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神経眼科

眼科麻酔

眼科手術は麻酔を必要とする最も一般的な処置の一つである。1884年にKnappがコカインを眼麻酔に初めて使用して以来、麻酔法は大きく進歩した。

現在の主な麻酔の選択肢は、点眼麻酔(topical)・テノン嚢下麻酔(sub-Tenon’s)・球周囲麻酔(peribulbar)・球後麻酔(retrobulbar)などの局所麻酔法と全身麻酔である。近年は小切開手術の普及により、局所麻酔が主流となっている。日帰り・外来手術の増加とともに外来麻酔(ambulatory anesthesia)が標準化しつつある。1)

対象となる手術は白内障摘出術・角膜移植術緑内障手術・硝子体網膜手術・強膜バックリング術斜視矯正術・眼球摘出術など、ほぼすべての内眼手術に及ぶ。日本では白内障手術に点眼麻酔やテノン嚢麻酔が広く用いられ、緑内障・硝子体手術にはテノン嚢麻酔や球後麻酔が行われている。

Q 眼科手術では局所麻酔と全身麻酔のどちらが多いのか?
A

近年は局所麻酔(特に点眼麻酔)が主流である。全身麻酔は協力が得られない患者・小児・認知機能低下のある患者など、局所麻酔での手術が困難な場合に検討される。

局所麻酔を用いた眼科手術では、以下の感覚を経験することがある。

  • 麻酔投与後の一過性視力低下視神経伝導ブロックまたは視神経圧迫による虚血が原因。術前に説明しておく必要がある。
  • 注射時の疼痛:球後麻酔・テノン嚢下麻酔の注射針刺入に伴う痛み。
  • ドレープによる閉所感・息苦しさ:術野を覆うドレープ下でのCO₂蓄積が一因となることがある。

点眼麻酔

対象範囲角膜結膜・強膜の体性痛覚を抑制。虹彩毛様体の内臓痛覚は抑制不可。

特徴:0.4%オキシブプロカイン(ベノキシール®)は点眼後約16秒で発現、回復時間は平均13分。手術時は4%キシロカイン®点眼を使用。

限界:眼球運動の抑制はできず無動化は不可。

前房内麻酔

目的:点眼麻酔の補助として使用。

方法:防腐剤無添加1%リドカイン0.5 mLを前房内注入。作用時間は約10分。

注意:1%リドカインが3分以上前房内に残留すると角膜内皮に一過性変化が生じるため、超音波乳化吸引開始3分以内前に投与する。

テノン嚢下麻酔

特徴:1990年に発表された比較的新しい麻酔法。知覚・疼痛制御は球後麻酔と同等。眼球穿孔等の重篤合併症が少ない。

手技:27G鈍針で下鼻側結膜を小切開し、テノン嚢下に注入(斜筋がなく好適な部位)。

薬量:短時間手術は2%リドカイン単独1 mL(作用約1時間)。硝子体手術など長時間手術は3〜4 mL(リドカイン+長時間作用薬の混合)。

球後・球周囲麻酔

球後麻酔:筋円錐内に麻酔薬を注入。動眼・滑車・外転・視・三叉神経および毛様体神経節をブロック。眼球運動の抑制効果が最も高い。4〜6 mLを使用し、32 mm以下の針を使用する。

球周囲麻酔:25 mm以下の短針で眼球下を水平に進める。6〜10 mLと多量の麻酔薬が必要。眼球穿孔リスクは低いが、脳幹麻酔のリスクが理論的に高い。

眼球運動抑制効果の序列は「球後麻酔 > テノン嚢麻酔 > 点眼麻酔」であり、手技の容易さはこの逆順となる。

Cochranレビューでは、球周囲麻酔と球後麻酔の疼痛スコアに差はなく(MD −0.03)、眼球運動麻痺にも差はない(RR 0.98)。球周囲麻酔では結膜浮腫が多く(RR 2.11)、球後麻酔では眼瞼血腫が多い(RR 0.36)とされている。

