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神経眼科

脊索腫の神経眼科学的徴候

1. 脊索腫の神経眼科学的徴候とは

Section titled “1. 脊索腫の神経眼科学的徴候とは”

脊索腫(chordoma)は、脊索(notochord)の遺残組織から発生する稀な低悪性度の骨の悪性腫瘍である。1857年にRudolf Virchowが斜台の腫瘍として初めて記載した2)

全骨悪性腫瘍の1〜4%を占め、年間罹患率は10万人あたり0.088人と推定される。発生率は国・人種によって0.18〜0.84/100万人/年と幅がある3)。診断時年齢の中央値は58.5歳で、75〜84歳で最高頻度を示す。

発生部位は仙骨50%、頭蓋底30%、脊椎20%に分布する4)。頭蓋底脊索腫は椎骨脊索腫に比べ若年で診断される傾向があり、頭蓋底の92%は斜台に発生する。斜台脊索腫は海綿静脈洞や上眼窩裂方向に進展することで、外転神経麻痺をはじめとした脳神経麻痺を引き起こし、神経眼科学的症状を呈する。

組織分類はWHO分類に基づき、conventional型(約95%)、chondroid型(5〜15%)、dedifferentiated型、poorly differentiated型の4型がある2)

生存期間中央値は6.29〜7.7年で3)、5年生存率は50〜70%、10年生存率は約40%、20年生存率は13.1%と長期予後は不良である。

以下に主な疫学データをまとめる。

指標数値
全骨悪性腫瘍に占める割合1〜4%
年間罹患率0.088/10万人
診断時年齢中央値58.5歳
5年生存率50〜70%
10年生存率約40%
生存期間中央値6.29〜7.7年
Q 脊索腫はどのくらい稀な腫瘍か?
A

全骨悪性腫瘍の1〜4%を占め、年間罹患率は10万人あたり0.088人と推定される。生存期間中央値は6.29〜7.7年であり3)、長期経過観察が必要な疾患である。

頭蓋底脊索腫の自覚症状は、腫瘍が圧迫する脳神経の種類と増殖方向によって多様である。

  • 頭痛:48例研究で67%、63例研究で57%に認められる最多の自覚症状。
  • 複視:48例研究で54%、63例研究で70%。間欠性複視は48例研究で25%に認められる。
  • 視力低下:48例研究で8%、63例研究で16%。
  • 顔面のしびれ:48例研究で2%、63例研究で6%。三叉神経への浸潤を示唆する。
  • 顔面の脱力:48例研究で2%、63例研究で5%。
  • 嚥下障害・構音障害:下方への進展で生じる。48例研究で8%。
  • 運動失調:63例研究で17%。

臨床所見(医師が診察で確認する所見)

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外転神経(第VI脳神経)麻痺が最も多い臨床所見である。外転神経は橋から出て蝶形骨斜台を長く上行し、錐体蝶形骨靱帯を経て海綿静脈洞に入り、上眼窩裂を通って外直筋に至る。この斜台上行路が長いため、斜台部腫瘍による圧迫を受けやすい解剖学的特徴を持つ。外転神経麻痺の原因として腫瘍は約26%を占める。

