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神経眼科

エタンブトール視神経症

1. エタンブトール視神経症とは

Section titled “1. エタンブトール視神経症とは”

エタンブトール(EMB)はマイコバクテリウム属、特に結核菌(Mycobacterium tuberculosis)やマイコバクテリウム・アビウム・コンプレックス(MAC)などの非結核性抗酸菌症に対して使用される第一選択薬である。EMBの最も重大な副作用がエタンブトール視神経症(ethambutol optic neuropathy: EON)であり、薬物性視神経症のなかで発症頻度が常に上位を占める。

結核治療を受ける患者におけるEONの有病率は1〜2%と推定される。世界保健機関(WHO)によれば毎年約920万人の結核新規症例が報告されており、年間最大10万人のEON新規症例が発生する可能性がある。

EONのリスクは高度に用量依存的である。EMB投与量別の推定有病率を以下に示す。

EMB投与量推定有病率
<15 mg/kg/日1%未満
25 mg/kg/日5〜6%
>35 mg/kg/日18〜33%

ただし、低用量(<15 mg/kg)であってもEONの発症は報告されている。日本の全国調査ではEON症例の52.2%が低用量で発症しており、真に「安全」な用量は存在しない3)

2009年にWHOが結核治療の維持期にもEMBを含めるよう指針を改訂し、投与期間が延長された。この変更に伴いEON発症リスクの増大が懸念されている1)

Q エタンブトール視神経症はどのくらいの頻度で起こりますか?
A

結核治療患者の約1〜2%に発症する。用量が高いほどリスクは上昇し、25 mg/kg/日で5〜6%、35 mg/kg/日超で18〜33%に達する。低用量でも発症しうるため、真に安全な用量は存在しない。詳細は「エタンブトール視神経症とは」の項を参照。

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Padmaja Sudhakar, Kishor Acharya, Tonse Ashwini Kini. Ethambutol optic neuropathy. Frontiers in Neurology. 2025 Sep 11; 16:1626909. Figure 1. PMCID: PMC12460111. License: CC BY.
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EONは他の中毒性視神経症とは異なり、治療開始後比較的短期間で発生しうる。発症時期は服用開始から1ヶ月〜36ヶ月と幅広いが、2ヶ月以内では起こりにくく平均7ヶ月である。

主な自覚症状は以下のとおりである。

  • 両眼性の視力低下:無痛性かつ対称的に潜行性に進行する。60%以上の患者に認められる。
  • 色覚異常:最初の兆候となることがある。赤緑色覚の低下が主体だが、青黄異常も報告されている。赤色が以前より明るく見えないという訴えが手がかりとなる。
  • 霧視:見ようとする部位がぼやける。
  • 光過敏:エタンブトール毒性による錐体機能障害として報告されている5)
  • 眼球運動痛はない:痛みがある場合は他疾患を考慮すべきである。

臨床所見(医師が診察で確認する所見)

Section titled “臨床所見(医師が診察で確認する所見)”
  • 視力:軽度(20/25)から重度(光覚なし)まで様々である。発症初期は軽度であることが多い。
  • 視野中心暗点または中心周囲暗点(軸内型)が最も多い。耳側から感度低下が始まりやすい。視交叉侵襲による両耳側半盲(軸外型)や周辺視野狭窄も起こりうる。
  • 瞳孔反応:初期は正常だが、進行すると対光反射が緩慢となり、近接反射は維持される(対光近接反射解離)。両眼対称性のため相対的瞳孔求心路障害(RAPD)は通常陰性である。
  • 眼底所見:初期には視神経乳頭は正常に見える(球後視神経症)。進行すると視神経乳頭蒼白、特に耳側の蒼白化が出現する。発症時の乳頭蒼白は予後不良を示唆する。
  • 限界フリッカ値:低下する。
Q エタンブトール視神経症の最初の症状は何ですか?
A

色覚異常が最初の兆候となることがある。赤色が以前より鮮明に見えないといった自覚が手がかりとなる。両眼の視力低下は潜行性に進行するため、定期的な視力・色覚チェックが早期発見に重要である。

EMBの神経毒性の正確な機序は不明だが、金属キレート作用が主因と考えられている。EMBとその代謝物である2,2-エチレンジアミノジブチル酸(EDBA)はいずれもキレート物質であり、以下の経路で視神経障害を惹起するとされる2)

  • 銅のキレート化:ミトコンドリア内のシトクロムcオキシダーゼの銅イオンをキレートし、酸化リン酸化を障害する。
  • 亜鉛のキレート化:リソソーム膜透過性を亢進させ、リソソーム活性化を抑制する。

動物実験では亜鉛欠乏が髄鞘の破壊とグリア細胞の増殖に関連することが示されている。ヒトにおいてもEMBの長期使用によるビタミンE・B1欠乏が視神経症を悪化させる可能性がある。

