眼球運動障害

脳神経炎
ひとめでわかるポイント
Section titled “ひとめでわかるポイント”1. 脳神経炎とは
Section titled “1. 脳神経炎とは”脳神経炎(cranial neuritis)は、脳神経に炎症が生じ、神経の破壊や脱髄を来す疾患の総称である。単一の脳神経のみが侵される場合と、複数の脳神経が同時に障害される場合がある。後者は多発脳神経炎(polyneuritis cranialis: PNC)と呼ばれる。
PNCはギラン・バレー症候群(GBS)の稀な亜型として位置づけられている。2014年にWakerleyらが提唱したGBS分類では、四肢の筋力低下や失調を伴わず眼球運動障害と球症状のみを呈するものがPNCと定義された1)。
PNCの文献レビューでは、報告20例の年齢中央値は40歳で、男性が75%を占める3)。顔面筋力低下は70%、深部腱反射正常は50%にみられる3)。眼球運動に関わる脳神経(第III・IV・VI脳神経)が障害されると、複視と眼筋麻痺が主要な症状となる。
脳神経炎は脳神経の炎症の総称である。単一の脳神経が障害される場合は脳神経炎、複数の脳神経が同時に障害される場合は多発脳神経炎(polyneuritis cranialis)と呼ばれる。多発脳神経炎はGBSの稀な亜型として分類される。
2. 主な症状と臨床所見
Section titled “2. 主な症状と臨床所見”脳神経炎の自覚症状は障害される脳神経により異なる。主な症状は以下の通りである。
- 複視:眼球運動神経(第III・IV・VI脳神経)の障害で出現する。水平性・垂直性・回旋性のいずれもありうる。
- 眼瞼下垂:動眼神経障害で生じる。
- 顔面の非対称・しびれ:顔面神経(第VII脳神経)障害による顔面麻痺、三叉神経(第V脳神経)障害による顔面の感覚低下を来す。
- 嚥下困難・声の変化:舌咽神経(第IX脳神経)・迷走神経(第X脳神経)の障害で出現する。
- めまい・耳鳴り:内耳神経(第VIII脳神経)障害で生じる。
- 構音障害:舌下神経(第XII脳神経)障害で舌の運動障害を来す。
- 頭痛:脳神経炎に伴う随伴症状として高頻度にみられる。
臨床所見(医師が診察で確認する所見)
Section titled “臨床所見(医師が診察で確認する所見)”下位脳神経障害
顔面神経麻痺(第VII):顔面非対称、閉眼不全、味覚障害を呈する。House-Brackmann分類で重症度を評価する2)。
舌下神経麻痺(第XII):舌の萎縮、偏位、線維束性収縮を認める1)。
球麻痺(第IX・X):嚥下困難、嗄声、軟口蓋偏位を来す。
多発脳神経炎では深部腱反射の低下または消失がしばしば認められる1)3)。髄膜刺激徴候を伴う場合は、基礎疾患として髄膜炎の存在を示唆する。
3. 原因とリスク要因
Section titled “3. 原因とリスク要因”脳神経炎の原因は多岐にわたる。主な原因を以下に分類する。
| 分類 | 代表的な原因 |
|---|---|
| 感染性 | 水痘帯状疱疹ウイルス、EBV、ライム病、結核、梅毒、SARS-CoV-2 |
| 自己免疫性 | GBS/MFS、サルコイドーシス、SLE、ベーチェット病、MOG-AD |
| 腫瘍性 | 軟膜腫瘍、転移性腫瘍、免疫チェックポイント阻害薬 |
| 血管性 | 糖尿病、動脈瘤 |
| 特発性 | 特発性多発脳神経症、肥厚性硬膜炎 |
感染性の原因では、ライム病(Borrelia burgdorferi感染)が重要である。神経ボレリア症は未治療のライム病患者の10〜15%に発症し、リンパ球性髄膜炎・脳神経炎・神経根炎の三徴を呈する4)。
SARS-CoV-2感染後の脳神経炎も報告されている。重症COVID-19肺炎後に舌下神経を中心とした脳神経多発炎を発症した2例では、IVIG投与後に著明な改善がみられた1)。発症機序としては、直接的な神経侵入よりも免疫介在機序が示唆されている1)。
GBS亜型としてのPNCでは、血清中の抗GQ1b IgG抗体が47%で検出される3)。先行感染としてMycoplasma pneumoniaeが最も多い3)。
COVID-19ワクチン(BNT162b2)接種後にPNCを発症した16歳の症例も報告されている2)。ただし、ワクチン関連の神経合併症のリスクはCOVID-19感染そのものに比べてはるかに低い2)。
SARS-CoV-2感染後に脳神経炎(特に多発脳神経炎)を発症する症例が複数報告されている1)5)。発症機序としてはウイルスの直接侵入よりも、感染後の免疫介在反応が主因と考えられている。COVID-19ワクチン後の発症例も報告されているが、リスクは感染そのものより低い2)。
4. 診断と検査方法
Section titled “4. 診断と検査方法”脳神経炎の診断には、臨床所見に加えて画像検査・髄液検査・電気生理学的検査を組み合わせる。