外転神経(VI)麻痺

最多の脳神経麻痺:48例研究で46%(片側29%、両側6%)、63例研究で56%に認められる。

臨床像:患側への外転障害、内斜視、水平複視。

63例研究の内訳:左外転神経麻痺単独24%、両側外転神経麻痺10%、右外転神経麻痺5%。

動眼・滑車神経(III・IV)麻痺

動眼神経(III)麻痺:48例研究で6%、63例研究で22%。眼瞼下垂瞳孔散大・眼球運動障害を呈する。

滑車神経(IV)麻痺:48例研究で2%、63例研究で8%。垂直複視・頭部傾斜(head tilt)が特徴的。

III・IV・VI全障害:2〜3%。眼窩先端部症候群・海綿静脈洞症候群に相当し、全眼球運動障害に三叉神経第一枝障害・視神経障害を合併する。

その他の神経眼科学的所見として以下が認められる。

  • 視野欠損:63例研究で24%。視神経・視交叉への圧迫による。自動視野計で接合部暗点(junctional scotoma)やトラクエア接合部暗点を検索する。
  • 視神経萎縮乳頭浮腫:63例研究で19%。圧迫性視神経症では乳頭蒼白化・RAPD・視力低下・視野異常を呈する。うっ血乳頭は頭蓋内圧亢進による両眼性乳頭腫脹として認められる。
  • 圧迫性視神経症・孤立性滑車神経麻痺:個別の症例報告が存在する。

外転神経麻痺の診断には、内斜視の確認、外転運動の制限(カバーテスト・Hessチャート)が基本となる。頭部CT・MRIで脳幹・脳底部・海綿静脈洞・眼窩領域の病変を検索する。

Q 脊索腫で最も多い眼の症状は何か?
A

複視が初発症状として最も多く(54〜70%)、外転神経麻痺が最多の臨床所見(46〜56%)である。外転神経は斜台を上行する解剖学的特徴から斜台脊索腫による圧迫を受けやすく、内斜視・水平複視を呈する。

脊索腫は、椎体や軸骨格に残存する未分化な脊索細胞(脊索遺残)から発生する。

  • T遺伝子の重複:brachyury転写因子をコードするT遺伝子の重複が脊索腫のメカニズムの一つである。brachyuryは脊索の発達に関与する転写因子であり、脊索腫細胞で過剰発現する。
  • 散発性が主体:ほとんどは散発性だが、稀に家族性(T遺伝子の生殖細胞系列重複)の報告がある。
  • 環境的リスク要因は特定されていない
  • 性差:男性は疾患進行・死亡リスクが高い傾向がある。全脊索腫の系統的レビューでは女性がPFS(無増悪生存期間)の不良因子とされる場合もある。
  • PFS不良因子:高齢、腫瘍の大きさ、不完全切除、転移、再発、組織学的分化度の低下。
  • 負の予後因子:陽性切除断端、腫瘍壊死、Ki-67高値、局所再発4)
  • 分子的背景:brachyuryの過剰発現→上皮間葉転換(EMT)促進→運動性・浸潤性・薬剤耐性の向上2)。PTEN・CDKN2A(p16)の同時消失は予後不良と関連する2)

頭部CT・MRIによる画像評価が基本となる。

  • MRI:T1強調で低〜中等信号、T2強調で非常に高信号、造影で中等度〜著明な増強を示す。海綿静脈洞・上眼窩裂への進展、視神経・視交叉の圧排の評価に有用。頭蓋内圧亢進が疑われる場合はMR venogramで静脈洞血栓症・水頭症・占拠性病変を除外する。
  • CT:石灰化・骨破壊(斜台の骨吸収)を可視化する。MRIと組み合わせて腫瘍の範囲を評価する。
  • 視野検査:自動視野計による接合部暗点・トラクエア接合部暗点の検索。
  • 眼球運動評価:カバーテスト・Hessチャートによる外転神経麻痺の定量的評価。
  • 眼底検査:視神経萎縮・乳頭浮腫の評価。

確定診断には生検が必要である。

  • brachyury:脊索腫に対して高い感度と特異度を持ち、軟骨肉腫との鑑別に最も重要な免疫組織化学マーカーである2)
  • サイトケラチン(CK)・EMA・S-100:脊索腫で陽性。軟骨肉腫もS-100陽性であるが、brachyuryは陰性。