エタンブトール、リネゾリド、メサラジンなどの薬物性視神経症は後天性ミトコンドリア機能異常によるものと考えられており、遺伝性のLeber遺伝性視神経症と病態が類似する。

  • 高用量・長期投与:用量および投与期間に依存してリスクが増大する。
  • 高齢:65歳以上は高リスクである。
  • 腎機能障害:EMBは腎排泄であり、腎障害により血中濃度が上昇する。
  • 高血圧・糖尿病:血流に影響を及ぼす基礎疾患はリスクを高める。
  • 喫煙網膜神経節細胞への相加的な悪影響が指摘されている。
  • イソニアジド併用:中毒性視神経症の発症頻度を高めるとされる。
  • 栄養不良:発展途上国では栄養不良がリスクを増大させ、不可逆的失明につながりうる1)
Q どのような患者がエタンブトール視神経症のリスクが高いですか?
A

高用量・長期間の服用、65歳以上の高齢者、腎機能障害、高血圧、糖尿病、喫煙者、イソニアジド併用者がリスク因子として知られる。詳細は「原因とリスク要因」の項を参照。

EONの診断は臨床的に行われる。投与前のベースライン検査が不可欠であり、スクリーニングとしてEMB投与前に視力、視野検査、中心フリッカ値、色覚検査を施行し、投与中も1〜2ヶ月に1回チェックすることが望ましい。

  • 視力検査:スネレン視力表またはETDRS視力表で中心視力を評価する。
  • 色覚検査:赤緑および青黄異常を検出する。最も早期の変化を捉えうる。
  • 視野検査:ハンフリー自動視野計で中心暗点・中心周囲暗点を検出する。
  • 眼底検査:視神経乳頭浮腫や黄斑疾患の存在はEONを強く否定する根拠となる。

VEP

視覚誘発電位(VEP):P100潜時の延長を検出する。エタンブトール服用患者の34.8%でP100が107 ms以上に延長したとの報告がある2)。潜在的な視神経損傷の検出に有用だが、EONに特異的ではない。

OCT

光干渉断層計(OCT):乳頭周囲網膜神経線維層(pRNFL)の菲薄化や神経節細胞層-内網状層(GCIPL)の変化を検出する。耳側優位の変化が特徴的で、20〜79%の減少が報告されている2)。視力予後の評価にも有用である。

  • 多局所網膜電図(mfERG)網膜レベルの潜在的毒性を検出しうる。
  • 網膜電図(ERG):フリッカー応答の潜時遅延によりcone dysfunctionを検出できる5)
  • MRI視神経炎やその他の視神経症の除外に必要である。EON自体では通常正常だが、視交叉のT2 FLAIR高信号を認める症例の報告がある2)

EMBを中止しても視力低下が進行する場合は他の視神経症を考慮する必要がある。

  • イソニアジドによる中毒性視神経症:EONとの併発もありうる。
  • Leber遺伝性視神経症:両眼同時発症の場合は中毒性視神経症と誤診しやすい。ミトコンドリア遺伝子変異の検索が必要となることがある。
  • 圧迫性視神経症:治療可能な疾患であり見逃してはならない。頭部画像診断が重要である。
  • 栄養障害性視神経症:ビタミンB12やB1欠乏による視神経症。
  • 黄斑症:検眼鏡的に異常が明らかでない場合、蛍光眼底造影検査や局所網膜電図で鑑別する。
  • 脱髄性・炎症性・感染性の視神経炎:疼痛の有無が重要な鑑別点となる。

EONに対する確立された治療法は存在しない。原因薬剤の中止に勝る治療法はなく、EONが疑われた場合は速やかにEMBを中止することが最も重要な対応である。眼科医はEMBを中止する前に処方医に直接連絡する必要がある。

EMB中止後も2〜3ヶ月程度は視力および視野障害が進行することがある。その後徐々に回復に向かうが、回復は半年〜2年と緩徐である。

  • ビタミンB12内服:視神経機能の回復を補助する目的で投与される。
  • 亜鉛製剤:EMBの亜鉛キレート作用に対する補充として用いられる。
  • マグネシウム製剤:併用されることがある。
  • ビタミンB6補充:イソニアジド併用中の患者では代謝過程でビタミンB6が消費されるため重要である。

喫煙はシンナー中毒やEONにおいても相加的な悪影響を及ぼすため中止させるべきである。高血圧や糖尿病など血流に影響を及ぼす基礎疾患がある場合は、内科と連携して治療を行う。

予後因子影響
早期発見・早期中止30〜64%で視力改善
60歳未満回復率約80%
60歳以上回復率約20%

視力が回復する患者ではスネレン視力表で平均2行分の改善がみられる2)。一方で、視力が完全に回復する患者もいれば、永久的な視機能障害が残る患者もいる。発症時に視神経乳頭蒼白が存在する場合は予後不良と関連する。

