この疾患の要点
視覚認知・身体像・時間感覚の歪みを特徴とする神経学的症候群であり、1955年にJohn Toddが命名した。
片頭痛 が最も頻度の高い原因であり、小児・若年者に多く認められる。
小視症・大視症・遠視 症が最も一般的な症状であり(タイプB)、自己の身体が変容する感覚(タイプA)も生じる。
診断は臨床的に行い、MRI・EEG・脳脊髄液検査は通常正常であるが、構造的原因の除外に必要である。
特異的治療法はなく、基礎疾患の治療が原則である。多くは自然軽快する。
右半球病変との関連が強く、右後頭葉(BA 18/19)の機能障害が症状の主要な基盤と考えられている。
片頭痛治療薬であるトピラマートが、AIWS自体を惹起する可能性があることが報告されている。
不思議の国のアリス症候群(Alice in Wonderland Syndrome: AIWS)は、視覚認知の障害を中心とする神経学的症候群である。身体イメージ、サイズ知覚、時間知覚の歪みを特徴とし、1952年にLippmanが医学文献に初めて記載した。1955年にJohn Toddが、ルイス・キャロル著『不思議の国のアリス』の登場人物が体験するような知覚変容との類似にちなんで命名した。
大規模疫学データは未発表であり、正確な有病率は不明である。小児・若年者に最も多いとされる。時間歪曲症例を対象とした系統的レビュー(168例)では、男女比1.7:1、平均年齢は女性31歳・男性36歳(範囲6〜68歳)であった1) 。成人片頭痛患者での有病率は約15〜16.5%との報告がある5) 。
Q AIWSはどのくらいの頻度でみられるのか?
A 大規模疫学データはないが、成人片頭痛患者での有病率は約15〜16.5%と報告されている5) 。小児・若年者に多く認められ、日本の思春期を対象とした調査では小視症・大視症が男子6.5%、女子7.3%に認められた。
小視症(micropsia)・遠視症(teleopsia) :最も一般的な症状。対象が小さく、または遠くに見える。
大視症(macropsia) :対象が通常より大きく見える。
変視症 (metamorphopsia) :線や輪郭が波打つなど視覚の歪み。
身体像の変容 :自己の身体が大きく(macrosomatognosia)または小さく(microsomatognosia)感じられる。8歳女児の症例では幻視(zoopsia:動物の幻視)も報告された4) 。
聴覚異常 :日常音の誤認、音の高さ・音色の歪みが生じる場合がある4) 。
時間知覚の変容 :時間が加速(tachysensia)または減速して感じられる。系統的レビューでは速度変化型が全体の51%で最多であった1) 。
現実感喪失・離人症 :自己や環境への非現実感を伴うことがある。
神経学的診察では通常、局所的異常所見を欠く。Mastria(2016)による症状分類(タイプA/B/C)が広く用いられている。
タイプA
身体図式障害 :部分的または全身の大認症・小認症(macrosomatognosia / microsomatognosia)。
随伴症状 :現実感喪失、離人症、身体精神的二重性を伴いうる。
タイプB
サイズ・距離知覚障害 :大視症・小視症・遠視症・近視 症。最も一般的な型であり、全体の約3/4を占める3) 。
ポロプシア :小視症と遠視症が同一対象に対して同時に出現する現象。
タイプC
混合型 :タイプAとタイプBの症状が合併する。
タイプAとタイプBのいずれの症状も認める場合に該当する。
右後頭葉脳梗塞に続発した69歳男性の症例では、大視症・小視症・色覚変化(dyschromatopsia)・macrosomatognosiaを呈した3) 。また、大視症・立体視 亢進に加え焦点性意識減損発作と上室性頻拍を伴った症例では、EEGで右大脳半球に律動性シータ活動(4〜5 Hz)が検出された6) 。
AIWSの原因は多岐にわたる。以下の原因分類と頻度を示す。
時間歪曲の系統的レビュー(168例)では、精神疾患17%、片頭痛14%、中毒14%、てんかん10%の順であった1) 。
分類 主な原因 中枢神経系疾患 片頭痛(最多)、てんかん、脳血管障害、腫瘍 感染症 EBV(2番目に多い)、H1N1、コクサッキー、サイトメガロウイルス、VZV 薬剤 トピラマート、モンテルカスト、デキストロメトルファン 向精神物質 LSD、マリファナ、コカイン 精神疾患 統合失調症、うつ病
片頭痛 :全体の約27.1%を占める最多原因。前庭性片頭痛との関連も報告されている5) 。
てんかん :全体の約3%。右半球病変との関連が示唆され、焦点性意識減損発作としてAIWS様症状が出現しうる6) 。
脳血管障害 :右後頭葉の単独皮質静脈血栓症による症例が報告されている2) 。右後大脳動脈領域梗塞に伴う症例も報告された3) 。
薬剤性 :トピラマートがAIWSを惹起しうる。40歳女性で100 mg/日への増量後にmacrosomatognosiaが出現し、薬剤中止後5日で消失した5) (詳細は「標準的な治療法」の項 を参照)。
予防・日常のケア
片頭痛の適切な管理がAIWS症状の軽減につながる可能性があります。
トピラマートなどの薬剤を開始・増量した後に知覚変容が生じた場合は、速やかに主治医に相談してください。
Q AIWSは薬剤によって引き起こされることがあるのか?
