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神経眼科

アファンタジア

アファンタジア(aphantasia)は、頭の中でイメージを視覚化する能力が欠如または著しく低下した状態である。「目を閉じても何も映像が浮かばない」「黒い画面しか見えない」と表現される。

「aphantasia」という用語は2015年にAdam Zemanらが造語した。ギリシャ語の「想像力(phantasia)」に由来する。視覚的イメージ能力の個人差については、1880年にFrancis Galtonが「朝食のテーブル調査」として初めて系統的に研究した。

心的視覚化能力はハイパーファンタジア(極めて鮮明)からアファンタジア(欠如)までのスペクトラムをなす。

有病率に関しては複数の研究が報告されており、以下のように推定されている1)

  • VVIQ=16(完全欠如): 0.7%(Zeman et al. 2020)
  • VVIQ 16-23(中等度): 2.6%(同)
  • VVIQ 16-32: 3.9%(Dance et al. 2022)
  • メタ解析による総合: 4.8%、VVIQベース研究のみ: 3.5%(Monzel et al. 2023)
  • 日本人大規模調査: VVIQ=16で0.07%、VVIQ 17-32で3.6%(Takahashi et al. 2023)

性差は認められない。年齢の影響についてはコンセンサスがない。家族歴のある患者が報告されており遺伝的要因の可能性が示唆されるが、最近のゲノムワイド関連研究では有意な遺伝的関連は見出されていない1)

Q アファンタジアはどのくらいの人にみられるのか?
A

一般人口の約2〜4%に認められると推定される。メタ解析では4.8%(Monzel et al. 2023)、日本人調査ではVVIQ 17-32の範囲で3.6%(Takahashi et al. 2023)と報告されている1)。完全にイメージが欠如する(VVIQ=16)のは0.07〜0.7%とより少ない。

  • 心的イメージの欠如:目を閉じても何も視覚的なイメージが浮かばない。不均一な症状スペクトラムを示す。
  • 自伝的記憶の障害:過去の出来事を映像として想起できない。
  • 顔認識困難:知人の顔を心の中で思い浮かべることが難しい。
  • ナビゲーション能力の低下:場所や道順を頭の中でイメージしにくい。
  • 視覚的な夢の欠如:視覚的な夢を見ないと自己申告する者が多い。

先天性の場合、多くは思春期〜成人期初期まで自分の状態を自覚しない。

視覚以外のイメージ欠損も併存しうる。54.2%が聴覚・嗅覚・味覚・触覚・運動イメージを含む全感覚モダリティでの欠損を報告している1)

Q アファンタジアでは視覚以外の感覚にも影響があるのか?
A

視覚イメージのみが欠損する「視覚アファンタジア」と、全感覚モダリティでの欠損を示す「多感覚アファンタジア」の2サブタイプが存在する1)。視覚化能力が低下する者の54.2%が全感覚でのイメージ欠損を報告している。

眼科的な器質的異常は伴わない。外来の眼科検査は正常である。

後天性の場合は発症のタイムラインが追跡可能である。症例報告では幹細胞移植後にVVIQスコアが16(最低値)となり、6ヶ月後に23へと軽度改善した2)

感情的反応の変化として恐怖刺激への反応低下や物語への感情移入低下が報告されている1)

先天性

発症時期:生来のイメージ欠如。多くは思春期以降に気づく。

器質的異常:眼科的・神経学的な異常所見を伴わない。

経過:生涯にわたる安定した状態。改善は認められない。

自覚:自分の状態を「当たり前」と思っている場合が多い。

後天性

発症様式:頭部外傷・脳卒中・移植後などを契機に急性発症。

VVIQスコア:発症直後に最低値(16点)を示す場合がある。

経過:軽度改善を示すことがあるが完全回復は稀。

病因:低酸素性脳損傷・神経毒性などが関与する可能性がある2)

病因は未解明である。家族歴を報告する患者があり遺伝的パターンの可能性が示唆されるが、ゲノムワイド関連研究では有意な遺伝的関連は見出されていない1)

