腫瘍(33%)
脊髄上衣腫:最も頻度の高い腫瘍性原因
多発性骨髄腫:CSFタンパク1,500 mg/dL超の報告あり
髄膜癌腫症:悪性黒色腫・血液悪性腫瘍など
膠芽腫・固形腫瘍転移:CSF播種によるCSF閉塞

フロアン症候群(Froin syndrome; FS)は、脊髄レベルの脳脊髄液(CSF)循環障害に続発し、以下の三徴を呈する症候群である。
1903年、フランスの神経内科医Georges Froin(1874–1964)が梅毒性髄膜炎患者の腰椎穿刺で黄色変・過凝固・リンパ球増加のCSFを初めて記載した1)。なお黄色変の用語自体は1902年にMillianとChirayがクモ膜下出血の症例で提唱したものである1)。1924年にGreenfieldが病態生理を初めて記述し、1936年にはRobinsonとMillerが動物実験で脊髄圧迫後に同様のCSF所見が再現できることを示した1)。
疫学データはきわめて限られる。1903年以降2023年までの包括的文献レビューでも36症例の記載にとどまり1)、正確な発生率・有病率は不明である。報告症例の男性比率は80%、平均年齢は51歳である1)。
1903年の初報告以降、2023年までに報告された症例は文献レビューで36例にとどまり1)、発生率・有病率の正確なデータはない。報告症例の80%が男性で、平均年齢は51歳である。
FSの症状は基礎疾患および頭蓋内圧亢進によるものが混在する。Jacobsらによる36症例のレビューでは以下の頻度が報告されている1)。
| 症状 | 頻度 |
|---|---|
| 下肢麻痺・不全麻痺 | 64% |
| 背部痛 | 38% |
| 意識障害・混乱 | 23% |
| 坐骨神経痛・頭痛・感覚障害 | 各17% |
| 尿閉・失禁 | 14% |
| 視力障害 | 3% |
眼科的自覚症状は頭蓋内圧亢進に起因する。
眼科的には以下の所見が認められる。
全身所見は基礎疾患に依存し、脊髄圧迫徴候(筋力低下・感覚障害・腱反射異常)や髄膜刺激徴候を呈する。
FSの原因はCSF循環を閉塞する病態であれば多岐にわたる。Jacobsらによる文献レビューでは以下の分類が報告されている1)。
腫瘍(33%)
脊髄上衣腫:最も頻度の高い腫瘍性原因
多発性骨髄腫:CSFタンパク1,500 mg/dL超の報告あり
髄膜癌腫症:悪性黒色腫・血液悪性腫瘍など
膠芽腫・固形腫瘍転移:CSF播種によるCSF閉塞
機械的原因(27%)
変性脊柱管狭窄・椎間板ヘルニア:最も多い非悪性原因
外傷・脊髄損傷:外傷後の血腫・瘢痕形成
医原性:脳定位生検後など
脊髄硬膜外脂肪腫症・類皮嚢腫:稀な良性病変
感染(27%)
結核性髄膜炎・ポット病:脊椎結核によるCSF閉塞
脊髄円錐結核腫:脊髄内結核性肉芽腫
細菌性硬膜外膿瘍:急性経過をとることがある
水痘帯状疱疹ウイルス脳炎:稀な原因
炎症・血管(各6.5%)
CSFタンパク値は原因によって異なる。感染性原因では75〜500 mg/dL程度、脊髄閉塞では500 mg/dL以上となることが多く、文献上の平均値は2,800 mg/dLに達する1)。正常CSFタンパクは10〜50 mg/dLである1)。
文献レビューでは腫瘍が33%と最多であり、非悪性機械的原因と感染がそれぞれ27%と続く1)。脊髄のCSF流路を閉塞する病態が共通の発症機序となる。
FSの診断に最も重要な検査である。閉塞レベルより下方で採取したCSFに特徴的な三徴(黄色変・高タンパク・過凝固)が認められる。
採取後ただちにルーチン分析を行う:タンパク・アルブミン・免疫グロブリン・グルコース・乳酸・細胞数・細胞診1)。黄色変のあるCSFでは、外傷性穿刺との鑑別に分光光度分析が推奨される1)。
腰椎穿刺で「ドライタップ」(CSF採取不能)となることがある。脊髄腫瘤による完全閉塞、髄圧の著明な低下(1 cmH₂O未満)、またはCSF粘稠度の高さが原因として考えられる1)。
既存の脳室腹腔シャント(VPシャント)がある患者では、シャント由来CSFと腰椎CSFの並行分析が診断確定に有用である。Friesらの報告した症例では、腰椎CSFタンパク938 mg/dL(正常値の約20倍)に対しVPシャントCSFタンパク70 mg/dLという著明な解離が認められ、頸椎脊柱管狭窄症によるFSが確定した2)。