脊索腫と軟骨肉腫の鑑別は特に重要である。両者は発生部位・免疫組織化学プロファイルで区別する。

項目脊索腫軟骨肉腫
発生部位正中線(斜台)側頭骨由来
brachyury陽性陰性
S-100陽性陽性

その他の鑑別疾患として以下が挙げられる。

  • ecchordosis physaliphora:脊索遺残由来の良性過誤腫性病変。無症状で骨内にとどまり、造影増強なし3)
  • 眼窩先端部症候群・海綿静脈洞症候群の鑑別:炎症(Tolosa-Hunt症候群)、腫瘍(副鼻腔腫瘍・転移性腫瘍)、血管性(動脈瘤)、外傷との鑑別が必要。
Q 脊索腫と軟骨肉腫はどう見分けるのか?
A

免疫組織化学検査でbrachyury陽性は脊索腫に特異的であり、軟骨肉腫との最も重要な鑑別点となる2)。また脊索腫は正中線上(斜台)に発生するのに対し、軟骨肉腫は側頭骨由来であることが多い。両者ともS-100陽性を示す点に注意が必要である。

外科的切除が治療の主軸となる。

  • en bloc切除(一塊切除):辺縁陰性のen bloc切除は5年以上の無病期間と関連する唯一の因子である4)。頭蓋底ではen bloc切除の実現が困難な場合が多い。仙骨脊索腫の約半分でのみen bloc切除が可能とされる。
  • 切除+放射線療法の5年生存率:陽性断端でも82%(切除単独71%)。

外科的切除後、または切除不能例に使用する。

  • 高線量放射線療法:70〜74Gyの高線量が第一選択1)。通常照射では周囲正常組織への影響が課題となる。
  • プロトンビーム療法:腫瘍に集中して放射線量を照射し、周囲組織への影響を軽減する4)。頭蓋底脊索腫の第一選択として位置づけられる施設も多い。
  • 炭素イオン線療法:通常放射線療法より強い腫瘍制御効果の可能性がある2)

脊索腫は化学療法抵抗性の腫瘍であり、通常は感受性が低い。Phase II試験でnitrocamptothecinの奏効は15例中1例のみであった1)。主な治療は外科的切除と放射線療法の組み合わせである。

外転神経麻痺に対する対症療法

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脊索腫の原因治療が第一優先だが、麻痺が残存する場合は以下の眼科的対症療法を行う。

  • 保存的経過観察:末梢循環障害による麻痺では、ビタミン剤・循環改善薬を用いて約6か月経過観察する。
  • プリズム眼鏡:軽度の麻痺で複視が残る場合に処方する。
  • 外眼筋手術(前後転術・筋移動術:保存的治療で改善しない場合に適応となる。高度麻痺(外転で眼球が正中を越えない)では上・下直筋の筋移動術を推奨する。近年、低侵襲の上下直筋全幅移動術が開発され、良好な眼位改善効果が確認されている。
Q 脊索腫に化学療法は効くのか?
A

脊索腫は化学療法抵抗性の腫瘍であり、通常の化学療法への感受性は低い1)。標準治療は外科的切除と放射線療法(プロトンビーム療法を含む)の併用である。研究段階の分子標的薬については「最新の研究と今後の展望」の項を参照。

6. 病態生理学・詳細な発症機序

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脊索腫は脊索遺残から発生する。脊索細胞は大きな細胞内空胞を有し、コラーゲン・ラミニン・プロテオグリカンに富む脊索鞘に囲まれる2)

組織型ごとの特徴は以下の通りである。

  • Conventional型(約95%):physaliphorous cells(大型空胞を持つ泡沫状細胞)と粘液基質を特徴とする2)
  • Chondroid型(5〜15%):頭蓋底に好発し、硝子軟骨に類似した基質を有する2)
  • Dedifferentiated型:高悪性度の肉腫様変化を伴う二相性腫瘍2)
  • Poorly differentiated型:小型の紡錘形または類上皮細胞でphysaliphorous cellsを欠き、SMARCB1/INI1の消失と関連する2)