A トピラマートなど片頭痛・てんかん治療薬がAIWS症状を惹起した症例が報告されている5) 。薬剤中止により数日以内に症状が消失した例が多い。新たな知覚変容が出現した際には薬剤性の可能性を考慮する必要がある。
診断は臨床的に行う。片頭痛に関連するAIWSの診断基準(Valença 2015)は以下の通りである。
自己体験的な身体図式の錯覚または変視症の1回以上のエピソード
持続時間30分未満
頭痛を伴う、または片頭痛の既往がある
MRI・脳脊髄液分析・EEGがすべて正常(ただしVEP は異常を示しうる)
MRI・EEG :構造的原因の除外に必要であるが、通常は正常。右後頭葉の皮質静脈血栓症の検出にはT2*強調MRIが有用であり、CTでは見逃しうる2) 。
EEG :てんかん関連AIWSでは右大脳半球の律動性シータ活動(4〜5 Hz)を検出しうる6) 。焦点性てんかん重積では持続性1〜2 Hzの鋭波が右中心側頭領域に認められた3) 。
小児での診断 :確立された診断基準がなく、症状の言語化が困難な場合がある。幻覚が本物でないと本人が認識している点が精神病との鑑別に有用である4) 。
鑑別診断 :精神病(幻覚)、てんかん、視覚性異常症候群(visual snow syndrome)。
AIWSに対する特異的治療法は確立されていない。多くは自然軽快し、基礎疾患の治療が原則である。
自己限定的な経過 :AIWSは多くの場合、時間経過とともに自然に軽快する。
片頭痛予防療法 :抗けいれん薬、β遮断薬 、Ca拮抗薬、抗うつ薬が使用される。低チラミン食も併用されることがある4) 。
てんかん関連AIWS :レベチラセタム(2,000 mg/日)によりAIWS様症状・焦点性発作・頻脈が4週間で消失した症例がある6) 。フェニトイン(1,200 mg負荷→100 mg×3/日維持)によりてんかん重積とAIWS症状が消失した報告もある3) 。ラコサミドで再発なく1年間経過した症例も報告されている2) 。
薬剤性AIWSへの対応 :原因薬剤の中止が有効である。トピラマート25 mg/日×3日間後に中止したところ5日以内に症状が消失した5) 。過去の報告でも中止後4〜23日で消失している5) 。
抗精神病薬 :効果は限定的であり、AIWSの神経学的起源を考慮すると第一選択とはならない4) 。
Q AIWSに対する特異的な治療法はあるのか?
A AIWに特異的な治療法は確立されていない。多くは自然軽快するため、基礎疾患(片頭痛・てんかん・感染症など)の適切な治療が最優先である。てんかん関連例では抗てんかん薬 による発作管理でAIWS症状も消失した報告がある6) 。
側頭頭頂後頭接合部(TPO junction)は、視覚情報と体性感覚情報が統合され、自己の内外的表現が生成される部位である。この領域の機能障害がAIWS症状の基盤をなすと考えられている。
右大脳半球の優位性 :病変局在の検討では右半球病変が63%、左半球23%、両側10%であった1) 。視覚型(タイプB)は右半球視覚経路損傷と関連し、体性感覚型(タイプA/C)はより散在性だが常に右側に局在する3) 。
右後頭葉(BA 18/19)の役割 :皮質静脈血栓症の2例ではいずれも右後頭葉BA 18・19に病変が確認された2) 。紡錘状部BA 19は統合的視覚処理に関与し、サイズ恒常性の知覚・弁別には大脳皮質前条領域と下側頭領域が関与する2) 。
非優位半球頭頂葉の灌流低下 :片頭痛発作中に非優位側頭頂葉への血流灌流が低下することで症状が出現すると考えられている。
超結合性仮説 :片頭痛AIWS患者ではV3と後上側頭溝間のhyperconnectivityが報告されており、通常の片頭痛前兆や健常者では認められない5) 。
脱同期化仮説 :時間知覚には分散したネットワークが関与し、感覚モダリティ間の時間的不一致(desynchronization)が時間歪曲を生じうる1) 。後頭皮質が時間歪曲の局在データで右側53%、左側57%と最も顕著であった1) 。
てんかん機序 :右後頭・側頭葉のてんかん放電がAIWSを生じうる。発作管理の改善によりAIWS症状も消失した症例は、てんかんが症状の増悪因子であることを示唆する3) 。
自律神経への波及 :焦点性てんかんに伴うAIWSでは発作性洞性頻拍が併発した。右半球てんかん焦点は交感神経優位の自律神経変化と関連する6) 。
Q なぜ右半球の病変でAIWSが起きやすいのか?
A AIWSの病変局在データでは右半球病変が63%と最多であり1) 、視覚型(タイプB)は右半球視覚経路損傷と強く関連する3) 。右半球優位の空間処理・身体図式統合機能が、AIWSの右側優位性の基盤と考えられている。
薬剤性AIWS :トピラマートとAIWSの関連はNaranjo ADR Probability Scaleで「possible」と判定されており5) 、片頭痛・てんかん治療薬がAIWS自体を惹起する可能性の臨床的重要性が認識されつつある。
病変マッピング研究 :Piervincenziら(2022)の病変マッピング研究がAIWSの責任病巣の解明に寄与したことが複数の症例報告で言及されている2) 3) 。
てんかん性持続部分発作(EPC)とAIWSの関連 :EPCとAIWSの合併は従来報告がなく、右半球てんかん焦点の局在を示唆する新たな知見として注目される3) 。
小児における標準化診断基準の開発 :小児AIWSの正確な診断のための標準化基準の策定が今後の課題とされている4) 。
時間歪曲の分類体系化 :Blomらが時間歪曲を5つのタイプに分類する体系を提案し1) 、これまで注目されてこなかった時間知覚異常の系統的理解が進展しつつある。
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