CSF開放圧は25 cmH₂O超で異常高値と判定する。
| 検査項目 | 腰椎CSF(Fries 2023症例)2) | VPシャントCSF |
|---|---|---|
| タンパク | 938 mg/dL | 70 mg/dL |
| アルブミン | 7,240 mg/L | 421 mg/L |
| 白血球 | 4/μL | 1/μL |
| 乳酸 | 2.5 mmol/L | 正常範囲 |
特発性頭蓋内圧亢進症(IIH)との鑑別が重要である。頭部MRI・MRVが正常でも脊髄病変によるFSの可能性がある。その他、髄膜炎・脊髄腫瘍・脊髄硬膜外膿瘍・ギラン・バレー症候群との鑑別を要する。
脊髄腫瘤などによるCSF完全閉塞でドライタップが生じうる1)。FSを疑い、速やかに脊椎MRIを施行して閉塞原因を同定すべきである。
基礎疾患の根治的治療が最優先である。
乳頭浮腫に対する治療は、早期開始が視機能温存の鍵となる。治療が遅延すると視機能障害が不可逆性となるため、眼科医は早期に頭蓋内圧上昇の危険を察知し、速やかに脳神経外科へ依頼する。
Jacobsらの36症例レビューによれば1)、転帰は以下の通りである。
診断の遅れが回復不良に寄与すると報告されている1)。
Jacobsらの文献レビューでは、完全回復22%・死亡22%・後遺症残存14%と報告されている1)。基礎疾患の種類と診断・治療の速やかさが予後を大きく左右する。転帰不明例が36%と多い点にも留意が必要である。
FSの発症には2つの病態生理学的機序が提唱されている1)。
漿液性機序
別名:pseudo-FS(偽フロアン症候群)
基盤:純粋な機械的CSF閉塞(椎間板ヘルニア・腫瘍など)
機序:圧迫部より下方で髄圧が低下→クモ膜絨毛によるCSF吸収が阻害→CSF停滞→拡張した軟膜静脈からの滲出(transudation)
CSF所見:赤血球・ヘモグロビンを認めない。フィブリン・フィブリノーゲン・アルブミンが上昇
炎症性/溶血性機序
基盤:感染・腫瘍・外傷による髄膜/脊髄の炎症
機序:毛細血管出血+血管内容の漏出→ヘモグロビンのビリルビンへの変換→CSFの黄色変
付加因子:血液脳関門の破壊が炎症性タンパク質の移行を促進
CSF所見:溶血産物(ビリルビン・メトヘモグロビン)を認める
心拍に同期した動脈壁の拍動により脳血管周囲腔のCSF拍動流が駆動される。脊髄狭窄・腫瘍による圧迫がこの拍動流を阻害し、閉塞上位では正常CSF、閉塞下位では異常CSFという解離が生じる2)。筋肉運動による腰部CSF腔の能動的排出が、圧迫下位の低圧状態をさらに助長することも指摘されている1)。
可溶性フィブリンモノマー複合体または高フィブリノーゲン濃度による1)。CSFタンパク上昇がCSF粘度に有意な影響を及ぼすかどうかは議論があり、体温下では有意な粘度増加は認められないとするデータもある1)。
既存のVPシャントを有する患者において、シャント由来CSF(閉塞上位)と腰椎穿刺CSF(閉塞下位)を同時採取して比較する診断手法が報告されている。
Friesら(2023)は頸椎脊柱管狭窄症患者にこの手法を適用し、腰椎CSFタンパク938 mg/dLに対しVPシャントCSFタンパク70 mg/dLという13倍以上の解離を示すことでFSを確定診断した2)。GBSとの鑑別が困難であった本症例において、この並行分析が診断を確定した点は方法論的に重要な意義を持つ。
脊椎MRI T2強調画像では閉塞部前後でCSF信号が変化する場合があり(pseudo-Froin)、診断補助としての可能性が議論されている。しかしin vitro研究では、タンパク濃度とMRI信号強度は直接相関せず1)、細胞膜由来の高分子や常磁性物質が信号変化に寄与している可能性が示唆されている。MRI所見のみによるFS診断は現時点では確立していない。
閉塞上下のCSFタンパク解離のダイナミクス(圧測定を含む定量的評価)に関する研究が、CSF循環の病態生理学的理解を深め、将来的な診断指標の開発に貢献しうる2)。FS自体の症例数の少なさが大規模研究の障壁となっており、多施設症例集積が今後の課題である。