後天性アファンタジア(神経原性)

Section titled “後天性アファンタジア(神経原性)”

神経原性

頭部外傷(TBI):最も多い原因。

脳卒中:両側または左後大脳動脈(PCA)脳卒中が報告されている2)

認知症:全亜型で視覚化能力の低下がみられる。

幹細胞移植後:低酸素性脳損傷・薬剤神経毒性が関与する可能性がある2)

COVID-19後:罹患後の発症例が報告されている。

心因性

うつ病:発症との関連が報告されているが、健常者との視覚化能力の差がないとする研究もある。

不安障害:同様に関連が示唆されるが確立されていない。

解離性障害:離人症・現実感喪失症との関連が指摘されている。

後天性アファンタジアの症例報告を以下に示す。

Bumgardnerら(2021)は62歳男性・多発性骨髄腫に対する自家幹細胞移植(ASCT)後の後天性アファンタジアを報告した2)。メルファラン200 mg/m²投与後、Day 9に自然気胸発症と同時にアファンタジアが出現。VVIQスコアは16(最低値)。6ヶ月後に23へ軽度改善した。気胸によるシャント生理学的低酸素血症と敗血症による低酸素性脳損傷が最有力な病因として考察されている。

Q アファンタジアは遺伝するのか?
A

家族歴を報告する患者が存在し遺伝的パターンの可能性は示唆されているが、最近のゲノムワイド関連研究では有意な遺伝的関連は見出されていない1)。現時点では遺伝性を確定するだけのエビデンスはない。

公式な診断基準は存在しない。主に自己申告に基づいて評価される。

以下に代表的な検査法を示す。

検査法概要特徴
VVIQ16項目5段階自己評価最低16点〜最高80点
両眼視野闘争課題イメージ指示後のプライミング効果を測定客観的評価が可能
瞳孔光反応イメージ瞳孔光反応の有無を確認アファンタジアでは欠如
  • VVIQ(鮮明度視覚イメージ質問票):最も広く用いられる自己評価尺度。16項目、5段階リッカートスケール、最低16〜最高80点1)。VVIQ 16-32をアファンタジアとする研究が多い。ただし自己申告に依存し、視覚以外の感覚イメージを評価しない限界がある。自身をアファンタジアと認識する患者で33点以上のスコアも報告されている(2022年妥当性研究)。
  • 両眼視野闘争課題:イメージ指示後の両眼視野闘争において、アファンタジア者はイメージベースのプライミング効果を示さない1)。客観的な評価が可能な点で有用である。
  • 瞳孔光反応:アファンタジア者はイメージ瞳孔光反応を欠くが、知覚瞳孔光反応は保持される(Kay et al. 2022)1)
  • リズミカル視覚フリッカー:アファンタジア者は複雑で鮮明な錯覚知覚を経験しにくい1)
  • 不安障害・うつ病:心因性視覚障害との鑑別が必要である。
  • 認知症:進行性のイメージ能力低下を認める場合は認知症を精査する。
  • 非器質性視覚障害:器質的視覚障害が否定されている場合に考慮する。
Q VVIQで何点以下ならアファンタジアと診断されるのか?
A

一般的にVVIQ 16-32をアファンタジアとする研究が多いが、統一されたカットオフ値は存在しない1)。自身をアファンタジアと認識する者で33点以上のスコアも報告されており、点数のみで判断することには限界がある。

現在、先天性・後天性いずれのアファンタジアに対しても承認された治療法はない。

  • 先天性アファンタジア:生涯にわたる状態であり、改善は認められない。
  • 後天性アファンタジア:原因疾患の治療後に軽度改善を示す症例報告がある。VVIQスコアが16から23へと改善した例が報告されているが、完全回復には至らなかった2)
  • 心因性の場合:原因疾患(うつ病・不安障害等)の治療が考慮される。