造影MRIが最も重要な検査である。脳神経炎では罹患した脳神経の造影増強効果が特徴的所見となる。CISS法(constructive interference in steady state)を用いたMRIシーケンスにより脳神経をより鮮明に描出できる。
MRI撮影のポイントは以下の通りである。
- T1強調像・T2強調像を基本とする
- 炎症性疾患にはFLAIR法やSTIR法を組み合わせる
- 視神経炎では冠状断脂肪抑制造影T1強調画像が有用である
- 脱髄病変の評価にはFLAIR法による全脳水平断が重要である
血管性病因が疑われる場合にはCTA・MRA・カテーテル血管造影を追加する。CTは緊急時のスクリーニングとして有用である。
腰椎穿刺による髄液検査は基礎疾患の特定に不可欠である。
- 蛋白細胞解離(蛋白増加・細胞数正常):GBS亜型を示唆する所見である1)3)
- リンパ球性細胞増多:ライム病による神経ボレリア症では80%以上でみられる4)
- 炎症性メディエーター:COVID-19関連では髄液中IL-8の上昇が報告されている5)
| 検査 | 主な意義 |
|---|---|
| 造影MRI | 罹患脳神経の造影増強効果 |
| 髄液検査 | 蛋白細胞解離、感染の除外 |
| 神経伝導検査 | 脱髄・軸索障害の評価 |
| 抗体検査 | 抗ガングリオシド抗体の検出 |
電気生理学的検査
Section titled “電気生理学的検査”神経伝導速度検査ではF波の消失が近位部脱髄の早期所見として重要である2)。瞬目反射検査ではR1・R2応答の異常を評価する3)。
抗ガングリオシド抗体(抗GM1・抗GQ1b・抗GD1a等)の測定がGBS亜型の診断に有用である3)。ただし、抗体陰性でもPNCの診断は否定されない。
感染性病因の検索として、ライム病血清学的検査、梅毒反応、抗AQP4抗体、抗MOG抗体なども適宜測定する。
5. 標準的な治療法
Section titled “5. 標準的な治療法”脳神経炎の治療は原因疾患に対する個別の治療が基本となる。
感染性脳神経炎の治療
Section titled “感染性脳神経炎の治療”- ライム病(神経ボレリア症):セフトリアキソン静注14〜28日間が標準治療である4)。ドキシサイクリン経口投与も選択肢となる。
- 梅毒:ペニシリン全身投与を行う。ステロイドを併用する場合は感染症の除外を先行させる。
- ヘルペスウイルス:アシクロビル投与が推奨される。
免疫介在性脳神経炎の治療(GBS亜型としてのPNC)
Section titled “免疫介在性脳神経炎の治療(GBS亜型としてのPNC)”- 免疫グロブリン静注療法(IVIG):0.4 g/kg/日を5日間投与する1)3)。GBS亜型としてのPNCに対する第一選択である。
- 血漿交換:IVIGに反応しない場合に考慮する3)。
炎症性脳神経炎の治療
Section titled “炎症性脳神経炎の治療”- ステロイドパルス療法:メチルプレドニゾロン1,000 mg/日の点滴静注を3日間行う。視神経炎を伴う場合に特に有効である。
- ステロイドパルス療法後はプレドニゾロン0.5 mg/kg/日からの内服療法を開始し、3〜4日ごとに5〜10 mgずつ漸減する。
- ステロイド単独内服療法は視神経炎の再発リスクを高めるため行わない。
ステロイド全身投与前にはB型肝炎など感染症の除外が必須である。
原因疾患の特定と適切な治療により、多くの症例で神経症状の改善が得られる。GBS亜型のPNCではIVIG投与後に著明な改善を示す報告が多い1)3)。ただし、視力障害を伴う症例では視機能の回復が不完全な場合もある3)。
6. 病態生理学・詳細な発症機序
Section titled “6. 病態生理学・詳細な発症機序”脳神経炎の病態生理は原因により異なるが、主要な機序として以下が挙げられる。
脱髄と軸索障害
Section titled “脱髄と軸索障害”脱髄は有髄神経の軸索を取り巻く髄鞘の破壊である。髄鞘が破壊されると跳躍伝導が不能となり、神経伝導障害が生じる。GBS亜型のPNCでは脱髄型が主体で、電気生理学的にはF波消失・伝導ブロック・遠位潜時延長がみられる2)5)。一方、軸索型では複合筋活動電位の振幅低下が特徴である5)。
免疫介在機序
Section titled “免疫介在機序”感染後の脳神経炎では分子擬態(molecular mimicry)が重要な病態である。先行感染の病原体が保有する糖脂質と、脳神経の髄鞘に存在するガングリオシドとの構造的類似性により、交差反応性の自己抗体が産生される3)。
PNCで検出される主な抗ガングリオシド抗体は抗GQ1b IgG(47%)で、次いで抗GT1a・抗GD1a IgG抗体が多い3)。これらの抗体は脳神経の髄鞘を標的として補体介在性の脱髄を惹起する。
SARS-CoV-2関連の機序
Section titled “SARS-CoV-2関連の機序”COVID-19後の脳神経炎の発症機序は完全には解明されていない。
