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白内障・前眼部

白内障手術トレーニング

1. 白内障手術トレーニングとは

Section titled “1. 白内障手術トレーニングとは”

白内障手術(水晶体乳化吸引術; phacoemulsification and aspiration: PEA)は、日本を含む先進国で最も頻度の高い眼科手術である。本邦で行われる外科手術件数の約2割弱が眼科手術であり、白内障手術は研修医が最初に習得すべき手術として位置づけられている。

白内障手術には手技的スキルに加え、予期しない術中の合併症に対応するための認知的スキル・判断力・経験が求められる2)。不適切な手術による合併症リスクは薬物療法の副作用を上回ることもあり、いかにして安全かつ効率的に手術技術を教育するかが世界的な課題となっている。

長きにわたり、眼科手術教育はハルステッドの教授法(Halsted’s methodology)に基づいてきた。この方式では一定件数の手術を経験して初めて能力があるとみなされる「数量主義」が中心であった。

しかし、この方式には以下の問題点がある。

  • トレーニング機会の変動:指導施設や時期により習得スキルにばらつきが生じる。
  • 患者リスク:未熟な術者が患者に直接手術を行うことで有害事象が発生する可能性がある。
  • 能力の均一性が担保困難:件数を満たしても、実際の技能レベルは個人差が大きい。

こうした課題を克服するため、VRシミュレーターやウェットラボを活用した現代的トレーニング手法が普及しつつある。

コンピテンシーベース評価:ICO-OSCAR

Section titled “コンピテンシーベース評価:ICO-OSCAR”

現在、有能な外科医は「専門的な知識・スキル・態度を適切に発揮できる者」と定義される。白内障手術の能力を客観的に評価するため、国際眼科学会(ICO)は「ICO-眼科手術能力評価ルーブリック:水晶体再建術(ICO-OSCAR: Phaco)」を開発した。

ICO-OSCARはレジデントの学習過程をモニタリングするツールとして推奨されている。しかし多くの国では、いまだに実施件数のみを習熟度指標として採用している。

各国の白内障手術研修要件は大きく異なる。

地域・団体要件の概要
米国(ACGME)レジデント1人・3年間で86件
ブラジル眼科学会眼科手術全体で150件以上
欧州(EBO加盟国)各国に委ねた分散化体制

2019年のサブサハラアフリカの調査では、2年目眼科レジデントの手技平均実施件数がゼロであった。技術の進歩にもかかわらず、世界的な教育の均一性は著しく低い。

Q 白内障手術を安全に習得するにはどれくらいの訓練が必要か?
A

必要な件数は個人差が大きく、件数のみでは能力を保証できない。米国ACGMEは3年間で86件を義務としているが、ICO-OSCARなどコンピテンシーベースの評価による能力の客観的判定が推奨されている。

2. 習得すべき手技とトレーニング中の合併症

Section titled “2. 習得すべき手技とトレーニング中の合併症”

白内障手術は多段階からなる。初学者が段階的に習得すべき基本手技を以下に示す。

前半手技

切開創の作製:強角膜切開・角膜切開・強角膜一面切開のいずれかで行う。創幅は通常2.4mm前後。

粘弾性物質(OVD)注入前房を維持し眼内操作を安全にする。分散型と凝集型の使い分けが重要。

連続円形前嚢切開(CCC:手術の最初の関門。完全な円形が求められ、外側に流れるベクトルを意識する。

ハイドロダイセクション:注水により核を嚢内で遊離させる。過量注入は後嚢破損の原因となる。

後半手技

核乳化(PEA):超音波チップで核を破砕・吸引する。D&C法が初学者向けの基本手技。

皮質吸引(I/A):灌流・吸引チップで残存皮質を除去する。後嚢を傷つけない慎重な操作が必要。

眼内レンズ(IOL)挿入:嚢内に折りたたんだ眼内レンズを挿入し正位に展開する。

創口閉鎖確認:自己閉鎖の確認。小児例では縫合が必要。

D&C法(ディバイド&コンカー)は「核の深さを確認しながら処理できる安全な手技」であり、初学者が最初に習得する基本手技として推奨される。習熟後にPhaco chop法へ移行することで、核破砕の効率性が向上する。

トレーニング中に生じやすい術中合併症

Section titled “トレーニング中に生じやすい術中合併症”

