ハイドロディセクション
分離する層:水晶体嚢と皮質の間
目的:嚢から皮質・核複合体を遊離させ、嚢内で核を自由に回転できるようにする
確認所見:灌流液が後嚢側を回って広がる移動ライン(fluid wave)
効果:皮質剥離が成功すれば独立した皮質除去操作が不要になる

ハイドロ操作(hydro manoeuvres)は、現代の超音波乳化吸引術(phacoemulsification; PEA)において不可欠な基本手技である。水流を用いて水晶体内の組織層を分離し、核の授動と除去を容易にする。
ハイドロディセクション(hydrodissection)という用語は1984年にFaustが提唱した。計画的嚢外摘出術(ECCE)において灌流液を注入し、水晶体核を皮質から分離する方法として記述された。1990年にはKochらが複数の層に液体を注入する多層ハイドロディセクション(multilamellar hydrodissection)を報告した。1991年にはAnisがハイドロデリニエーション(hydrodelineation)を、1992年にはFineが皮質剥離ハイドロディセクション(cortical cleaving hydrodissection)をそれぞれ報告した。
ハイドロ操作の主な目的は以下の通りである。
ハイドロディセクションとハイドロデリニエーションは混同されやすいが、操作する層が異なる。
ハイドロディセクション
分離する層:水晶体嚢と皮質の間
目的:嚢から皮質・核複合体を遊離させ、嚢内で核を自由に回転できるようにする
確認所見:灌流液が後嚢側を回って広がる移動ライン(fluid wave)
効果:皮質剥離が成功すれば独立した皮質除去操作が不要になる
ハイドロデリニエーション
分離する層:水晶体核(内核)とエピニュークリアス(核周囲皮質)の間
目的:内核を小さく分離し、核処理を容易にする
確認所見:内核とエピニュークリアスの境界に沿った円周状の金色の輪(ゴールデンリング)
効果:エピニュークリアスが後嚢の保護クッションとして機能し、後嚢破損を予防する
ハイドロディセクションのみを行いハイドロデリニエーションを行わない場合、核分割時に核周囲皮質も分割される。核片が皮質に付着し、中央部への引き寄せが困難になることがある。両者を行うと、核周囲皮質は分割されずに残り、超音波操作時にクッションとして機能する。
ハイドロディセクションは水晶体嚢と皮質の間を分離する手技である。ハイドロデリニエーションは核とエピニュークリアスの間を分離する手技である。両者は操作する層が異なり、いずれも核処理と後嚢保護に重要な役割を果たす。
ハイドロ操作にはカニューレを装着したシリンジを使用する。
最も広く用いられる手技である。手順は以下の通りである。
反対側の遠位象限でも同様の操作を繰り返すことがある。カニューレで核が容易に回転できれば、ハイドロディセクションは成功である。
非常に軟らかい白内障や非常に硬い白内障では、適切な剥離平面を見つけるのが困難である。
灌流液が後嚢側を回って広がる移動ライン(fluid wave)の確認が成功のサインである。操作後にカニューレで核が容易に回転できれば、十分な剥離が得られている。ハイドロデリニエーションでは円周状のゴールデンリング出現が成功の指標となる。
ハイドロ操作は基本手技であるが、不適切な操作により重篤な合併症を招くことがある。
後嚢破損
原因:過度な注水による嚢内圧上昇
予防:無理な注水を避ける。サイドポートからの操作ではOVDが漏出せず前房内圧が急上昇するため特に注意する
対処:嚢ブロックが生じた場合、溝掘り(トレンチ作成)やチョップで嚢内圧を解除する
灌流液迷入症候群
原因:灌流液がチン小帯を通り前部硝子体膜を破って後方へ回る
症状:毛様体ブロックによる前房消失
対処:軽度であれば10分程度待機で回復する。重症例では硝子体切除が必要になることもある
前嚢・虹彩の合併症
前嚢破損:小さな連続環状切嚢下で硬い大きな核を前方脱臼させると前嚢に亀裂が入る
虹彩脱出:術中虹彩緊張低下症候群(IFIS)や浅前房の症例で起こりやすい
