この疾患の要点
術中虹彩緊張低下症候群(IFIS)は白内障 手術中に「虹彩 のうねり」「進行性縮瞳」「虹彩脱出」の3徴を呈する。
原因薬剤の代表はタムスロシンであり、α1アドレナリン受容体遮断薬の服用歴が最大のリスク因子である。
全白内障手術のおよそ1〜2%で発生し、有病率は2〜12.6%と報告に幅がある。
α1遮断薬による虹彩散大筋の萎縮は不可逆的であり、術前の休薬では予防できない。
術前の薬歴聴取が最も重要な予防策であり、IFISの発生を予期して対策を講じる。
粘弾性物質 ・前房 内フェニレフリン・虹彩レトラクター・瞳孔 拡張リングなどの対処法がある。
適切な対策を講じれば安全に手術を遂行できるが、認知・予期されない場合は合併症率が上昇する。
術中虹彩緊張低下症候群(intraoperative floppy iris syndrome; IFIS)は、2005年にChangとCampbellにより報告された白内障手術中の合併症である。前立腺肥大症の治療薬であるα1アドレナリン受容体遮断薬を服用している患者において、以下の3徴が生じる。
灌流液による虹彩のうねり(billowing) :弛緩した虹彩実質が通常の眼内灌流に対し翻転する。
進行性の縮瞳 :手術操作中に瞳孔が徐々に小さくなる。
虹彩の脱出・嵌頓 :切開創やサイドポートに向かって虹彩が突出する。
IFISは全白内障手術のおよそ1.1%の頻度で発症する。水晶体 超音波乳化吸引 術を受ける患者における有病率は2〜12.6%と幅がある。IFISの有病率または虹彩脱出の有病率は0.5〜2.0%と報告されている3) 。この幅は臨床的定義が主観的であること、重症度が連続体であること、関連薬剤の処方率の変化に起因する。
IFISが認識・予期されない場合は手術合併症の発生率が高くなる2) 3) 。術前にα1遮断薬の服用歴を確認し、IFISの発生を予期しておくことが重要である。
Q IFISは白内障以外の手術でも起こるか?
A IFISは白内障手術(水晶体超音波乳化吸引術)で最も問題となる。虹彩操作を伴う他の眼内手術でも虹彩弛緩が影響する可能性はあるが、臨床的に定義・報告されているのは白内障手術中の現象である。
IFIS自体は術中に生じる現象であり、患者の術前自覚症状は限定的である。
散瞳 不良 :術前の散瞳薬に対する反応が悪い。
術後の羞明 :虹彩損傷を伴った場合、術後に羞明を訴えることがある。
IFIS関連の重症虹彩損傷により広範な虹彩欠損を生じた場合、術後に霧視 ・羞明・グレアなどの視機能障害が持続する4) 。
IFISの重症度は以下のように分類される。
軽症
虹彩のうねり(billowing)のみ :灌流液に対し虹彩実質が翻転するが、有意な縮瞳や脱出は認めない。
中等症
虹彩のうねり+縮瞳 :翻転に加え進行性の術中縮瞳を認める。視野確保がやや困難となる。
重症
3徴すべてを呈する :虹彩のうねり、顕著な縮瞳、強い虹彩脱出傾向を認める。合併症リスクが最も高い。
IFISでは虹彩に弾力性があり、機械的伸展を行っても散瞳が維持されない点が他の小瞳孔原因と異なる。瞳孔ストレッチや括約筋切開は無効である2) 。
IFISの術中リスクとして以下がある。
水晶体嚢 切開の困難 :小瞳孔により嚢切開径が制限され、嚢縁損傷のリスクが高まる。
視認性低下 :赤色反射が減弱し、水晶体・嚢の確認が困難になる。
虹彩損傷 :術中の誤吸引や創口への虹彩脱出により虹彩が損傷する。小瞳孔は虹彩損傷の最も重要な術中リスク因子である3) 。
IFISの最も一般的な原因は、前立腺肥大症(BPH)治療に用いるα1アドレナリン受容体遮断薬(α1-ARA)である。α1受容体にはA・B・Dの3つのサブタイプがあり、α1-Aサブタイプは虹彩散大筋の主要な調節因子である。
薬剤分類 代表的薬剤 IFISリスク 選択的α1-ARA タムスロシン、シロドシン 高い 非選択的α1-ARA ドキサゾシン、テラゾシン やや低い その他 フィナステリド、ノコギリヤシ 低い
タムスロシン :最も高頻度にIFISを惹起する薬剤である。α1-Aサブタイプに選択性が高く、虹彩散大筋を選択的に遮断する。半減期は48〜72時間だが、持続的遮断により散大筋の廃用性萎縮を引き起こす。この変性は不可逆的であり、休薬しても予防できない。