研修医が特に注意すべき代表的な術中合併症を以下に示す。

  • 後嚢破損(PCR):最も重篤な術中合併症の一つ。核落下・眼内炎のリスクを伴う。日本白内障屈折矯正手術学会の報告では後嚢破損率は0.6%前後。
  • 連続環状切嚢の逸脱:嚢切開が周辺に逸れ不完全な連続環状切嚢となる。粘弾性物質の追加注入で防止可能。
  • サージ現象:吸引中に急激な眼圧低下が生じ後嚢が前方に変位する現象。装置の設定と丁寧な操作で対処する。

術前に以下の情報を確認し、難症例を事前に把握することが合併症予防の基本である。

  • 散瞳状態・核硬度:前眼部写真を撮影し指導医に報告する。
  • 外傷歴・偽落屑症候群チン小帯脆弱のリスク因子である。
  • α1遮断薬内服の有無術中虹彩緊張低下症候群(IFIS)の原因となる。
  • 糖尿病・アトピー・緑内障発作の既往:小瞳孔やチン小帯脆弱を引き起こしうる。
Q 白内障手術を初めて執刀する前に最も重要な準備は何か?
A

術前評価の習慣化(散瞳状態・核硬度・チン小帯の確認)と、シミュレーターまたはウェットラボでの事前練習が重要である。指導医の手術を繰り返し観察し、自身の手術動画を振り返る習慣も技術習得に不可欠である。

VRシミュレーターによるトレーニング

Section titled “VRシミュレーターによるトレーニング”

現在最も普及している白内障手術VRシミュレーターは以下の3機種である。

シミュレーター開発元特徴
EyesiVRmagic研究が最も充実。合併症率低減の根拠が多数
PhacoVisionMelerit MedicalPEA・連続環状切嚢手技に特化
MicrovisTouchImmersiveTouch連続環状切嚢モジュールのみ

PhacoVisionとMicrovisTouchについては、教育目的での使用を支持する研究はまだ少ない。

**Eyesi(VRmagic)**は以下のトレーニングモジュールを備える。

  • 連続前嚢切開(capsulorhexis)
  • 水切り(hydrodissection)
  • 水晶体乳化吸引術(phacoemulsification)
  • 灌流・吸引(irrigation/aspiration)
  • 眼内レンズ挿入
  • 合併症管理

ソフトウェアはレジデントのパフォーマンスを自動記録し、スコアとフィードバックを提供する。モントリオール大学やUNESP(ブラジル)のプログラムでは、Eyesiシミュレーターで規定のベンチマークを達成した後にのみ患者手術を許可している。

Ahmedら(2020)のBMJ Open Ophthalmology誌系統的レビューでは、2012〜2019年の165論文中、選択基準を満たした10件を解析し、Eyesi(VRmagic)でのトレーニングは手術合併症率の低減に有効と結論づけた。

Ferrisらのレトロスペクティブ・コホート研究(2009〜2015年、英国NHS 29施設)では、Eyesiトレーニングを受けた1〜2年目レジデントの後嚢破損率が38%低かったと報告された。

Staropoliらは同一機関のレジデントを対象に、シミュレーター訓練群(n=11)と非訓練群(n=11)を比較し、合併症率はそれぞれ2.1%と5.1%であった。

ウェットラボ(Wet Lab)によるトレーニング

Section titled “ウェットラボ(Wet Lab)によるトレーニング”

ウェットラボは生体材料を用いて手術手技を練習する実習室であり、基本的な運動スキルの習得と器具操作の学習に有効である。ACGMEの共通プログラム要件ではシミュレーション環境での手術トレーニングを眼科レジデント教育に不可欠と位置づけている。

  • 豚眼:精肉店・屠殺場で容易に入手可能。PEAトレーニングに最も証拠が充実したモデル。ただし前嚢は若年動物由来で粘性・弾力性が高く、小児眼に類似した操作感となる。水晶体は生来透明であるため、白内障を化学的・物理的に誘発する必要がある。
  • ウサギ眼:連続環状切嚢(前嚢切開)トレーニングに有効性の証拠がある。
  • ヤギ眼:インドなど特定の地域で安価に入手可能。
  • ヒト死体眼:最適なモデルであるが、入手可能性と高コストが障壁。