6. 病態生理学・詳細な発症機序

Section titled “6. 病態生理学・詳細な発症機序”

fMRI研究(2017年)では、視覚化能力が低い者は前帯状皮質・前頭部でより多く活動し、高い者は紡錘状回・海馬傍回・後帯状皮質で活動することが示された1)

  • 紡錘状回イメージノード(FIN):Spagnaらのメタ解析で同定された、随意視覚的心的イメージに特化した脳ネットワークノード。アファンタジアではFINと前頭頂葉領域の結合性が低下している1)
  • 病変研究:左紡錘状回と右舌状回の選択的病変でイメージ能力消失が確認されている1)
  • EEG研究:アファンタジア者は想起フェーズを左側頭部から開始し、後頭葉・頭頂葉の活性化を欠く1)
  • ハイパーファンタジア:前頭前野と視覚後頭葉ネットワーク間の結合性が強い1)

以下に視覚処理における2経路の特性を示す。

経路機能アファンタジアとの関係
腹側経路(“what”経路)対象物のイメージ処理障害される可能性がある
背側経路(“where”経路)空間情報のイメージ処理保持される可能性がある

対象物イメージは腹側経路、空間イメージは背側経路で処理される。アファンタジアでは腹側経路の障害が示唆され、背側経路は保持される可能性がある1)

後天性アファンタジアの発症機序

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後天性の幹細胞移植後症例では以下の機序が考察されている2)

  • 低酸素性脳損傷:気胸によるシャント生理学的低酸素血症、敗血症によるサイトカイン介在性肺毛細血管障害
  • 薬剤神経毒性:DMSO(幹細胞凍結保存剤)の神経毒性(49歳男性でASCT後に全身性強直間代発作の報告あり)
  • 腸内フローラ異常:広域抗菌薬による腸内フローラ障害→短鎖脂肪酸・BDNF・ニューロペプチドY減少→認知機能障害(マウスモデル)
Q アファンタジアの人の脳はどのように異なるのか?
A

アファンタジアでは紡錘状回イメージノード(FIN)と前頭頂葉領域の機能的結合性が低下している1)。また視覚イメージに関わる腹側経路(紡錘状回・海馬傍回)の活性化が乏しく、想起時の後頭葉・頭頂葉活性化も欠如する。左紡錘状回と右舌状回の病変でイメージ能力が消失することも病変研究で確認されている。


7. 最新の研究と今後の展望(研究段階の報告)

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アファンタジアは現在いかなる臨床診断体系(DSM・ICD)にも含まれていない1)。疾患というより個人差の一形態として位置づける見解もある。

認知症前駆症状としての可能性

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進行性のアファンタジアが認知症の前駆症状である可能性が提唱されている1)

精神疾患・神経発達症との関連

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Jin et al.(2024)の系統的レビューでは以下の関連が報告されている1)

  • PTSD:アファンタジア者は外傷後の侵入記憶が少なく回避行動も少ない。PTSDの予測因子が低減する傾向がある。
  • 自閉症スペクトラム障害(ASD:AQ(自閉症商)スコアが高い傾向があり、ASDに分類される頻度が高い。
  • 相貌失認:空間アファンタジア群の5.9%に相貌失認(prosopagnosia)を認め、発達性相貌失認患者の約20%がアファンタジアの併存を報告している。
  • 定義・診断の標準化
  • 行動研究および神経画像研究の蓄積
  • 理論の構築・精緻化
  • 介入プログラムの開発1)
  • COVID-19後のアファンタジア症例の実態解明(Gaber & Eltemamy, 2021 の報告以降)1)

  1. Jin F, Hsu SM, Li Y. A Systematic Review of Aphantasia: Concept, Measurement, Neural Basis, and Theory Development. Vision. 2024;8(3):56. doi:10.3390/vision8030056
  2. Bumgardner AL, Yuan K, Chiu AV. I cannot picture it in my mind: acquired aphantasia after autologous stem cell transplantation for multiple myeloma. Oxf Med Case Rep. 2021;2021(5):omab032. doi:10.1093/omcr/omab032

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