胞(RGC)の進行性喪失を特徴とし、篩状板がRGC軸索損傷の主要部位とされる。米国の緑内障患者の25〜50%では眼圧が「正常」範囲内にあるとの報告があり、眼圧以外の因子(篩状板圧力勾配など)の関与が注目されている。
- 特発性頭蓋内圧亢進症(IIH):頭蓋内圧亢進と乳頭浮腫を特徴とする神経眼科疾患。主なリスク因子は女性・肥満である。1)
- 宇宙飛行関連神経眼症候群(SANS):長期宇宙飛行後に観察される視神経乳頭浮腫・眼球平坦化・遠視化・脈絡膜皺襞などの神経眼科的所見群。
現在は研究・開発段階であり、臨床で広く使用される標準治療ではない。
Q 加圧ゴーグルとは、どのような仕組みのデバイスですか?
A 陰圧ゴーグルは眼窩周囲に真空(陰圧)を発生させることで眼圧を下降させ、陽圧ゴーグルは正圧を加えることで眼圧を上昇させる。これらの仕組みを利用して、視神経乳頭(篩状板)を介する眼圧と頭蓋内圧の圧力差を調整することを目的としている。いずれも現時点では研究段階のデバイスであり、一般臨床では使用できない。
加圧ゴーグルが対象とする疾患群に共通する症状・所見を以下に示す。
緑内障関連:
- 視野欠損:進行性に拡大する。初期は自覚症状に乏しいことが多い。
特発性頭蓋内圧亢進症関連:1)
- 頭痛:起床時に悪化することが多い。
- 一過性視力障害(transient visual obscurations):体位変換や咳嗽時に誘発される数秒〜数分間の視力低下。
- 複視:外転神経(第VI脳神経)麻痺による水平複視。
- 拍動性耳鳴:心拍に同期した耳鳴り。
- 視力低下:乳頭浮腫が高度になると不可逆的な視力障害が生じる。
低頭蓋内圧関連:
- 起立性頭痛:起立時に出現・増悪する頭痛。
- めまい・頸部痛・嘔吐・水平複視
緑内障
視神経乳頭陥凹:乳頭中央の陥凹(cupping)拡大が特徴的所見。
視野欠損:Humphrey視野検査で弓状暗点・鼻側階段などのパターン。
特発性頭蓋内圧亢進症
乳頭浮腫(papilledema):両側性が特徴。Frisén分類で評価する。1)
RNFL肥厚:OCTで著明な網膜神経線維層肥厚を認める。1)
視野異常:マリオット盲点拡大・汎性視野低下。1)
外転神経麻痺:頭蓋内圧亢進による偽局在徴候。1)
SANS
視神経乳頭浮腫:長期宇宙飛行後に出現。
眼球平坦化(globe flattening):後極部の平坦化。
遠視化(hyperopic refractive shift):球形収差の変化による。
脈絡膜皺襞(choroidal folds):後極部に認められる。
加圧ゴーグルが標的とする病態の核心は、篩状板を介する圧力勾配の異常である。
- 篩状板の力学的位置:篩状板は前方からのICP(頭蓋内圧)と後方からの眼圧(眼圧)の2つの圧力に挟まれた構造物である。この圧力差が「篩状板を介する圧力勾配(translaminar pressure gradient)」であり、眼圧とICPの不均衡が視神経損傷に関与するエビデンスが蓄積されている。
- 緑内障における圧力勾配:眼圧がICPを大きく上回ると篩状板が後方偏位し、RGC軸索が障害されると考えられている。
- 特発性頭蓋内圧亢進症における圧力勾配:ICPが眼圧を大きく上回ると篩状板が前方偏位し、乳頭浮腫を生じる。1)
- 特発性頭蓋内圧亢進症のリスク因子:女性・肥満が主なリスク因子である。1)
- 眼圧の日内変動:眼圧は日内変動パターンを示し、夜間に最大値となる。眼圧上昇に伴い眼灌流圧(OPP)が低下する。
- SANSの病態仮説:頭側への体液移動、ICP上昇、眼グリンパ系うっ滞、脳容積の拍動性変化などが病因仮説として挙げられている。
特発性網膜静脈拍動(SVP)と圧力勾配のバイオマーカー:
- SVPは中心網膜静脈の拍動で、健常眼での有病率は87.6〜98%とされる。
- 緑内障患者・IIH患者ではSVP有病率が低下する。
- 静脈拍動圧(VPP)は緑内障患者で高値傾向を示し、疾患進行予測の指標となりうる。
- SVP・VPPはIIH・緑内障・SANSのバイオマーカーとして利用できる可能性がある。
Q なぜ眼圧と頭蓋内圧の「バランス」が重要なのですか?