Q テノン嚢下麻酔と球後麻酔はどう使い分けるのか?
A

テノン嚢下麻酔は重篤合併症が少なく、白内障・緑内障・硝子体手術を含む多くの内眼手術に使用できる。球後麻酔は眼球運動の抑制効果が高いが、眼球穿孔・視神経損傷のリスクがある。高度近視眼(長眼軸)では球後麻酔の合併症リスクが高まるため、テノン嚢下麻酔が推奨される場合がある。

3. 適応選択に関わるリスク要因

Section titled “3. 適応選択に関わるリスク要因”

麻酔法の選択には、患者の全身状態・眼の状態・手術の種類を総合的に考慮する。

局所麻酔の絶対的禁忌:

  • 麻酔薬に対するアレルギー
  • 眼振

球後・球周囲麻酔の相対的禁忌:

  • 長い眼軸(高軸性近視)・後部強膜ぶどう腫(staphyloma)
  • 眼球陥凹
  • 長時間手術

眼球穿孔のリスク因子としては、単なる眼軸延長よりも後部強膜ぶどう腫の存在が決定的である。球後ブロックでの眼損傷率は0.007%、球周囲ブロックでは0.022%と報告されている。

全身麻酔が検討される場合:

  • 協力が得られない患者・小児
  • 認知機能低下
  • 制御不能な神経学的運動
  • 閉所恐怖症(ドレープ使用が困難な場合)

その他の注意事項として、抗凝固薬は治療範囲内であれば継続可能とされる。抗血小板薬については明確な推奨事項はない。全身疾患(高血圧・不整脈・甲状腺疾患・糖尿病)の確認も重要で、アドレナリン添加は糖尿病・甲状腺機能亢進症・高血圧では原則禁忌である。

Q コンタクトレンズ使用者で近視が強い場合、麻酔法の選択に影響はあるか?
A

高軸性近視は球後麻酔・球周囲麻酔の相対的禁忌に当たる。特に後部強膜ぶどう腫がある場合は眼球穿孔の決定的なリスク因子となるため、テノン嚢下麻酔や点眼麻酔が優先される。

適切な麻酔法の選択と安全な手術のために、術前評価が重要である。

  • 術前全身検査:心肺機能・血圧・血糖の評価。閉所恐怖症・認知機能の把握も必要。薬剤アレルギーの確認を行う。
  • 眼軸長測定:球後麻酔を検討する場合、長い眼軸では眼球・視神経損傷リスクが高まるため測定が有用である。
  • 術前点眼:感染予防の抗菌薬点眼は手術3日前から開始する。散瞳にはミドリンP®(フェニレフリンアレルギーの場合はミドリンM®)を使用する。
  • 前投薬:不安の強い症例や外眼筋操作を伴う手術では、抗不安薬や鎮痛薬の術前投与を検討する。若年者の強い不安にはヒドロキシジン(アタラックスP®)+ペンタゾシン(ソセゴン®)の術前筋肉内注射を行う場合がある。
  • 洗眼・消毒:点眼麻酔後に睫毛根部・眼球結膜・眼瞼結膜を洗浄する。滅菌生理食塩水・0.02%クロルヘキシジン(ビデテン®液)・オゾン水・希釈ポビドンヨード(16倍程度)が使用される。ポビドンヨードは必ず室温に戻し、1分程度の接触時間を確保する。
  • 術部位間違いの防止:手術当日に術眼を標準化された方法でマーキングする。

ESCRSガイドラインでは、白内障手術の術前評価として屈折・視力・細隙灯検査・眼軸長測定・眼圧測定が推奨されている(GRADE ++)。

眼科で使用される主な局所麻酔薬の特性を以下に示す。

薬剤名分類主な用途
リドカイン(キシロカイン®)アミド型点眼・浸潤・伝達麻酔
ブピバカイン(マーカイン®)アミド型長時間手術の伝達麻酔
ロピバカイン(アナペイン®)アミド型長時間手術の伝達麻酔
オキシブプロカイン(ベノキシール®)エステル型検査・前処置用点眼