シロドシン・ナフトピジル :タムスロシンと同様のα1-A選択性を持つ新しい薬剤である。IFISリスクの報告がある。
非選択的α1-ARA(ドキサゾシン、テラゾシン、プラゾシン) :α1-Aへの親和性が低く、タムスロシンに比べIFISとの関連は弱い。
その他 :フィナステリド、ノコギリヤシ(serenoa repens)、抗精神病薬なども関連が報告されている2) 。
加齢 :虹彩血管系の機能不全やノルアドレナリンの効力変化により、加齢とともにリスクが増加する。
糖尿病 :自律神経ニューロパチーにより瞳孔散大筋が部分的に除神経される。
術前散瞳径の低下 :α1-ARAの服用の有無にかかわらず、散瞳径の減少はIFISリスクと関連する。タムスロシン服用例では散瞳径6.5mm以下がIFISの予測因子となる。
その他の小瞳孔原因 :偽落屑症候群 、ぶどう膜炎 、緑内障 、外傷、縮瞳薬の点眼歴、眼内手術既往なども小瞳孔の原因となり、IFISと同様の術中管理が必要となることがある3) 。
予防・日常のケア
白内障手術を受ける予定がある方は、前立腺肥大症の治療薬(タムスロシン、シロドシンなど)の服用歴を必ず眼科医に伝えてください。
過去に服用していた場合も申告が必要です。休薬しても虹彩への影響は残ります。
泌尿器科の主治医にも白内障手術の予定を伝え、薬剤の選択について相談しましょう。
Q タムスロシンを中止すればIFISは防げるか?
A α1遮断薬による虹彩散大筋の萎縮は不可逆的な変化であり、術前に休薬してもIFISのリスクを下げることはできない。術前の薬歴確認と適切な術中対策が重要である。
IFISは術前に確定診断する疾患ではなく、術前のリスク評価と術中の臨床所見により判断する。
薬歴聴取 :α1アドレナリン受容体遮断薬の現在・過去の服用歴を確認する。IFISのリスク評価・分類システムはまだ確立されていないため、薬歴を他のリスク因子とともに総合的に評価する3) 。
散瞳試験 :術前の散瞳径を確認する。散瞳不良はIFISの予測因子となる。
虹彩の性状観察 :細隙灯顕微鏡で虹彩実質の菲薄化や緊張低下の有無を観察する。
以下の3徴のいずれかが認められた時点でIFISと判断し、対策を開始する。
灌流液に対する虹彩実質の翻転(billowing)
進行性の術中縮瞳
切開創・サイドポートへの虹彩脱出傾向
Q 女性でもIFISは起こるか?
A 男性に多いのはBPH治療にα1遮断薬が用いられるためである。しかし女性でも尿閉や高血圧のためにα1遮断薬が処方されることがあり、IFISを発症しうる。術前の薬歴聴取は性別を問わず重要である。
IFISの管理は「術前の予防策」と「術中の対処法」の2段階で構成される。
薬歴の確認と情報共有 :α1遮断薬の服用歴を必ず確認する。薬剤の休薬による明確なメリットはないが、非選択的α1-ARA(アルフゾシン等)への切り替えを推奨する報告もある。
術前散瞳の強化 :高濃度シクロペントラート(2%)やフェニレフリン(10%)などの局所散瞳薬を使用する。タムスロシン服用患者には術前1週間の1%アトロピン点眼(1日4回)が有用とされる。
術前NSAID点眼 :術中縮瞳を促進するプロスタグランジンをブロックするため、フルルビプロフェンやケトロラクの術前使用も支持されている。
IFISに対する術中管理の最も効果的な方法は、滞留性のよい粘弾性物質を頻回に使用して虹彩を安定させつつ、できるだけ低灌流圧で早めに超音波破砕吸引・皮質吸引を終了することである。
前房内フェニレフリン投与 :α1受容体作動薬であるフェニレフリンの前房内投与は、散瞳促進とIFIS管理に有効である1) 。散瞳維持のための低濃度(0.31%、抗コリン薬・リドカインとの合剤)と、IFIS管理のための高濃度(1〜1.25%)を使い分ける1) 。
Chuaら(2024)のシステマティックレビューでは、前房内フェニレフリン0.62〜9mgの投与量はランダム化比較試験において全身性有害事象と関連しなかった1) 。点眼投与に比べ前房内投与は全身吸収が少なく、血中フェニレフリンが検出される割合は点眼10%群の100%に対し前房内0.31%群では14.3%にとどまった1) 。