免疫組織化学プロファイルはbrachyury・cytokeratin・EMA・S-100の陽性を示す。放射線療法後にはS-100・brachyury発現の消失が生じることがある2)

brachyury(T遺伝子産物)は脊索の発達に関与する転写因子である。T遺伝子の重複が家族性脊索腫のメカニズムの一つであり、散発例でも過剰発現が認められる。

brachyuryの過剰発現は上皮間葉転換(EMT)を促進し、腫瘍細胞の運動性・浸潤性・薬剤耐性を高める2)。PTEN・CDKN2A(p16)の同時消失はKi-67上昇・転移リスク増加・生存期間短縮と関連する2)

斜台脊索腫が増殖すると、海綿静脈洞・上眼窩裂方向へ進展し脳神経を圧迫する。外転神経は橋の核(第四脳室底に突出)から起始し、蝶形骨斜台を長く上行して錐体蝶形骨靱帯の下を通り、海綿静脈洞外側壁を走行して上眼窩裂を通過し外直筋に至る。この長い斜台上行路が斜台部腫瘍からの圧迫を受けやすい解剖学的特徴であり、外転神経麻痺が最多の脳神経障害となる理由である。

腫瘍が視神経を圧迫すると、乳頭腫脹・蒼白化・RAPD・視力低下・視野異常を引き起こす。頭蓋内圧亢進による両眼性うっ血乳頭も認められる。


7. 最新の研究と今後の展望(研究段階の報告)

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承認された分子標的薬は現時点で存在しない1)。以下は研究・使用段階の治療選択肢である。

Apps J, et al.(2023)は、200例以上でimatinib(PDGFR阻害薬)が使用されたが奏効率は低く、PDGFR発現との関連の可能性を報告した1)。imatinib + everolimus併用は43例の進行性脊索腫で奏効率20.9%(Choi基準)を示し、mTOR経路の活性化との関連が示唆された1)

  • imatinib(PDGFR阻害):Chordoma Consensus Groupは進行・再発例の緩和的選択肢として合理的と評価している1)
  • sorafenib:imatinibと同様に緩和的選択肢として位置づけられる1)
  • その他の標的:EGFR阻害、血管新生阻害、EZH2阻害薬、免疫チェックポイント阻害薬、brachyuryワクチンが研究されている1)

Silva Junior LFM, et al.(2025)は、35歳女性の斜台脊索腫がCOVID-19感染後に98.9%縮小した症例を報告した3)。腫瘍浸潤T細胞(CD3+)・マクロファージ(CD68+)の存在とNK細胞(CD56)の不在を確認し、SARS-CoV-2による交差反応性T細胞の活性化を介した抗腫瘍免疫応答の可能性を示唆した3)。過去4例の自然退縮(E. coli感染後の完全退縮、M. marinum感染後の33%縮小など)も報告されている3)

Apps J, et al.(2023)は、結節性硬化症を合併した乳児巨大斜台脊索腫の13年間の経過を報告した1)。imatinib + sirolimus、everolimus、ifosfamide・doxorubicin、carboplatin・etoposide含有レジメン、外科的切除、54Gy光子線放射線療法を経たが、13歳3か月で死亡した。小児脊索腫における分子標的治療・化学療法の限定的効果を示す症例として報告されている1)


  1. Apps J, Majumdar S, Bhangoo R, et al. A 13-year patient journey of infant giant clival chordoma: case report and literature review. Child Nerv Syst. 2023;39:1283-1293.
  2. Tena Suck ML, Ríos-Martínez S, Cortés-Martínez Y, et al. Degenerative Atypia in Clival Chordoma: Two Case Reports. Cureus. 2024;16:e67684.
  3. Silva Junior LFM, Macedo GL, Gonçalves M, et al. Chordoma Spontaneous Regression After COVID-19. Viruses. 2025;17:141.
  4. Kassels AC, Mubang RN, Martin GP, et al. Thoracic chordoma in a 36-year-old female. J Surg Case Rep. 2022;2022:rjac516.

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