各薬剤の詳細を以下に示す。

  • リドカイン(キシロカイン®):眼科領域の第一選択薬。発現が早く安全性が高い。4%は点眼麻酔、1〜2%は浸潤・伝達麻酔に使用する。
  • ブピバカイン(マーカイン®):リドカインの4倍の力価と持続性を持つ。効果発現は約15分と遅い。心毒性(循環虚脱・心停止)があり、けいれん発症と心停止の血中濃度が近接しているため手遅れになる可能性がある。使用時はバイタルサインモニター・末梢静脈確保が必須である。
  • ロピバカイン(アナペイン®):2001年に日本で使用開始。ブピバカインの心毒性の問題を克服する目的で開発された。低毒性で防腐剤非含有のためアレルギー反応が起こりにくい。
  • オキシブプロカイン(ベノキシール®)0.4%:点眼後16秒で発現し、13分で回復する。検査・前処置用に使用する。

なお、エステル型麻酔薬は血中エステラーゼで速やかに分解されるが、アナフィラキシーリスクが高く眼科の浸潤・伝達麻酔には使用されない。アミド型は肝臓で代謝され安全性が高い。

  • ヒアルロニダーゼ:麻酔薬の拡散を促進する。
  • エピネフリン:麻酔強度増強・止血・全身吸収遅延。ただし脳血管疾患患者では使用を回避する。
  • 炭酸水素ナトリウム:pH上昇により麻酔薬の拡散を促進する。
  • 白内障手術:点眼麻酔が主流。4%リドカイン点眼を消毒前・手術開始直前に数回行う。前房内リドカイン(1%防腐剤無添加、0.5 mL、27Gまたは30G鈍針)を追加すると術中疼痛がさらに軽減される。Cochranレビューでは点眼+前房内リドカインは点眼単独と比較して術中疼痛・不快感が軽減された(MD −0.26)。ESCRSガイドラインでは点眼麻酔が最も使用頻度が高い麻酔法(GRADE ++/+++)、前房内リドカイン追加で術中疼痛がさらに軽減(GRADE ++/+++)と推奨されている。
  • 硝子体・緑内障手術:テノン嚢下麻酔を使用することが多い。硝子体手術では3〜4 mL(2%リドカイン+0.5%ブピバカインまたは0.75%ロピバカインの混合)を使用する。
  • 全身麻酔:笑気使用時は硝子体手術の液空気置換で眼内に流入し眼圧が上昇するため、置換10分前に笑気を切る。斜視手術・強膜内陥術では迷走神経反射による徐脈に注意する。

Cochranレビューでは、テノン嚢下麻酔と点眼麻酔を比較した場合、術中疼痛はテノン嚢下麻酔が少なく(SMD 0.64)、術後24時間の疼痛は点眼麻酔が少ない傾向があるが統計的有意差はない(SMD −0.20)とされている。

Q 白内障手術の麻酔は痛いのか?
A

白内障手術では針を使用しない点眼麻酔が主流であり、多くの場合ほとんど痛みはない。さらに前房内リドカインを追加することで術中疼痛がより軽減される。Cochranレビューでもこの組み合わせの有効性が確認されている。

6. 麻酔の作用機序と合併症の病態生理

Section titled “6. 麻酔の作用機序と合併症の病態生理”