A 篩状板は眼圧(後方から)と頭蓋内圧(前方から)の2つの圧力に挟まれており、この圧力差(translaminar pressure gradient)が視神経に物理的な負荷をかける。圧力差が大きいほど篩状板が変形し、視神経線維が損傷されやすくなる。緑内障・特発性頭蓋内圧亢進症・SANSはいずれもこの圧力バランスの異常が病態の一端を担うと考えられている。
加圧ゴーグルの研究・使用に関連する主な評価法を以下に示す。
- 眼圧測定:ゴーグルの効果評価の基本的指標。NPG装着下でもTono-Penチップカバーを用いたニューマノトノメトリーで正確な眼圧測定が可能であることが確認されている(Fergusonらの研究)。
- エクスカーションテスト法:Tono-PenチップカバーとNPGを組み合わせた測定法。7・10・20・30 mmHgの4圧力レベルで480対の測定値を収集し、再現性を確認した手法。
- 視野検査(Humphrey perimetry):対象疾患(緑内障・特発性頭蓋内圧亢進症)の進行評価に使用する。1)
- OCT(光干渉断層計):網膜神経線維層(pRNFL)厚の測定。乳頭浮腫の定量評価に有用。1)
- SVP・VPP測定:検眼鏡で観察可能。圧力変化中のSVP評価により、ゴーグルを用いたICPの間接的測定が可能になる可能性がある。
加圧ゴーグルは研究段階のデバイスであり、現時点では標準治療ではない。各対象疾患の現行標準治療を以下に示す。
- 薬物療法(点眼薬):眼圧下降が唯一の証明された治療法。ただし予測不可能なことがあり、アドヒアランス不良により効果が損なわれることがある。
- レーザー治療(SLTなど):選択的レーザー線維柱帯形成術。
- 手術(線維柱帯切除術・チューブシャント術など):薬物療法・レーザー療法で不十分な場合に選択する。
- アセタゾラミド(acetazolamide):多くの患者に第一選択として提供される。1) 視力脅威のある症例では緊急管理が必要である。
- 視神経鞘開窓術(ONSF):乳頭浮腫の治療に有効だがICPは低下させない。頭痛治療には推奨されない。合併症として複視・瞳孔不同・緊張性瞳孔がある。1)
- 脳脊髄液シャント術:脳室腹腔シャント(VPシャント)・腰椎腹腔シャント。ICPを効果的に低下させ、視神経浮腫と頭痛を改善する(短期的効果)。合併症としてシャント機能不全・感染・位置異常がある。1)
- 劇症型特発性頭蓋内圧亢進症の緊急管理:腰椎ドレナージ設置・アセタゾラミド(500 mg×3/日から3〜4 g/日まで漸増)・IV methylprednisolone(1 g/日×3日間)の組み合わせが使用されることがある。ただしステロイドは劇症型以外の特発性頭蓋内圧亢進症では非推奨である。1)
篩状板は眼圧(後方から)とICP(前方から)の2つの圧力に挟まれた構造物である。
- 緑内障:眼圧がICPを大きく上回る→篩状板の後方偏位→RGC軸索の機械的損傷。篩状板を介する圧力勾配を定期的に調節することで視神経保護・緑内障進行抑制が可能との仮説が提唱されている。
- 特発性頭蓋内圧亢進症:ICPが眼圧を大きく上回る→篩状板の前方偏位→乳頭浮腫の形成。1)
- 陰圧ゴーグルの作用:眼窩部に-10 mmHgの圧力を加えると、ICPに影響を与えることなく眼圧を約6 mmHg低下させることができる。これにより緑内障における篩状板圧力勾配を改善できる可能性がある。
- 陽圧ゴーグルの作用:眼圧を上昇させることでICP亢進時の篩状板を介する圧力勾配を正常化する可能性がある。SANSへの応用が主に想定されている。
SVPの発生は心周期→脳脊髄液拍動→経壁圧の振動という機序による。SVPの可視性は血管コンプライアンス(伸展性)に依存する。
- 眼圧が上昇→網膜静脈容積減少→コンプライアンス増加→SVP出現しやすい。
- 眼圧が低下→網膜静脈容積増加→コンプライアンス低下→SVP出現しにくい。
静脈拍動圧(VPP):中心網膜静脈の容積が十分に低下してCSF拍動に反応して拍動する最小の眼圧と定義される。VPPは疾患進行の予測指標となりうる。
Q 特発性網膜静脈拍動(SVP)は何の指標になりますか?