核の前房脱出:穏やかに嚢内に戻し、必要に応じて核減量を行う
嚢破裂(capsular blow out)は後嚢が脆弱な白内障で起こりやすい。後極白内障、硝子体切除術後、外傷性白内障のほか、フェムトセカンドレーザー支援白内障手術(FLACS)でガスが嚢内に閉じ込められた症例でもリスクが高い。「瞳孔スナップサイン」や核の落下が特徴的な所見である。
後極白内障ではハイドロディセクションは禁忌である。後嚢と混濁部の癒着があるため、嚢内圧上昇による後嚢破損のリスクがきわめて高い。代わりにハイドロデリニエーションを行い、核とエピニュークリアスを分離する。低吸引圧・低吸引流量の設定で慎重に手術を進める。詳細は「後極白内障における対応」の項を参照。
従来のカニューラによるハイドロ操作に代わり、超音波チップのスリーブ灌流孔からの灌流動圧を利用する手技である。
主な利点は以下の通りである。
灌流ハイドロ法はチン小帯脆弱・浅前房・術中虹彩緊張低下症候群・小眼球・後極脆弱症例・高硬度核・前嚢亀裂症例などの難症例を含め、すべての白内障手術の低侵襲化に貢献する。
本手技は専用の器械設定が重要であり、通常設定では十分な効果が得られない。
| 手術システム | 吸引方式 | 灌流圧 |
|---|---|---|
| Signature PRO | ベンチュリー | 60 cmH₂O |
| Centurion | ペリスタルティック | 36 mmHg |
| INFINITI | ペリスタルティック | 60 cmH₂O |
手技は2段階で構成される。
後極白内障は後嚢に癒着を伴うため、ハイドロディセクションは禁忌である。代わりにハイドロデリニエーションを行い、核とエピニュークリアスを分離する。
手術装置は低吸引圧・低吸引流量の設定が必要であり、通常より長い手術時間を要する。核硬度がgrade 2〜3であれば通常のPEAを選択し、混濁部が大きくgrade 3以上の場合は水晶体嚢内摘出術+眼内レンズ縫着が検討される場合もある。
後極白内障に対する術式として、posterior capsulorrhexis法、インサイド・アウトデリニエーション法、bimanual法、layer by layer法、oval capsulorrhexis法などが報告されている。
灌流ハイドロ法はclosed eyeで前房容積を一定に保てるため、従来法で問題となる前房虚脱・眼圧急上昇・IMS等の合併症リスクを大きく軽減できる。チン小帯脆弱例やIFIS症例などの難症例にも適用可能であり、すべての白内障手術の低侵襲化に貢献する。
ハイドロ操作の効果は水晶体の層構造に基づいている。水晶体は外側から嚢・皮質・エピニュークリアス・内核の層状構造をとる。
ハイドロディセクションでは嚢と皮質の界面に灌流液を注入し、接着を水力学的に解除する。皮質剥離法では前嚢のテンティングにより嚢・皮質間に効率的に水流が入り込む。液体の剪断効果によって赤道部の水晶体上皮細胞が除去され、術後の後嚢混濁が抑制される1)。
ハイドロデリニエーションでは核実質内に灌流液を注入する。液体は内核とエピニュークリアスの境界に沿って最も抵抗の少ない経路を選択的に広がる。この分離によりエピニュークリアスが後嚢の保護層として機能し、超音波チップの後嚢接触を防止する。
扁平型チップのカニューレでは水流が単一の層状平面として射出されるため、特定の界面に沿った剥離が容易である。丸型チップでは三次元的な水流となり、多面的で不規則な剥離を生じやすい。
FLACSでは前嚢切開と核分割をレーザーで行うが、レーザー照射で発生するガスが嚢内に閉じ込められた場合、ハイドロディセクション時に嚢内圧が異常に上昇する可能性がある。FLACS特有のこのリスクに対し、灌流ハイドロ法の安全性と有効性が検討されている。
灌流ハイドロ法は加圧・虚脱を回避する原理により、難症例への適用が拡大している。後嚢後方への灌流液迷入と前部硝子体膜への影響についても検討が進められており、従来法に比べ嚢内圧上昇が抑制されることが示されている。