リドカインに代表されるアミド型局所麻酔薬は、神経膜のナトリウムチャネルをブロックして活動電位を不活性化し、神経伝達を遮断する。

眼の痛覚は以下の2種類に分類される。

  • 体性痛覚:角膜・結膜・強膜が機械的・温度刺激を受けた場合に生じる。点眼麻酔で抑制可能。
  • 内臓痛覚:虹彩・毛様体の伸展・収縮・炎症・化学薬品刺激に対して生じる。点眼麻酔では抑制できない。
  • 局所麻酔中毒:即時型(秒単位、血管内投与)はけいれん・意識消失・循環虚脱を起こす。遅発型(約30分後、血中濃度上昇)は段階的に発現する。初期症状は口・舌のうずきで、めまい・耳鳴・興奮へと進行し、最終的に意識消失・けいれん→呼吸停止→循環虚脱に至る。
  • 脳幹麻酔:視神経鞘や眼窩の孔を通じた麻酔薬の拡散により発生する。呼吸困難・不全失語・高血圧・頻脈・意識消失が生じる。呼吸管理・血圧安定化などの支持療法が不可欠である。
  • 眼心臓反射:外眼筋や結膜の操作による迷走神経反射。局所麻酔下では稀だが、全身麻酔下では50〜80%で発生する。不整脈・低血圧を惹起する。
  • 球後出血:動脈性は急速に拡大し眼圧が上昇する。視神経蒼白を伴う場合は外眥切開(canthotomy)を含む減圧処置が必要となる。
  • 眼圧変化:全身麻酔下では眼圧が実際より約4〜6 mmHg低く測定される。小児緑内障の治療計画に影響する。1)

局所麻酔中毒の段階的進行と対応を以下に示す。

段階症状対応
初期口・舌のうずき、めまい、耳鳴投与中止・経過観察
中期興奮・不安・多弁酸素投与・モニタリング強化
後期意識消失・けいれん気道確保・ジアゼパム投与
重篤呼吸停止・循環虚脱心肺蘇生・脂肪乳剤投与
Q 局所麻酔中毒はどのように発見するのか?
A

初期症状は口・舌のうずき、めまい、耳鳴であり、これらが段階的に進行して意識消失・循環虚脱に至る。注射後は患者の言動・バイタルサインを注意深く観察し、初期症状を見逃さないことが重要である。


7. 最新の研究と今後の展望(研究段階の報告)

Section titled “7. 最新の研究と今後の展望(研究段階の報告)”

以下は最新のナラティブレビューで報告された新規薬剤・技術の動向である。1)

新規鎮静・全身麻酔薬

レミマゾラムは超短時間作用型ベンゾジアゼピンであり、MAC・全身麻酔において注目されている。吸入製剤はレミフェンタニルとの併用で鎮痛効果を有意に増強するとの動物実験データがある(有害肺イベントなし)。1)

ADV6209(新規経口ミダゾラム製剤)は作用時間の延長と味の改善が特徴で、薬物動態パラメータは従来製剤と同等であると報告されている。1)

**JM1232(MR04A3)**は非ベンゾジアゼピン系GABAA調節薬である。フルマゼニルで拮抗可能で、1%水溶液は速やかな発現と血行動態への影響が最小とされる。1)

**Alphaxalone(Phaxan™)**は注射痛がなく、迅速な発現と短い持続時間、血行動態への影響が少なく早期の認知回復が期待される。1)

AZD3043は水不溶性製剤で注射痛がなく、迅速な導入・排泄が特徴である。ただし紅斑・呼吸困難・不随意運動の副作用が報告されている。1)

新規局所麻酔・補助技術

**DTFNB(deep topical fornix nerve block)**は点眼麻酔の安全性と球後麻酔の広範な解剖学的分布を統合した手法である。ロピバカイン0.2%がブピバカインより優位(血管収縮効果・長い作用時間)とされる。1)

Mydrane®(トロピカミド/フェニレフリン/リドカイン配合)は成人白内障手術の前房内使用で承認された初の固定用量散瞳・麻酔薬配合剤で、第3相試験で有望な結果が報告されている。1)

超音波ガイド下眼科局所麻酔では、テノン嚢下ブロックのT-sign評価・カラードプラによる眼血流モニタリング・超音波生体顕微鏡(UBM)や超高速3Dスキャン付きB-probeの応用が研究されている。1)

BISモニタリングとオピオイド問題

BIS値40〜60と適切な筋弛緩で好ましい眼位が予測されるとされ、全身麻酔下の眼科手術の安全性向上に寄与する可能性がある。1)

術後オピオイド依存・乱用の問題から、標準化された処方ガイドラインの策定が提唱されている。デクスメデトミジンによるオピオイド代替は重度徐脈・低酸素血症の問題で早期中止された試験がある。1)


  1. Upadhyay P, Ichhpujani P, Solanki A. Recent trends in anesthetic agents and techniques for ophthalmic anesthesia. J Anaesthesiol Clin Pharmacol. 2023;39:343-348.

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