点眼麻酔
対象範囲:角膜・結膜・強膜の体性痛覚を抑制。虹彩・毛様体の内臓痛覚は抑制不可。
特徴:0.4%オキシブプロカイン(ベノキシール®)は点眼後約16秒で発現、回復時間は平均13分。手術時は4%キシロカイン®点眼を使用。
限界:眼球運動の抑制はできず無動化は不可。

眼科手術は麻酔を必要とする最も一般的な処置の一つである。1884年にKnappがコカインを眼麻酔に初めて使用して以来、麻酔法は大きく進歩した。
現在の主な麻酔の選択肢は、点眼麻酔(topical)・テノン嚢下麻酔(sub-Tenon’s)・球周囲麻酔(peribulbar)・球後麻酔(retrobulbar)などの局所麻酔法と全身麻酔である。近年は小切開手術の普及により、局所麻酔が主流となっている。日帰り・外来手術の増加とともに外来麻酔(ambulatory anesthesia)が標準化しつつある。1)
対象となる手術は白内障摘出術・角膜移植術・緑内障手術・硝子体網膜手術・強膜バックリング術・斜視矯正術・眼球摘出術など、ほぼすべての内眼手術に及ぶ。日本では白内障手術に点眼麻酔やテノン嚢麻酔が広く用いられ、緑内障・硝子体手術にはテノン嚢麻酔や球後麻酔が行われている。
近年は局所麻酔(特に点眼麻酔)が主流である。全身麻酔は協力が得られない患者・小児・認知機能低下のある患者など、局所麻酔での手術が困難な場合に検討される。
局所麻酔を用いた眼科手術では、以下の感覚を経験することがある。
点眼麻酔
対象範囲:角膜・結膜・強膜の体性痛覚を抑制。虹彩・毛様体の内臓痛覚は抑制不可。
特徴:0.4%オキシブプロカイン(ベノキシール®)は点眼後約16秒で発現、回復時間は平均13分。手術時は4%キシロカイン®点眼を使用。
限界:眼球運動の抑制はできず無動化は不可。
前房内麻酔
目的:点眼麻酔の補助として使用。
方法:防腐剤無添加1%リドカイン0.5 mLを前房内注入。作用時間は約10分。
注意:1%リドカインが3分以上前房内に残留すると角膜内皮に一過性変化が生じるため、超音波乳化吸引開始3分以内前に投与する。
テノン嚢下麻酔
特徴:1990年に発表された比較的新しい麻酔法。知覚・疼痛制御は球後麻酔と同等。眼球穿孔等の重篤合併症が少ない。
手技:27G鈍針で下鼻側結膜を小切開し、テノン嚢下に注入(斜筋がなく好適な部位)。
薬量:短時間手術は2%リドカイン単独1 mL(作用約1時間)。硝子体手術など長時間手術は3〜4 mL(リドカイン+長時間作用薬の混合)。
球後・球周囲麻酔
球後麻酔:筋円錐内に麻酔薬を注入。動眼・滑車・外転・視・三叉神経および毛様体神経節をブロック。眼球運動の抑制効果が最も高い。4〜6 mLを使用し、32 mm以下の針を使用する。
球周囲麻酔:25 mm以下の短針で眼球下を水平に進める。6〜10 mLと多量の麻酔薬が必要。眼球穿孔リスクは低いが、脳幹麻酔のリスクが理論的に高い。
眼球運動抑制効果の序列は「球後麻酔 > テノン嚢麻酔 > 点眼麻酔」であり、手技の容易さはこの逆順となる。
Cochranレビューでは、球周囲麻酔と球後麻酔の疼痛スコアに差はなく(MD −0.03)、眼球運動麻痺にも差はない(RR 0.98)。球周囲麻酔では結膜浮腫が多く(RR 2.11)、球後麻酔では眼瞼血腫が多い(RR 0.36)とされている。
テノン嚢下麻酔は重篤合併症が少なく、白内障・緑内障・硝子体手術を含む多くの内眼手術に使用できる。球後麻酔は眼球運動の抑制効果が高いが、眼球穿孔・視神経損傷のリスクがある。高度近視眼(長眼軸)では球後麻酔の合併症リスクが高まるため、テノン嚢下麻酔が推奨される場合がある。
麻酔法の選択には、患者の全身状態・眼の状態・手術の種類を総合的に考慮する。
局所麻酔の絶対的禁忌:
球後・球周囲麻酔の相対的禁忌:
眼球穿孔のリスク因子としては、単なる眼軸延長よりも後部強膜ぶどう腫の存在が決定的である。球後ブロックでの眼損傷率は0.007%、球周囲ブロックでは0.022%と報告されている。
全身麻酔が検討される場合:
その他の注意事項として、抗凝固薬は治療範囲内であれば継続可能とされる。抗血小板薬については明確な推奨事項はない。全身疾患(高血圧・不整脈・甲状腺疾患・糖尿病)の確認も重要で、アドレナリン添加は糖尿病・甲状腺機能亢進症・高血圧では原則禁忌である。
高軸性近視は球後麻酔・球周囲麻酔の相対的禁忌に当たる。特に後部強膜ぶどう腫がある場合は眼球穿孔の決定的なリスク因子となるため、テノン嚢下麻酔や点眼麻酔が優先される。