前房内エピネフリン灌流 :1:10,000の防腐剤フリーエピネフリン溶液の前房内注入により散瞳を促進する。
2%リドカインのテノン嚢 下注射 :α遮断薬服用患者におけるIFIS徴候の発生を減少させたとの報告がある。
凝集性粘弾性物質(ヒーロンV®等)による粘弾性散瞳(viscomydriasis) :小瞳孔を効果的に拡張し、虹彩の翻転・脱出を防ぐ物理的障壁となる。ただし低吸引流量・低真空設定が必要である。
分散性粘弾性物質(ビスコート®) :サイドポートへの虹彩嵌頓に対し、創口と虹彩の間に局所的に留置することで嵌頓を解除・予防する。
修正ソフトシェル手技 :周辺に分散性粘弾性物質、中央に凝集性粘弾性物質を注入する方法で、硬い核に高真空が必要な場合に術中散瞳の安定性を高める。
創口構築の最適化 :角膜 内方弁を十分に確保し、虹彩嵌頓を防ぐ。サイドポートもやや角膜寄りに作製する。不完全な創口構築はIFISとは独立した虹彩脱出の原因となるため、トンネル長を十分に取り、切開幅をチップに合わせ、切開開始部位が後方寄りにならないよう注意する。
慎重なハイドロダイセクション :IFISでは嚢と皮質の癒着が強い傾向がある。少しずつ丁寧に行い、虹彩脱出を防ぐ。
流体制御 :灌流・吸引流量を下げ、虹彩への水流の影響を最小化する。具体的にはボトル高を低く設定し、吸引圧200mmHg未満、吸引流量26〜30mL/min未満を目安とする。核破砕片は虹彩面またはその前方で除去し、灌流液を虹彩の前方に向ける。重症例では眼内から超音波チップを抜去する前に灌流ボトルをオフにして眼内圧を下げる。
IOL 挿入時の注意 :インジェクターのカートリッジをベベルアップで操作し、虹彩の巻き込みを防止する。
IFISに対する補助器具の第一選択は虹彩レトラクターまたは瞳孔拡張リングである。どちらを用いても瞳孔径6.0mm以上の広い視野が確保できる。
瞳孔拡張リング
Malyugin Ring® :6.25mmと7.0mmの2サイズがある。小切開からインジェクターで挿入可能。虹彩を過度に伸展しないため低侵襲である。
I-Ring® :7mmの1サイズ。ポリプロピレン素材の四角形リングで瞳孔縁を均等に拡張する。
虹彩レトラクター
虹彩リトラクター :ナイロン製またはポリプロピレン製フック。4本をダイヤモンド型に配置し瞳孔を拡張する。
利点 :拡張の程度を自在に調節可能。ASCRS 委員会推奨の配置法がある2) 。
対処法 確実性 使用難易度 虹彩損傷リスク 粘弾性物質 低い 容易 ない フック やや低い 難 低い 虹彩レトラクター 高い やや難 低い
虹彩脱出が発生した場合は以下の手順で対処する。
サイドポートから前房水を抜いて眼圧 を下げる 。
創口の外からスパーテルやフックで虹彩を押し戻す 。前房内から粘弾性物質で引こうとするとかえって脱出が悪化する。
滞留性の高い粘弾性物質を虹彩の下方に注入 して虹彩を眼内に戻す。なるべく器具で虹彩に触れないよう注意する。
創口幅がチップより大きい場合は8-0シルクで仮縫合 して灌流液の漏出を防ぐ。
それでも脱出する場合は周辺虹彩切除 を行い、後房から前房への灌流液の逃げ道を作る。
手術終了時に虹彩が戻らない場合はエアーを前房内に注入 する。エアー量が過多の場合は数時間後に逆瞳孔ブロック を起こしうるため注意する。
治療における注意点
瞳孔縁切開はIFISに対して行ってはならない。虹彩の弾力性が高いため瞳孔ストレッチも無効である2) 。
重症IFISでは虹彩脱出・損傷のリスクが高く、予期しない場合は後嚢破損 や核落下を生じうる。
広範な虹彩損傷を生じた場合は術後の羞明が持続する可能性がある。重篤な場合は人工虹彩移植が検討される4) 。
前房内フェニレフリンの過量投与は全身性心血管系有害事象(高血圧・不整脈等)のリスクがある。0.25mL以下の容量で反復投与とし、溢出を最小限にすることが推奨される1) 。
虹彩脱出の整復時、前房内から粘弾性物質を注入して引き戻そうとすると脱出が悪化しやすい。創口の外から押し戻すのが原則である。
エアーを多量に前房に注入すると、数時間後に逆瞳孔ブロックを起こす可能性がある。
Q α1遮断薬を服用しているが白内障手術は安全に受けられるか?