合成眼モデルは動物眼と比較して以下の利点を持つ。

  • 同一の眼を複数回使用できる
  • 特定の状況(合併症管理等)を再現できる予測可能性
  • 生物学的汚染リスクがなく器具をヒトで再利用可能

代表的な製品は以下の通りである。

  • SimuloRhexis(SimulEYE社):連続環状切嚢トレーニング専用。1キットで5〜10回の嚢切開が可能。価格50〜85ドル。
  • OKULO BROWN 8(Bioniko Models社):合併症管理トレーニング用。1ユニット75ドル・使い切り。
  • OKULO BLUE 5(Bioniko Models社)虹彩縫合トレーニング専用。1ユニット75ドル・使い切り。
  • Kitaro Eye(Kitaro Eye社):前嚢・核を複数回使用可能。キット価格995〜1,600ドル。

合成眼は動物眼よりコストが高く、導入は施設の経済力に依存する。

手術ビデオを振り返り指導医に質問し、指導医の手術との違いを確認する習慣が、眼科手術全般の上達に不可欠である。技術習得のポイントとして以下が強調される。

  • 丁寧な切開創の作製:惹起乱視を最小化する正確な切開。
  • 完全な連続環状切嚢の完成:後続のすべての手技の難易度を規定する最初の関門。
  • 確実な核分割:核を十分に分割してから乳化吸引する。
  • 焦りの排除:手術時間を短縮しようとする不要な焦りが予期せぬ合併症を招く。
Q ウェットラボで動物眼を使った後、同じ器具を実際の手術に使ってよいか?
A

使用は厳禁である。動物眼使用後の器具は生物学的に汚染されており、医原性クロイツフェルト・ヤコブ病(CJD)などの感染伝播リスクがある。合成眼を使用した場合は器具の再利用が可能。

4. 最新の研究と今後の展望(研究段階の報告)

Section titled “4. 最新の研究と今後の展望(研究段階の報告)”

AIによる手術動画解析とスキル評価

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AIを活用した手術動画のリアルタイム解析が、トレーニング支援の新たな手法として研究されている1)

  • リアルタイム手術段階認識:ニューラルネットワーク(NN)が白内障手術の各段階(CCC・核乳化など)をリアルタイムで認識する。未経験術者への警告やアドバイスの自動送信が目的である1)
  • 手術ツール自動検出:CNN(畳み込みニューラルネットワーク)およびRNNを用いて、手術動画の各フレームから使用器具を自動検出するシステムが報告されている1)
  • 自動スキル評価とフィードバック:手術動画を構成フェーズに分割し、次の手術ステップへの推奨事項や合併症警告を自動提示する1)

Moritaらは白内障手術ビデオをNNでリアルタイム位相分割し、連続環状切嚢(連続前嚢切開)と核摘出の2つの重要フェーズのリアルタイム抽出に成功した。未経験術者の手技評価による合併症予防への応用が目的とされている1)

CATARACTSチャレンジ(2017年)では、50例・9時間超の白内障手術動画を用いた21種類の手術器具の自動アノテーション精度を評価した。14チームが提案したディープラーニング手法の精度は、専門家による手動アノテーションと同等であった1)

VeBIRD(Video-Based Intelligent Recognition and Decision)システムは手術プロセスを自動追跡し、核硬度に応じた超音波エネルギー放出量の自動制御も可能としている1)

ロボット手術への応用研究も進んでおり、白内障手術の5つの主要段階における各器具の運動範囲を電磁追跡で定量化し、ロボット支援システムの設計に活用する試みがなされている1)

フェムト秒レーザー支援白内障手術

Section titled “フェムト秒レーザー支援白内障手術”

フェムト秒レーザー支援白内障手術(FLACS)は、連続環状切嚢の円形性・求心性を向上させ、角膜切開の精度を高め、超音波エネルギー量を削減する可能性がある2)。しかし現時点ではコスト効率が低く、リスクプロファイルや屈折結果が標準的な超音波乳化術を上回ることは示されていない2)

FLACSがトレーニング環境に与える影響は今後の研究課題である。


  1. Al-Timemy AH, Mosa ZM, Dhahir MJ, et al. Artificial intelligence applications and cataract surgery: a survey. Surv Ophthalmol. 2022;67:817-829.

  2. American Academy of Ophthalmology Preferred Practice Pattern Cataract/Anterior Segment Panel. Cataract in the Adult Eye Preferred Practice Pattern. Ophthalmology. 2022;129(1):P1-P126.

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