占拠性病変
髄膜腫・神経鞘腫:海綿静脈洞に発生する良性〜悪性の腫瘍。
リンパ腫・転移:乳癌・前立腺癌などが眼窩・海綿静脈洞・髄膜へ転移し、単独外転神経麻痺を生じることがある。

パーキンソン徴候(Parkinson sign)は、単独の第VI脳神経麻痺(外転神経麻痺)に、同側の節後性ホルネル症候群が合併した臨床徴候である。この組み合わせは、海綿静脈洞後部の病変を示唆する高い局在診断的価値を持つ。
海綿静脈洞は蝶形骨洞上部・トルコ鞍側方に位置し、動眼神経(III)・滑車神経(IV)・外転神経(VI)・三叉神経(V1, V2)・眼交感神経・内頸動脈が通過する。海綿静脈洞後部では、眼交感神経鎖が内頸動脈を離れて一時的に外転神経と近接して走行する。この解剖学的関係により、同部位への圧迫・炎症が両者を同時に障害する。
なお、「パーキンソン病」は中脳黒質のドパミン神経変性に起因する運動障害疾患であり、パーキンソン徴候とは全く別の疾患概念である。
無関係である。パーキンソン徴候は海綿静脈洞の病変による外転神経麻痺とホルネル症候群の合併であり、パーキンソン病(中脳黒質のドパミン神経変性による運動障害)とは名称が似ているだけで病態・原因・治療すべてが異なる。
パーキンソン徴候の原因は多彩であり、海綿静脈洞またはその後部に生じる以下の病変が関与する。
占拠性病変
髄膜腫・神経鞘腫:海綿静脈洞に発生する良性〜悪性の腫瘍。
リンパ腫・転移:乳癌・前立腺癌などが眼窩・海綿静脈洞・髄膜へ転移し、単独外転神経麻痺を生じることがある。
血管病変
内頸動脈(ICA)解離・瘤:海綿静脈洞内ICAの動脈瘤や解離が神経を圧迫する。
内頸動脈血栓症:静脈血栓が海綿静脈洞内の交感神経・外転神経を障害する。
炎症性・その他
Tolosa-Hunt症候群:海綿静脈洞内の肉芽腫性炎症。ステロイド療法に反応しやすい。
巨細胞性動脈炎・外傷:血管炎による虚血性障害、または直接外傷による損傷。
リスク因子
必ずしもそうではない。Tolosa-Hunt症候群のようにステロイド療法で速やかに改善するものから、悪性腫瘍や内頸動脈瘤のように緊急処置を要するものまで幅がある。いずれも原因の特定が治療方針を決定するため、早期の精査が重要である。
パーキンソン徴候の診断は以下の所見の組み合わせによる。
第3次(節後性)ホルネル症候群に同側の外転神経麻痺が合併していることが確認されれば、病変は同側の海綿静脈洞後部に局在すると判断できる。
3種の点眼試験によりホルネル症候群の存在と病変部位の局在を確認する。
| 検査 | 原理 | 判定 |
|---|---|---|
| アプラクロニジン点眼試験 | 脱神経過敏によりα₁刺激で縮瞳側が散大 | 瞳孔不同の逆転 → ホルネル症候群陽性 |
| コカイン点眼試験 | 交感神経除神経の証明 | 縮瞳側が散大しない → ホルネル症候群陽性 |
| ヒドロキシアムフェタミン点眼試験 | 節後性障害では伝達物質の枯渇により散大不能 | 縮瞳側が散大しない → 節後性確認 |
両眼にアプラクロニジンを点眼し30〜45分後に観察すると、健眼では散瞳が生じないが、患眼では散大し眼瞼下垂の改善もみられる。コカイン・チラミンは入手困難であり、アプラクロニジン試験が最も実用的である(感度88〜100%)。
橋(pons)の病変も下降性交感神経鎖と外転神経の両者に影響を及ぼしうる。しかし橋の病変では通常顔面神経も巻き込まれ、かつ生じるホルネル症候群は第1次(中枢性)であるため、ヒドロキシアムフェタミン試験は縮瞳側の散大を示し、節後性ホルネル症候群ではないことが確認される。この場合、パーキンソン徴候は否定される。
なお、海綿静脈洞内では動眼神経(III)・滑車神経(IV)・三叉神経(V1)も走行しており、これらを合併して障害する場合はパーキンソン徴候の範疇を超え、より広範な海綿静脈洞症候群として評価する必要がある。
両眼にアプラクロニジン(1%または0.5%)を点眼し、30〜45分後に瞳孔径と眼瞼位置を観察する。ホルネル症候群では脱神経過敏により縮瞳側の瞳孔が散大して瞳孔不同が逆転し、眼瞼下垂の改善もみられる。感度は88〜100%と報告されており、入手困難なコカインに代わって最も実用的な検査である。
パーキンソン徴候に対する特異的治療は存在しない。治療は同定された基礎疾患(病因)に応じて行われる。
虚血性(高血圧・糖尿病に起因)の場合は自然軽快が期待できるため、ビタミン剤・循環改善薬投与などで約6か月前後を目安に保存的に経過観察する。その間の複視に対してはプリズム眼鏡が有効である。
6か月以上経過しても改善が不十分な場合は外眼筋手術を考慮する。水平筋の前後転術のほか、高度な麻痺には上下直筋を用いた筋移動術(全幅移動術)が用いられ、良好な眼位改善効果が確認されている。
虚血性病因の場合は3〜6か月で自然改善するものが多い。それ以外の原因では基礎疾患の治療が主体となる。改善が見られない場合はプリズム眼鏡による複視軽減や、外眼筋手術(前後転術・筋移動術)を考慮する。
眼交感神経は3ニューロン経路で構成される。
海綿静脈洞後部を通過後、交感神経は鼻毛様体神経→長毛様体神経を介して瞳孔散大筋を支配し、毛様体神経節の交感神経根→短毛様体神経を介してミュラー筋・下眼瞼牽引筋を支配する。
外転神経核は橋の尾側背側、第4脳室直下に存在する。神経線維は橋延髄溝で脳幹を出てくも膜下腔に入り、ドレロ管(Dorello’s canal)内を通り硬膜を貫いて海綿静脈洞に進入する。海綿静脈洞内では内頸動脈のすぐ外側を走行し、上眼窩裂を通って眼窩に入り外直筋を支配する。外転神経は海綿静脈洞内でICAと眼交感神経の両者と隣接して走行する。
海綿静脈洞後部では、ICAを離れた眼交感神経鎖がCN VIと解剖学的に近接して(一時的に合流して)走行する。この特定部位に占拠性病変・血管病変・炎症が生じると、両者が同時に障害されてパーキンソン徴候が成立する。
この同時障害パターンは海綿静脈洞後部に極めて特異的である。橋の病変では交感神経が障害されても節後性ではなく中枢性(第1次ニューロン障害)のホルネル症候群が生じるため、パーキンソン徴候の定義(節後性ホルネル症候群 + 同側外転神経麻痺)には合致しない。この局在特異性が臨床的な診断価値の根拠となっている。