A 適切な術前評価と術中対策を講じれば安全に手術を遂行できる。重要なのは術前にα1遮断薬の服用歴を眼科医に伝えることである。薬剤の休薬はIFISを防げないため、対策を準備したうえで手術に臨む。
IFISの発症機序の中核は、虹彩散大筋内のα1アドレナリン受容体(特にα1-Aサブタイプ)の薬理学的遮断である。
タムスロシンはα1-Aサブタイプへの選択性が高い。このサブタイプは前立腺尿道の平滑筋だけでなく、虹彩散大筋にも豊富に発現する。持続的な受容体遮断により以下の変化が生じる。
散大筋の廃用性萎縮 :正常な平滑筋緊張が失われ、虹彩が弛緩する。
不可逆的な構造変化 :長期服用により虹彩散大筋に永久的な解剖学的変化が生じる。薬剤を中止しても完全には回復しない。
メラニンとの相互作用 :薬剤とメラニンの相互作用が虹彩散大筋の萎縮に関与するとの報告もある。
虹彩散大筋の弛緩により術前の薬理学的散瞳が不十分となる。術中は以下の機序で3徴が発現する。
虹彩のうねり :弛緩した虹彩実質が灌流液の水流に容易に翻転する。
進行性縮瞳 :散大筋の緊張がないため、手術操作の刺激による瞳孔括約筋の収縮に拮抗できない。
虹彩脱出 :弛緩した虹彩が灌流液とともに創口へ押し出される。
嚢と皮質の癒着も強い傾向があり、ハイドロダイセクション時に灌流液を強く注入すると虹彩脱出を誘発しやすい。
前房内(IC)フェニレフリンの安全で有効な最適濃度はまだ十分に研究されていない。
Chuaら(2024)のシステマティックレビューでは、初期散瞳には低濃度(0.31%、抗コリン薬・リドカインとの合剤)で十分な場合が多いが、IFIS管理には高濃度(1〜1.25%)が必要となりうることを示した1) 。Lorenteら(2012)の前向き無作為化対側眼比較試験では、IC フェニレフリン1.5%投与群ではIFIS徴候が0%であったのに対し、プラセボ群では88%にIFIS徴候が認められた1) 。
今後、異なる濃度のIC フェニレフリンを比較するランダム化比較試験の蓄積が求められる。
IFISに伴う重症虹彩損傷により広範な虹彩欠損を生じた症例に対し、折り畳み式人工虹彩の移植が検討されている。
Watanabeら(2023)は、白内障手術中の重症IFISにより広範な虹彩欠損を生じた81歳男性に、折り畳み式人工虹彩(Iris Prosthesis Model C0, Ophtec社)を毛様溝に固定した症例を報告した4) 。術後3ヶ月で矯正視力 20/25を達成し、霧視・羞明の改善が得られた。ただし術後に角膜内皮 障害を認め、挿入技術のさらなる改良が必要と結論された。
人工虹彩の長期合併症として、遺残虹彩萎縮症候群(residual iris retraction syndrome: RITS)、緑内障、慢性炎症などが報告されており、長期経過観察が求められる4) 。
フェムトセカンドレーザー 白内障手術(FLACS)は従来の超音波乳化吸引術と比較して術中縮瞳の頻度が高いことが報告されている。IFIS症例におけるFLACSの適応と管理戦略については今後の検討課題である。
Chua MJ, Varshney N, Eke T. Intracameral phenylephrine for surgical mydriasis and intraoperative floppy-iris syndrome: systemic adverse effects and optimal dose. J Cataract Refract Surg. 2024;50:187-194.
American Academy of Ophthalmology. Cataract/Anterior Segment Preferred Practice Pattern. Ophthalmology. 2021.
European Society of Cataract and Refractive Surgeons (ESCRS). ESCRS Cataract Surgery Guideline. 2024.
Watanabe N, Kobayakawa S. A case of foldable artificial iris implantation for treatment of postcataract surgery aniridia. Case Rep Ophthalmol. 2023;14:7-12.
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