A SVPは眼圧と頭蓋内圧の関係を反映するバイオマーカー候補である。緑内障患者・特発性頭蓋内圧亢進症患者ではSVP有病率が低下し、静脈拍動圧(VPP)は緑内障患者で高値を示す傾向がある。SVP・VPPを測定することで、特発性頭蓋内圧亢進症・緑内障・SANSの進行状況やゴーグルによる圧力変化の効果を間接的に評価できる可能性がある。
Equinox社が開発した陰圧ゴーグルは以下の構造を持つ。
デバイス仕様:シリコンシール付きレンズ、ゴーグルとポンプを接続するチューブ、固定用ヘッドストラップ、調整可能なノーズブリッジ。S・M・Lの3サイズに対応し、研究者がプログラムしたポンプが陰圧を生成する。
このデバイスを用いた主要な臨床研究3件を以下に示す。
| 研究者 | 対象 | 方法・設定 | 主な結果 |
|---|
| Samuelson ら | 開放隅角緑内障10人 | 片眼-10 mmHg、対照眼大気圧、8時間適用 | 忍容性スコア1.8±0.4(1=最良)、良好な安全性を確認 |
| Ferguson ら | ― | Tono-PenチップカバーとNPGを併用、4圧力レベルで480対測定 | NPG下でのニューマノトノメトリーの正確性・再現性を実証 |
| Swan ら | 65人 | 陰圧なし・ベースライン眼圧の25%・50%・75%を60分間適用 | すべての陰圧設定で臨床的・統計的に有意な眼圧低下 |
Samuelsonらは開放隅角緑内障患者10人に対し、片眼に-10 mmHgの陰圧を8時間適用した。関心度スコアは1.8±0.5(1=最良、10=最悪)であり、患者の高い受容性と良好な安全性パラメータが示された。
Swanらは65人の被験者を対象に、ランダム化デザインでベースライン眼圧の25%・50%・75%に相当する陰圧を60分間適用した。すべての陰圧設定において臨床的・統計的に有意な眼圧低下が確認された。
- SANS対策として、眼圧を上昇させることで頭側への体液移動による圧力勾配異常を補正する手法が研究されている。
- 先行研究では水泳用ゴーグル装着により眼圧・篩状板を介する圧力勾配が上昇することが確認されており(頭部低位傾斜実験)、陽圧ゴーグルはこれを意図的・制御可能に行うものである。
- 通常の水泳用ゴーグルよりも効果的に眼圧を上昇させ、SANSの軽減に寄与できる可能性がある。
- ただし、長期間の眼圧上昇の安全性については今後の研究が必要である。
Q 加圧ゴーグルは現在、患者が入手・使用できるものですか?
A 現時点では入手・使用できない。加圧ゴーグルは研究段階のデバイスであり、臨床で処方される標準治療として承認されていない。Samuelson・Swan両研究で安全性・眼圧低下効果が確認されたが、長期的な有効性・安全性の検証やさらなる臨床試験が必要である。
- Bonelli L, Menon V, Arnold AC, Mollan SP. Managing idiopathic intracranial hypertension in the eye clinic. Eye. 2024;38:2472-2481.
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