De Gennaroら(2021)は重症COVID-19肺炎後の脳神経多発炎2例を報告した。いずれも感染後約1か月で神経症状が出現し、SARS-CoV-2のPCR検査は陰性化していた。IVIG投与後に著明な改善を認めたことから、直接的な神経侵入よりも感染後の免疫介在機序が主因と結論づけた1)。
候補となる機序は以下の通りである1)。
- ACE2受容体経由の神経侵入:SARS-CoV-2のスパイク蛋白がCNS・PNSに発現するACE2受容体と結合し、神経終末から逆行性に侵入する可能性がある。
- 免疫介在反応:GBSやMFSと同様の遅発性異常免疫応答が生じる。
- サイトカインカスケード:髄液中のIL-8上昇が報告されており、炎症性サイトカインの関与が示唆されている5)。
感染後の脳神経炎では分子擬態が主要な機序と考えられる。病原体の糖脂質と脳神経髄鞘のガングリオシドの構造的類似性により、交差反応性の自己抗体が産生され、脳神経の脱髄が惹起される3)。IVIG投与への良好な反応もこの免疫介在機序を支持する1)。
7. 最新の研究と今後の展望(研究段階の報告)
Section titled “7. 最新の研究と今後の展望(研究段階の報告)”COVID-19関連の脳神経多発炎
Section titled “COVID-19関連の脳神経多発炎”Manganottiら(2021)はCOVID-19患者5例にGBS/PNCの合併を報告した。4例にIVIG(0.4 g/kg 5日間)を投与し神経症状の改善を得た。髄液中IL-8の上昇が3例で認められ、SARS-CoV-2感染に伴う免疫介在性の末梢神経障害の存在を示唆した5)。
COVID-19ワクチンとPNC
Section titled “COVID-19ワクチンとPNC”Kulsirichawarojら(2022)は16歳のタイ人女性がBNT162b2 mRNAワクチンの初回接種3時間後にPNCを発症した例を報告した。右側第V・VII・IX・X脳神経障害を呈し、F波消失・右顔面神経の造影増強を認めた。IVIG投与後に4週間で顔面麻痺を除くすべての症状が回復した2)。
PNCと視神経炎の合併
Section titled “PNCと視神経炎の合併”Liら(2023)は54歳男性のPNCに視力障害を合併した稀な症例を報告した。血清中抗GM1・抗GD1a IgG抗体が陽性で、IVIG投与後に急速な神経症状改善がみられた。視力回復にはさらにステロイド併用を要したが、1か月後に両眼視力6/6まで完全回復した3)。文献レビューでは、GBSと視神経炎の合併32例のうち、視力予後不良は47%であったのに対し、神経症状の予後は概ね良好であった。
8. 参考文献
Section titled “8. 参考文献”- De Gennaro R, Gastaldo E, Tamborino C, et al. Selective cranial multineuritis in severe COVID-19 pneumonia: two cases and literature review. Neurol Sci. 2021;42(5):1643-1648.
- Kulsirichawaroj P, Sanmaneechai O, Wittawatmongkol O, et al. Polyneuritis cranialis associated with BNT162b2 mRNA COVID-19 vaccine in a healthy adolescent. Vaccines. 2022;10(1):134.
- Li H, Li Z, Huang B, et al. Co-occurrence of polyneuritis cranialis and visual impairment: a case report and literature review. Neurol Sci. 2023;44(5):1563-1574.
- Omotosho YB, Sherchan R, Ying GW, et al. A unique case of Bannwarth syndrome in early disseminated Lyme disease. Cureus. 2021;13(4):e14680.
- Manganotti P, Bellavita G, D’Acunto L, et al. Clinical neurophysiology and cerebrospinal liquor analysis to detect Guillain-Barré syndrome and polyneuritis cranialis in COVID-19 patients: a case series. J Med Virol. 2021;93(2):766-774.