適切な麻酔法の選択と安全な手術のために、術前評価が重要である。
ESCRSガイドラインでは、白内障手術の術前評価として屈折・視力・細隙灯検査・眼軸長測定・眼圧測定が推奨されている(GRADE ++)。
眼科で使用される主な局所麻酔薬の特性を以下に示す。
| 薬剤名 | 分類 | 主な用途 |
|---|---|---|
| リドカイン(キシロカイン®) | アミド型 | 点眼・浸潤・伝達麻酔 |
| ブピバカイン(マーカイン®) | アミド型 | 長時間手術の伝達麻酔 |
| ロピバカイン(アナペイン®) | アミド型 | 長時間手術の伝達麻酔 |
| オキシブプロカイン(ベノキシール®) | エステル型 | 検査・前処置用点眼 |
各薬剤の詳細を以下に示す。
なお、エステル型麻酔薬は血中エステラーゼで速やかに分解されるが、アナフィラキシーリスクが高く眼科の浸潤・伝達麻酔には使用されない。アミド型は肝臓で代謝され安全性が高い。
Cochranレビューでは、テノン嚢下麻酔と点眼麻酔を比較した場合、術中疼痛はテノン嚢下麻酔が少なく(SMD 0.64)、術後24時間の疼痛は点眼麻酔が少ない傾向があるが統計的有意差はない(SMD −0.20)とされている。
白内障手術では針を使用しない点眼麻酔が主流であり、多くの場合ほとんど痛みはない。さらに前房内リドカインを追加することで術中疼痛がより軽減される。Cochranレビューでもこの組み合わせの有効性が確認されている。
リドカインに代表されるアミド型局所麻酔薬は、神経膜のナトリウムチャネルをブロックして活動電位を不活性化し、神経伝達を遮断する。
眼の痛覚は以下の2種類に分類される。
局所麻酔中毒の段階的進行と対応を以下に示す。
| 段階 | 症状 | 対応 |
|---|---|---|
| 初期 | 口・舌のうずき、めまい、耳鳴 | 投与中止・経過観察 |
| 中期 | 興奮・不安・多弁 | 酸素投与・モニタリング強化 |
| 後期 | 意識消失・けいれん | 気道確保・ジアゼパム投与 |
| 重篤 | 呼吸停止・循環虚脱 | 心肺蘇生・脂肪乳剤投与 |
初期症状は口・舌のうずき、めまい、耳鳴であり、これらが段階的に進行して意識消失・循環虚脱に至る。注射後は患者の言動・バイタルサインを注意深く観察し、初期症状を見逃さないことが重要である。
以下は最新のナラティブレビューで報告された新規薬剤・技術の動向である。1)
新規鎮静・全身麻酔薬
レミマゾラムは超短時間作用型ベンゾジアゼピンであり、MAC・全身麻酔において注目されている。吸入製剤はレミフェンタニルとの併用で鎮痛効果を有意に増強するとの動物実験データがある(有害肺イベントなし)。1)
ADV6209(新規経口ミダゾラム製剤)は作用時間の延長と味の改善が特徴で、薬物動態パラメータは従来製剤と同等であると報告されている。1)
**JM1232(MR04A3)**は非ベンゾジアゼピン系GABAA調節薬である。フルマゼニルで拮抗可能で、1%水溶液は速やかな発現と血行動態への影響が最小とされる。1)
**Alphaxalone(Phaxan™)**は注射痛がなく、迅速な発現と短い持続時間、血行動態への影響が少なく早期の認知回復が期待される。1)
AZD3043は水不溶性製剤で注射痛がなく、迅速な導入・排泄が特徴である。ただし紅斑・呼吸困難・不随意運動の副作用が報告されている。1)
新規局所麻酔・補助技術
**DTFNB(deep topical fornix nerve block)**は点眼麻酔の安全性と球後麻酔の広範な解剖学的分布を統合した手法である。ロピバカイン0.2%がブピバカインより優位(血管収縮効果・長い作用時間)とされる。1)
Mydrane®(トロピカミド/フェニレフリン/リドカイン配合)は成人白内障手術の前房内使用で承認された初の固定用量散瞳・麻酔薬配合剤で、第3相試験で有望な結果が報告されている。1)
超音波ガイド下眼科局所麻酔では、テノン嚢下ブロックのT-sign評価・カラードプラによる眼血流モニタリング・超音波生体顕微鏡(UBM)や超高速3Dスキャン付きB-probeの応用が研究されている。1)
BISモニタリングとオピオイド問題
BIS値40〜60と適切な筋弛緩で好ましい眼位が予測されるとされ、全身麻酔下の眼科手術の安全性向上に寄与する可能性がある。1)
術後オピオイド依存・乱用の問題から、標準化された処方ガイドラインの策定が提唱されている。デクスメデトミジンによるオピオイド代替は重度徐脈・低酸素血症の問題で早期中止された試験がある。1)