EMB中止後もRNFL厚の減少が持続するとの報告があり、不可逆的な視力喪失は綿密なモニタリングと速やかな薬剤中止にもかかわらず生じうる2)

Q エタンブトールを中止すれば視力は回復しますか?
A

不可逆的な視神経萎縮が生じる前にEMBを中止すれば、30〜64%の患者で視機能が改善する。ただし完全回復は稀であり、平均的な改善はスネレン2行分である。中止後も2〜3ヶ月は症状が進行することがあるため、継続的なフォローアップが必要である。詳細は「標準的な治療法」の項を参照。

6. 病態生理学・詳細な発症機序

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球後視神経症がEONの最も一般的な形態であり、発症時に視神経乳頭は正常に見える。

EMBとその代謝物EDBAはいずれも金属キレート物質として作用する。EDBAはエタンブトール自体より眼内クリアランスが低く、局所濃度が高くなるため毒性への寄与が大きいと推定されている2)

障害の主な経路は以下のとおりである。

  • ミトコンドリア障害:シトクロムcオキシダーゼの銅イオンのキレート化により酸化リン酸化が障害される2)
  • リソソーム障害:亜鉛のキレートと蓄積によりリソソーム膜透過性が亢進し、細胞障害が生じる2)

乳頭黄斑線維束(papillomacular bundle)を構成するparvo-cellular axonsは、ミトコンドリアのエネルギー需要が特に高い。このため中毒性・栄養障害性視神経症ではこれらの軸索が優先的に障害される2)

網膜神経節細胞のなかでもATP消費の激しいp細胞が優位に障害されると推定されており、中心暗点の形成機序と一致する。一方、対光反応に関与するγ細胞は保存されるため、対光反応は比較的維持される。

動物実験ではEMBによる軸索性神経症は視交叉に起こりやすいとされ、臨床的に両耳側半盲を呈する症例の存在と合致する。


7. 最新の研究と今後の展望(研究段階の報告)

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EMB延長使用による視神経毒性の増大

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Sabhapanditら(2023)は2010〜2021年に発表された12研究(5818人、うち309人がEON)の系統的レビューを行い、2ヶ月を超えるEMBの延長使用が有意な視神経毒性をもたらすことを報告した1)。EMB中止後の視力改善は統計的に有意であった(P = 0.035)。色覚異常および視野異常の改善は有意水準に達しなかった。

低用量・短期間でも不可逆的となりうる症例

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Matsumotoら(2021)は、低用量EMB(12 mg/kg)・短期間(2.5ヶ月)の投与にもかかわらずEMB中止後に急激に視力が悪化し、不可逆的視力喪失に至った85歳男性の症例を報告した3)。中止前は20/17であった矯正視力が3週間で20/330(右眼)・20/1000(左眼)に低下した。この症例は、低用量であっても壊滅的な視力喪失が起こりうることを示している。

Peterson & Hawy(2022)は、MAC治療中に<15 mg/kg/日のEMBを3年間服用した82歳男性で遅発性EONを発症した症例を報告した4)。EMB中止後に視力は改善し、10ヶ月後も改善が持続した。発症の中央値は9ヶ月とされるが、3年以上経過してからの発症もありうることが示された。

Konanaら(2024)は、エタンブトール毒性による錐体機能障害の3症例を報告した5)。光過敏と視力低下を主訴とし、網膜電図でフリッカー応答の潜時遅延を認めた。エタンブトール毒性は視神経のみならず網膜細胞層にも影響を及ぼすことを示唆する報告である。

固定用量配合錠(FDC:1錠にイソニアジド、リファンピシン、ピラジナミド、エタンブトールを含有)の導入と投与期間延長により、EON発症の増加が予想されている2)。スクリーニング体制の整備、OCT・VEPの潜在性EON検出における有用性の検証、EONの発症機序の解明とリスク因子の特定が今後の重要な研究課題である。


  1. Sabhapandit S, Gella V, Shireesha A, et al. Ethambutol optic neuropathy in the extended antitubercular therapy regime: A systematic review. Indian J Ophthalmol. 2023;71:729-735.
  2. Sudhakar P, Acharya K, Kini TA. Ethambutol optic neuropathy. Front Neurol. 2025;16:1626909.
  3. Matsumoto T, Kusabiraki R, Arisawa A, et al. Drastically progressive ethambutol-induced optic neuropathy after withdrawal of ethambutol: a case report and literature review. Intern Med. 2021;60:1785-1788.
  4. Peterson E, Hawy E. Delayed and reversible ethambutol optic neuropathy. Am J Ophthalmol Case Rep. 2022;27:101611.
  5. Konana VK, Mooss V, Babu K. Cone dysfunction in patients with ethambutol toxicity. Indian J Ophthalmol. 2024;72:1072-1074.

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